トレンド情報-シリーズ[1997年]

[メガコンペティションは今?]
[第3回]APEC域内で競争始まる

(1997.8)

 アジア経済の急成長が鈍るか否か注目される時、ITUのアジアテレコム97は、IT(情報技術)ハブをめぐるAPEC加盟国の競争と協調、通信自由化に伴い輩出する新規事業者や機器メーカーの熱狂を示す場となった。
  1. APEC圏域の経済発展
  2. 多様な活動水準と目立つ新規事業者
  3. インターネットとコンテンツ規制

1.APEC圏域の経済発展
 93年8月に発表された世銀調査報告書「東アジアの奇蹟」は、日本・アジア  NIES(韓国・台湾・香港・シンガポール)・ASEAN3カ国(インドネシア・タイ・マレーシア)の8カ国の持続的高度経済成長の成功物語である。70年代から80年代にかけての日本・アジア NIES・ASEAN・中国沿海部の“雁行”的経済発展について、米国経済との関係も含め分析したものだが、その後はポール・クルーグマン論文に代表されるように、「奇蹟は終わった」とされてきた。

 しかし、97年6月に発表された太平洋経済協力会議(PECC)の年次経済見通しは、主要な9開発途上国(中国・香港・インドネシア・マレーシア・フィリピ ン・シンガポール・韓国・タイ・台湾)の経済成長率は96年の7.8%から97年も8%と、急成長が終わっても安定成長が続くと予測している。一方、タイを始めとする通貨不安が、自国通貨を米ドルに連動させてきたASEAN諸国経済と好調な米国経済の乖離を背景に生まれたり、暗雲もあってアジア経済の短期の動向が注目されている。

 問題の地域は、現在18カ国・地域が加盟しているAPECに相当する。
 APECはは89年11月にオーストラリアの呼びかけで生まれたが、ある通産OBは通商摩擦を超越するための日本戦略ともらしている。ASEAN6カ国、その拡大外相会議メンバー6カ国(オーストラリア・カナダ・日本・韓国・ニュージーランド・米国)に中国・台湾・香港の三者同席をしくみ、パプア・ニューギニア、チリ・メキシコを加えたものである。APECは所得格差大きく、人口・政治思想・宗教・文化が多様な国・地域で構成されている。「開かれた地域主義」「柔軟なコンセンサス」を特徴とするが、その中核のASEANに最近ベトナム(95年)、ミャンマー、ラオス(97年7月)が加わり、カンボジアも加盟待ちで、APEC加盟希望のインドもある。サービス貿易自由化時代に向け一種の変曲点を迎えて、APECの舵取りは難しくなっている。

 難しさの第一は、中国の存在が大きくなるのに伴う米国と中国の二国の突出と協調への対応であり、「柔らかな連帯」を超える枠組みが求められる。難しさの第二は、時期・範囲など異なる目標を立てた各国間の利害を調整しつつ自由化の実施を確保する“知恵と技”である。

2.多様な活動水準と目立つ新規事業者
 グローバル情報経済の時代の電気通信は、固定電話に加え移動電話、インターネットも見ていく必要がある。従来アジアの電気通信収入の89%を占めていた固定電話は、1995年には69%に下がっていると言う。固定電話は従来「電話は豊かさの象徴」と言われてきたが、APEC圏域における経済活動水準と電話普及率の現状は、「APEC加盟国の電気通信と経済の主要指標」のとおりであり、APEC情報経済は真に多様である。

 格差の存在にもかかわらず、APEC域内各国では通信インフラストラクチャー構築についての悲壮感は見られない。電気通信自由化はサービス貿易自由化のWTO枠組みの重要な柱であり、WTO体制によって先進国電気通信事業者の外国市場参入や投資が保証される一方、途上国側は市場開放により独占的利益や国際清算料金による貿易黒字を失うことがあっても、外資により電気通信設備拡充が確実に実施されるからである。

 実際1990年代に80社を超える新規事業者が登場した。ITUが「アジアテレコム97」の前日に発表した「アジア太平洋電気通信指標1997」によれば、1996年の電話加入増は、固定電話14%増、国際電話トラフィック11%増に対し移動電話84%増と、移動通信が主体であった。38カ国・地域中17国・地域で移動通信が自由化され、1997年半ばには113社が開業と言う盛況である。  アジア太平洋地域の電気通信事業者上位40社の1996年業績は、売上高18%増、純利益33%増であるが、個別の業績を「アジア太平洋の主要電気通信事業者」で見ると、新規参入事業者が目立つ。開業間もないので、売上高28%増に対し、純利益は4%増にとどまるもの、今後が期待される。

 市場が競争的になるにつれ新規事業者と既存事業者の利害を調整する独立規制機関への要望が高まり、許認可・相互接続・番号計画・周波数割当・ユニバーサルサービス・イコールアクセス等の問題を解決する透明な規制が求められている。ITU報告書は「民間投資が新技術と結び付いてインフラ構築のコストを引き下げ、コミュニケーション・アクセスのレベルを上げることができるか注目される」としている。

 ITU主催「アジアテレコム97」(97年6月9〜14日)は、476の出展が大臣40名を含む4万人の観客を集めた。最も関心が高かったのは産業高度化促進の情報基盤整備であり「シンガポール・ワン」(光ファイバ基幹網とADSLアクセス回線によるマルチメディア実験)が始動され、「マルチメディア・スーパー・ コリドー(MSC)」(マレーシア政府主導のマルチメディ ア開発拠点構築計画)がアピールされた。期間中に米国ルーセント・テクノロジー、モトローラ、クヮルコム、カナダのノーテル4社による次世代携帯電話共同開発の発表があり、「アジア・マルチメディア・フォーラム(AMF)」(提唱したNTTを含めアジア8カ国・地域17通信企業が参加するマルチメディア共同実験組織)が発足した。
 アジア諸国の「後発者の利益(Late-comer Interest)」が先端技術を提供する米国・EU・日本の通信事業者・機器メーカーを惹き付けている。

3.インターネットとコンテンツ規制
 APEC域内外でのインターネット利用が急増している。日経コミュニケーション誌No.249(97.7.7)は、Network Wizardsの調査結果や日本の主要プロバイダーへのアンケート結果に基づき、「伸び盛りのアジアのインターネット・インフラ」で、97年1月現在各国のホスト数(対前年比)を次のように紹介し、日米間のインターネット・バックボーン容量800Mbpsに対し、日本ーアジア間のインターネット・バックボーン容量を38Mbpsと報じている。
                      
日本734,400(2.7倍)
韓国763,300(2.3倍)日韓間6Mbps
台湾734,700(1.4倍)日台間5.884Mbps
香港749,200(2.8倍)日香間6Mbps
中国719,700(9.2倍)日中間256Kbps
フィリピン73,600(2.0倍)
タイ79,200(2.3倍)日泰間2Mbps
マレーシア725,200(6.0倍)日馬間3.256Mbps
シンガポール728,900(1.3倍)日新間10.512Mbps
インドネシア79,600(4.1倍)日印間2.128Mbps
オーストラリア7514,800(1.7倍)日豪間2Mbps

 日本企業は、専用線を引くほどのトラフィックがないアジア拠点をインターネットで結びたいが、セキュリティなどの問題から社内網の代替えに進むこともためらわれ、検討中と言う。一方、相手方では、マレーシアやシンガポールの盛況がITハブ指向の政策を表わしている。
 問題は「コンピュータ情報ネットワーク国際接続管理規定」を定めた(96年2月)中国、有害サイトを指定しプロバイダーにアクセス制限を義務づけたシンガポールなどのコンテンツ規制である。
 情報の自由については、1970年代に「情報の自由で均衡のとれた流通」と言う国際的コンセンサスが成立しており、越境放送に関してはアジア太平洋映像国際放送会議(95年3月)で各国に規制権を認める指針が合意されている。インターネットにプリントメディアなみの自由を認めようとする欧米と、 「目に余るコンテンツは当然規制対象」と考えるアジアとでは文化(哲学)の違いがある。人権を巡る米中対立、カンボジア・ミャンマー問題などを抱えるAPECでは、インターネットのコンテンツ規制についてまず考え方の相違を明らかにすることが先決であろう。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1997.8)

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