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ICR View
2010年2月8日掲載

「新成長戦略(基本方針)」とICT産業

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 昨年末12月30日、政府は「新成長戦略(基本方針)」を閣議決定し発表しました。2010年度予算案決定直後の慌しさの中、民主党政権は総選挙のマニフェストの時から指摘されていた、成長戦略がないとの野党などからの批判を踏まえる形で、“輝きのある日本へ”との副題を付して発表しました。

 ポイントは、その宣言の部分で述べられているように、環境、健康、観光の三分野で100兆円超の新規需要を創造して、需要からの成長を目指すところです。具体的には、2020年度までの平均でGDP名目3%、実質2%を上回る成長率とし、2020年度の名目GDPを650兆円程度、中期的な失業率を3%台へ低下することを目指しています。

 昨年8月の衆議院総選挙前、このICR Viewの場で「マニフェスト(政権公約)と情報通信産業・サービス」と題して、当時の自民党と民主党のマニフェストに記載されている情報通信を取り上げて比較したコメントを出したことがあります。当時、マクロ経済的視点から情報通信を経済成長の柱と捉えていたのは自民党の方でしたが、今回の政府の新成長戦略では、第三の道として需要サイドからの成長を明確にしています。

 では、この「新成長戦略」の中で情報通信=ICTはどのように取り扱われているのでしょうか。全体30ページのなかに、“情報通信”という用語は30ヶ所に登場していて、その重要性が高く扱われています。

(注)最も数多く登場する用語は、“日本”で100ヶ所以上の記載があります。

 情報通信の重要度が高く評価されていることは、成長を支えるプラットフォームとして科学技術立国戦略を唱え、「IT立国・日本」としてまとめられていることで十分に理解出来ます。「IT立国・日本」の項に“情報通信”は、目標・施策のまとめの部分を含めて約1ページの中に13ヶ所も書き込まれているのです。ただし、13ヶ所すべてが情報通信技術の形で用いられており、逆に技術の利活用としてしか述べられていないことに懸念を感じます。技術水準やインフラ整備の面では世界最高レベルに達していると自認している一方で、利活用に遅れを取っているのは事実そのとおりなのですが、それが技術の利活用だけの問題なのか、むしろ、それを取り巻くアプリケーションやコンテンツ、さらにサービスそのものの開発及び支援・推進体制にももっと目を向ける必要があるのではないでしょうか。情報通信技術(ICT)の利活用は、国民生活の利便性向上、生産性アップ、新産業創出、行政の効率化など、教育や医療の現場を含めて全国民がその成果を享受できるようにするためのものですが、技術それ自体は手段や前提条件なのであって目的ではありません。本来の目的を達成するには、規制や制度の見直しを行うことに加えて、産業全体として情報通信技術の利活用を促進する税制などの振興策が必要となります。今回の「新成長戦略」には税制の記載や産業や企業に関する言及がありません。特に、情報通信が生み出す新しいサービスやコンテンツなどの関連産業(例えば、マンガやアニメ、映像などの配信)を育成する視点は、アジア戦略や観光・地域活性化戦略の上でも極めて重要なことです。従来の“ハコもの”とは違う各種の振興策、制度改革が必要な分野だと思います。

 また、「新成長戦略」の中で、さらに理解し難い部分があります。それは、これほど重要視されている情報通信が全体の流れの中では、グリーン・イノベーション(環境・エネルギー)で3ヶ所、ライフ・イノベーション(健康)で2ヶ所、ここでも情報通信技術として登場するだけで、それ以外のアジア、観光・地域活性化、雇用・人材の項の中にも、冒頭の宣言の部分でも最後の今後の進め方の部分でも全く触れられていません。情報通信を技術の世界の問題として扱ってしまい、今後の産業・経済を成長に導き、社会や文化を豊かにする基盤であるという視点が十分ではないように感じられます。

 中長期の経済成長に需要創出はもちろん必要ですが、その一方で供給サイドのイノベーション、及び税制・著作権・国民IDなど未解決の産業面での制度改革やインセンティブ作りがより一層求められています。情報通信を道具や手段として技術を利活用するだけではなく、これから大きく伸びる産業分野として、また、国際競争力を担える産業として、文化・メディア、アプリケーション、コンテンツまで幅広く取り込んだ産業振興と制度改革が今後の実行計画(工程表)の中に取り上げられることを期待したい。

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