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2008年6月掲載

米国での聴覚障害者等への電気通信サービス(TRS)制度の概要

 FCCは先頃、赤字地域に対するユニバーサル・サービス制度による助成金の急激な増加に対処するため、助成金に上限を設ける一時的な緊急暫定措置を発表したばかりであるが、このほど5月28日に、急増する聴覚障害者等への電気通信サービス(TRS)での助成金の抑制に関する措置を改めて打ち出した。この機会に、米国でのこの助成制度を見てみよう。

■障害者保護法による保護・助成

 米国では1990年に、広く障害者の援助を規定するAmericans with Disability Act (ADA)が当時のBush大統領の署名より発効した。

 ADA法は、「障害者も可能な限り健常者同様に様々なサービスを利用できるようにする」という崇高な目標を掲げ、いろいろな分野で政府各省庁にテクノロジーの開発、費用面での助成メカニズムの創設、実施規則の制定等の具体策を期限を限って命じている。

その第IV編(TITLE IV)が電気通信関係である。

■多様なTRSに発展

 ADA法第IV編は、その制定後3年以内にFCCが障害者むけのサービスとそのための費用助成を実現するよう命じており、その前提として法制定後1年以内にサービスの形や監督、助成基金の創設、苦情処理の体制などの規制を定めて公示するよう求めていた。FCCは実際に1993年にTelecommunications Relay Services (TRS)という制度を創設した。

 TRSは、聴覚障害者や言語障害者にも健常者と同様に電話通信を利用できるようにしようとするもので、最初の形は、電話会社等の事業者のオペレーター(Communications Assistants : CAs)を経由して、聴覚障害者がTTYという特殊な機器を使って通信するものであった。

その後の電気通信テクノロジーの進展等で、様々な形のTRSが誕生し、最近ではインターネット技術を用いるものまで出現し、多様化している。

■各種のTRSの仕組み

 いろいろなTRSをその開始順に説明すれば、次のようである。

1.Text-to-Voice (TTY利用のTRS)
1993年に開始されたもっとも基本的で普遍的な制度であり、障害者が特殊なキーボード付きの電話機(TTY)を用いて電話会社のオペレーターを介して健常者と通信する方法である。
障害者は、まず、特殊番号をダイヤルしてオペレーターを呼び出し、キーボードで相手方電話番号、続いてテキスト(通信文)を打ち込み、オペレーターは相手が健常者である場合には、音声で発信者のテキスト・メッセージを伝え、相手の返答をキーボードで文字化して発信者である障害者に伝え、これを繰り返す。

2.Voice Carry-Over(VCO)
このサービスは、聴覚障害者ではあるが、自分の発する言葉で相手方に通信したいと希望する者で、相手方からはテキスト形式で答をもらう。この形式は、発信者の部分はテキストが不要で、その分効率的となる。とりわけ聴覚を失ったが、まだ自分でしゃべれる高年者に向いている。

3.Hearing Carry Over (HCO)
 このサービスは、言語障害者であって、相手方の声は直接自分の耳で聞き、自分の話すべき部分はTTY機器でタイプする。CAがこれを読んで相手方に伝えるが、答は発信者が相手方の声を直接聞く。

4.Speech-to-Speech (STS)リレー・サービス
これは、言語障害者ではあるが、ある程度の会話ができる者向けである。特別に訓練されたCAが、障害者の発音で不明瞭や普通ではない部分を確かめ訂正して、相手方につなぐもので、特別な電話機は不要である。

5.Shared Non-English Languageリレー・サービス
スペイン語を話す人々が多いので、FCCは、州際TRS事業者に対し、スペイン語対スペイン語での典型的なTRSサービスの提供を義務づけている。FCCは州内に終始するスペイン語TRSの提供までは義務づけてはいないが、スペイン語常用者の多い州では、このサービスを任意ベースで提供している例が多い。FCCはこの他にも、英語以外の州際TRSサービスの任意ベースでの提供を認めている。たとえば仏語/仏語のTRSもTRS基金から助成金が支払われている。

6.Captioned Telephone Service
これはVCOに似ており、聴覚障害者ではあるが多少の能力は残っている者を対象とする。相手方が会話中に話すことの字幕を映し出すスクリーンを備えた特殊な電話機を用いる。CAは、相手方の話したことを復唱する。最近の会話認識技術でCAの話したことは直ちにテキスト化され、利用者のCaption電話機のテキスト・ディスプレイに表示される。

7.Video Relay Service (VRS)
2000年にTRSの一種として認定されたこのインターネット形式では、利用者はビデオ会議電話機器を用いて米国標準手話でCAと通信し、CAは手話で表現されたとおりに相手方に音声で伝える。相手方の返答もCAが手話で発信者に伝える。VRSはFCCによって義務づけられてはいないが、いくつかのVRS事業者によって提供されている。この方式は、テキストを用いる方法に比して、ほぼリアルタイムでの通信が可能となり、効率的である。2006年1月1日以降、VRSは24時間、週7日、提供しなければならないこととなった。事業者は呼に対して10秒以内に応答しなければならないこととされている。

8.Internet Protocol (IP) Relay Service
2002年にTRSの一種として追加されたこの方式では、聴覚障害者または言語障害者とCA間は電話回線ではなく、インターネットを用いるテキスト利用のTRSである。その他の面ではTTY利用のTRSとそっくりである。利用者はコンピュータまたはウエッブ用機器を用いてCAと通信する。この方式のVRSはFCCによって義務づけられてはいないが、いくつかのVRS事業者によって提供されている。

9.IP Captioned Telephone Service
これはTRSのうちでももっとも新しいタイプのもので2003年からTRSに加えられた。Captioned Telephone serviceとIP Relay serviceを組み合わせたものである。この方式ではいくつかの方法があるが、電話回線ではなくインターネットを用いる点、および、障害者とCAとの間ではcaptionを用いる点に特色がある。利用者は、相手方が電話会話で言っていることを同時に聞き、そしてテキストを読むことができる。この方式では、特殊な機器を必要とせず、現在利用中の音声電話機およびコンピュータまたはその他のウエッブ用機器を用いることができる。

■インターネット方式が主流に

 時代の推移とともにインターネット方式のTRSが主流を占めてきている。


2002.5 2003.10 2004.6 2005.4
Text to Voice 75% 31% 26% 17%
IP Relay 23% 63% 63% 63%
VRS 1% 5% 11% 18%
その他 1% 1% 0% 2%

■障害者の利便のために全国統一電話番号(711)も

 障害者が旅行等で自宅を離れた場合、旅先でのTRS事業者の電話番号が分からない等の不便を克服するため、全国どこででも警察/消防と同様に統一電話番号の711が用意された。何らかの形のTRSに接続が保証されている。しかしながら技術的な困難から、VRSやIP Relayのようなインターネット利用のTRSは使えない。

 さらに、障害者のために、以下のような様々な要件が事業者に課されている。
・受付けたCAは最低10ないし15分は他のCAと途中で交代して不便を招いてはならない
・毎日24時間、毎週7日利用できねばならない
・事業者は、障害者からの呼に対しその85%は10
秒以内に応答できるようにしなければならない。

 また、TRSがかかってきた相手方が、CAをテレマーケッターと誤解して、電話を切ってしまわないよう、TRS制度の周知にも努力されている。

■過度の利用増進施策の制限

 TRS制度は障害者の利便を確保することを目的としており、そのための直接的な費用は障害者には負担させず、全利用者が負担する原則である。そのためユニバーサル・サービス制度と同様にTRS基金が設けられており、事業者から必要資金を納入させている。

 しかしTRS事業者がTRS通話の利用を増進させるために、奨励金を出したり、なんらかのインセンティブを障害者に与えてTRS通話が増加すると、本来必要とする以上に基金の助成金が必要となる。この点はTRS創設の早い頃から懸念されており、FCCは実施規則で「障害者が本来、利用したいと考える以上に、金銭的とかその他の利用促進インセンティブを行ってはならない」と明記していた。しかし、事業者の一部等がこうしたFCCの姿勢は憲法違反だと提訴した経緯もある。

 FCCは、最近でもこうした事業者の慣行がみられるので、今回、冒頭に触れたように、具体的な例示を行うなど改めて規則の解釈の明確化を行った。

 「障害者であろうとも、できるかぎり健常者と同様に通信ができるように」という崇高な理想も、その実現には、やはり助成基金の財源面での行き詰まりから種々の制約が出てくるのは、ユニバーサル・サービス制度とケースと同様であろう。

寄稿 木村 寛治
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