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清原聖子が伝える「2008年米国大統領選挙戦」
2008年10月掲載

第3回:バラク・オバマ民主党大統領候補のテクノロジー政策

グローバル研究グループ 清原 聖子

 先日のリーマンブラザーズの経営破綻は、アメリカ経済に大打撃を与えるばかりか、世界的な金融危機へつながることが強く懸念されている。そのような情勢の中で、9月26日には、民主・共和両党の大統領候補による第1回討論会が開催された。討論会では、外交政策が主な争点となる予定だったが、時期が時期だけに、金融危機への対応など経済問題にも大幅に時間を割いて論じられた。今回のウォール街の動揺が、残り5週間ほどで投票日を迎える大統領選挙へ及ぼす影響の大きさがメディアで報じられている。

 世論調査を見ると、9月1日〜4日の共和党全国党大会終了後、「ペイリン効果(共和党副大統領候補となったサラ・ペイリン氏の人気による効果のこと)」もあって共和党大統領候補のジョン・マケイン氏の支持率が民主党大統領候補のバラク・オバマ氏の支持率を上回った日もあったのだが、リーマンブラザーズの破産申請発表(9月15日)後の複数の世論調査を見ると、5ポイント以上の差をつけてオバマ氏の支持率がマケイン氏を上回っている。

  • CNNの世論調査(9月27−29日):オバマ氏48%、マケイン氏43%、未定9%
  • CBS News/New York Timesの世論調査(9月21−24日):オバマ氏47%、マケイン氏42%、未定11%
  • Fox News/Opinion Dynamicsの世論調査(9月22−23日):オバマ氏45%、マケイン氏39%、未定16%

 9月には大型ハリケーン「グスタフ」に、空前の金融危機、と難題が立て続き、民主、共和、どちらの候補が勝利を収めるのか予測が一層難しくなっていると言えるだろう。

 そのような状況ではますますテクノロジー・通信政策は他の政策に比べ、影が薄くなりがちだが、本レポート第3回目では、オバマ民主党大統領候補のテクノロジー・通信政策にスポットを当ててみよう。今回、9月半ばに情報技術とイノベーション財団(Information Technology & Innovation Foundation:ITIF)が発表した「(大統領)候補者のテクノロジーとイノベーション政策の比較(Comparing the Candidates' Technology and Innovation Policies)」と題したレポートも一部紹介する。ITIFはワシントンD.C.に事務所を構え、2006年に設立された情報通信政策分野に特化した新しいシンクタンクである。今回のレポートを執筆したITIFの代表を務めるロバート・D・アトキンソン博士は、民主党ニュー・デモクラッツのシンクタンクとして知られる進歩的政策研究所(Progressive Policy Institute:PPI)でかつて副代表を務めていた人物である。

 ITIFのレポートでは、2004年大統領選挙の大統領候補者政策綱領に比べ、2008年大統領選挙のオバマ、マケイン両候補はイノベーションやテクノロジー政策を重視していると見ている。両候補に共通する点は、「『全てのアメリカ人にブロードバンド・アクセスを確保する』、『数学と科学教育の強化』というように、広い意味での政策目標については、オバマ候補、マケインの立場はある程度重なっている」ことだとした上で、「しかし、その目的を達成するための政策アプローチには非常に重要な差異が見られる」と指摘している。つまり、ITIFのレポートは、マケイン候補とオバマ候補のイノベーションとテクノロジー政策の差異は、政府がいかにこの分野の発展に関わるのか、という方法論の違いにあると見ている。共和党マケイン候補のイノベーション政策アジェンダが政府の規制を制限し、税制の緩和などにより、民間部門のイノベーションにとって好ましい環境を作り出すことに主眼を置いていることに対し、民主党オバマ候補のアプローチは、業界とともに、政府が積極的なパートナーとして国家のテクノロジーやイノベーション・アジェンダに関与する姿勢を打ち出している、とITIFレポートは整理した。

 しかし、それぞれの候補の公式ホームページを見比べると、政府の取るべき政策アプローチの違いだけではなく、両者の間で優先課題の順位付けにもかなり違いがあるようだ。オバマ候補の公式ホームページを見ると、テクノロジーに関する「Barack Obama and Joe Biden's Plan」というページにたどり着く。
確かにマケイン候補の掲げる政策課題やその目標とオーバーラップする点もあるが、ここで注目すべきは、いくつもある政策課題の最初に「インターネットのオープン性を保護すること」が挙がっており、ネットワーク中立性原則を強く支持すると書かれている点である。マケイン候補の場合は、大統領となった場合に取り組むべき政策課題としてトップに挙げられているものが「イノベーションに対する投資促進」であり、税制・減税に関わるものであった。ネットワーク中立性に関して規制に反対、という項目は、かなり後半になって触れられていた。
また、オバマ候補の政策では、ネットワーク中立性に続き、「放送メディアの多様性を維持することに力を入れること」が課題に挙げられた。そして、過去数年間共和党政権下でFCCがメディア統合を推し進めてきたことを批判的に捉えている。オバマ候補は、公共利益にとって重要なメディア所有の多様性を確保する規則が重要と考えている。

 さらに、オバマ候補のテクノロジー政策に関する一つの目玉は、「全国的なチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)を任命する」という点ではないか。CTOは、21世紀に即した適切なインフラ、政策、そしてサービスを政府が有するため、連邦政府機関から集められたチーフ・テクノロジーおよびチーフ・インフォメーションの高官とともに、ネットワークの安全を確保し、省庁間の取り組みを指導する役割を担うことになるという。オバマ候補の公式ホームページの文書などからは、新たに任命されるCTOと既存のFCC委員長との関係がどうなるのか、どういう位置づけにCTOが置かれるのか、まだはっきりしない。しかし、オバマ候補はたびたび全国的なCTOを任命すると述べており、もし任命されたなら、どのような役割を果たすことになるのか興味深い。

 そしてもう一つ、マケイン候補との大きな違いが見られるのが、ユニバーサルサービス基金に対する考え方である。ITIFのレポートでも、マケイン候補は「サービス非提供地域への高速インターネットアクセスの展開を支援するためにユニバーサルサービス基金を拡大することに反対」と記述されている。一方、オバマ候補は「複数年の計画で、期限を切り、ユニバーサルサービス基金を主に音声通信を支援することから、特にサービス非提供地域における手ごろな料金のブロードバンドを支援するプログラムに変えていく」と対比されている。オバマ候補と民主党副大統領候補のジョー・バイデン氏は、公式ホームページにおいて、「無線周波数や次世代設備、技術、アプリケーションの利用、及び新しい税や貸付プログラムなどと組み合わせて、ユニバーサルサービス基金を改革することで、全てのコミュニティに真のブロードバンドを可能にすることができると考えている」と述べている。ユニバーサルサービス基金は原資の縮小とプログラムの肥大化が問題となる一方で、ブロードバンドまで補助するべきかどうか改革議論がここ数年議会やFCCで続いている。ユニバーサルサービス基金の在り方については、ネットワーク中立性をめぐる論争と同様、オバマ、マケイン両候補の間で真っ向から考え方が異なる問題の一つである。
この後、オバマ候補のテクノロジー政策案の後半部分では、アメリカの競争力を高めるために、という観点から「外国市場での公平な取り扱いを確保する貿易政策を支持」そして、「科学技術研究開発に対する連邦政府予算を2倍にする」、「若手研究者への研究助成」、「国内外での知的財産保護の強化」、「数学と科学教育の強化」などが続く。

 オバマ、マケイン両候補者のテクノロジー政策の差異は、政府の介入の方法や程度の問題だけではない。政策課題の配列から、候補者が特に何を重視したいのか、その優先順位の違いをうかがい知ることができる。ネットワーク中立性議論や過疎地に対するブロードバンド整備について、オバマ候補とマケイン候補の優先順位付けは異なると見られる。
4年前の大統領選挙戦に比べ、今回の選挙戦ではFacebookやYouTubeなど新しいコミュニケーションツールが積極的に使われ、テクノロジーや通信政策への関心も高いとされてきた。しかし、今回の金融危機の影響が大きければ、いずれの候補が政権をとっても、通信政策そのものが後手に回ることも考えられる。来月に迫った選挙結果とアメリカ経済の行方が大変気がかりである。

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