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2010年3月8日掲載

JCOMを巡る株式移転問題
―上場子会社問題の本質的議論―

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 KDDIが1月25日に発表した、ケーブルTV最大手のジュピターテレコム(JCOM)の中間持株会社の買収劇は、現在のところ、以前からの大株主である住友商事のJCOM株に対する公開買付け(TOB)が進行していて、まだ、決着を見ていません。KDDIは、発表当初、リバティグローバルグループが保有している中間持株会社の買収により、JCOM株式の37.8%相当を取得するとしていましたが、直後の金融庁による金融商品取引法に基づく調査開始を受けて、31.1%相当分の取得と残りの6.7%分の信託譲渡に方針変更を行い、その分については議決権を行使しないことで実質的なJCOM株式の移転が2月18日完了しました。但し、信託譲渡6.7%のうち、4.5%は市場内外で売却予定とされていますが、2.2%については売却する意向は示されていないので、引き続き3分の1保有に向けた潜在的な意図は残っているものと思われます。

 もう一方の住友商事は、それまでの27.7%保有からTOBによって34%から40%までの上積み取得を図って、第一位株主の地位を維持しようとしています。TOBの期間は3月3日から4月14日なので現在進行中です。買い付け価格は、1株139,500円でKDDIの発表時の買収価格と同じで、プレミアムが上乗せされた高値のオファーとなっています。KDDIの買収によってファンドであるリバティグローバルは第一幕からは資金を得て退場することが出来、それも時価に対して相当大きなプレミアムを得た訳です。

 KDDIと住友商事はTOB期間中なので、株主間の接触を持ってないと言っています。双方の立場からは、JCOM事業についての戦略が大きく異なっていることが注目されます。KDDIは通信事業者の立場から有力な固定回線設備・契約の保有者として見ているのに対し、住友商事は当初の事業立上げ時以来、メディア産業の担い手として育成して来た自負があり、これまでの赤字に耐えながら資金・人材を投入して来た実績があります。果して、JCOM事業は通信事業なのか、メディア事業なのか、両者の事業観の違いについては経営問題として興味は尽きません。
 ただし、今回本欄では、事業観の掘り下げはTOB期間終了後のこととしたいと思います。TOB終了後に両大株主間の協議が待ち受けていると思われるからです(注)

(注)3月2日、JCOM自身は住友商事が実施するTOBに賛同すると表明しています。このTOBがJCOMの企業価値向上に資すると判断したと理由を説明しています。

 ここでは、今回のKDDIの買収行動がもたらした新しい課題を取り上げてみます。即ち、上場会社に新しい大株主(又は実質上の支配株主)が出現する際の少数株主又は一般株主の権利保護の問題です。これこそ、上場子会社の少数株主権のあり方問題の本質と考えられます。世上、NTTとNTTドコモの関係や日立グループ、NECグループなど親子上場問題がしばしば取り上げられ、親会社と上場子会社の利害衝突、少数株主の立場の保護の問題として、会社法や証券取引所の上場規則の議論が行われて来ました。ガバナンスのあり方としては当然議論されるべきものですが、他方、これは具体的な経営行動及び経営上のあり方(リスク)として、有価証券報告書その他でディスクローズしてアカウンタビリティの発揮を図ることによって相当程度解決し得る問題です。少数株主・一般株主の権利問題としては、むしろ、今回のKDDI−JCOMの事例のような大株主(実質上の支配株主)出現時の少数株主の扱いの方が上場子会社における本質的問題と言えます。

 日本のTOB法制では少数者からの買付けの場合、金融商品取引法上、3分の1超の上場株式の直接取得がTOB実施義務の基準(第27条の2)であって、今回のKDDIのケースは非上場株式の取得なので直接規制する条文はありません。このことが、発表直後の金融庁の調査に対するKDDIの姿勢になって現れていたと見られます。ブルムバーグの報道(2月2日及び2月12日の記事)によると、KDDIの担当弁護士は当初は、非上場の中間持株会社の取得なので法的にTOBは必要ないとの見解を表明していましたが、その後、金融庁の指摘を受けてスキームを変更して問題ない形にしたと述べています。

 つまり、本件はいわば法の不備と言ってもよいものでしょう。そうだとしても、少数株主の立場から見れば上場会社において一定規模の大株主の取引が行われる場合、会社の構造や事業運営の大きな変化が予想される以上、自らもそれに参加する判断の機会を得ようと思うのは当然のことです。上場株式の市場取引が公正に行われるため、また、株価形成が妥当に行われるためには、当然に守られるべき基準です。主として英米が特別で、欧州その他の地域で一般的に見られる親子上場問題の議論よりむしろ、このTOBの基準やルールの厳格化の方が、国際化の側面(グローバル・スタンダード)から急ぎ解決すべき問題だと思います。欧米のみならず中国その他の新興国から日本の上場会社に対しM&A(TOBを含め)が行われることが十分予想されるなか、早急に国際的に見て適正なルールを整備しておく必要があります。国内の少数株主・一般株主が不利な扱いを受けることがあってはなりません。
 今回の事例は新しい(これまで十分気付いて来なかった)問題を提起した教訓です。関係者の更なる議論が深まることを期待したい。

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