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2010年8月16日掲載

新成長戦略への期待―市場機能の重視を―

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 政府は6月18日に「新成長戦略〜「元気な日本」復活のシナリオ〜」を閣議決定し、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の一体的実現を目指すことを発表しました。目標とされている経済成長率は今後10年間平均で実質2%以上、名目3%以上で、これは過去20年間ほとんどゼロ成長だったことから考えて画期的な目標です。特に「強い経済」では需要面と供給面両方から政策対応による押し上げを図り2020年までに実現すべき成果目標を工程表付きで明らかにしています。全体として大きな政府の役割が感じられる内容となっています。
 本稿では、この「強い経済」について考えてみます。7月の参議院選挙中から話題となっていた「強い財政」「強い社会保障」については今回は取り上げません。経済成長や産業政策として政府の役割を考えてみるためです。
 この10年、経済の低迷から国民(特に産業界やマスコミ)は政府に景気対策を求め、さらに経済成長戦略を要求して来ました。特に民主党政権への移行後、そのマニフェスト上の記載が十分でなかったため政府に対し成長戦略の策定を強く求めました。今回の新成長戦略がその答と言うことです。個別の産業分野の選択や政策内容に関しては総論として国民や産業界が求めるもので異論はありません。ここでは、具体的な“21の国家戦略プロジェクト 工程表”の中から、いくつかの課題を取り上げてみたいと思います。
 先ずは政府の役割についての認識です。今回の分野選別とプロセスにおいては、マクロとミクロの政策及び民間と公的部門の役割の2点が未分化のようです。例えば、

(1)マクロ経済的視点からの政策―――8項目
法人税引下げ、人材育成、知財・標準化、経済連携、総合特区、情報通信技術、研究開発、総合的取引所
(2)ミクロ政策だが特に公的セクターの役割―――6項目
医療機関選定、国際医療、公共施設開放、リーディング大学院、幼保一体化、新しい公共
(2)主として民間部門が実行主体となるもの―――7項目
固定価格買取り制度、環境未来都市、林業再生、インフラ海外展開、観光・休暇、中古住宅、キャリア・アップ
と分類できます。(分け方には異論があると思います。)ただ、分類してみると次のとおり、種々の分析が可能です。

(1)の最も重要なマクロ経済政策こそ、まさに政治主導が発揮されるべき国家戦略であり、予算と実行体制が必要となります。問題はその優先度で効果が全産業に及ぶ、法人税引下げ、情報通信技術、知財・標準化、研究開発こそ優先すべきではないでしょうか。

(2)は政府及び公的セクターの個別事業、個別施策の案件なので政策的判断に基づく、いわば事業仕分け的取り組みで実行すべきものです。即ち、予算の無駄の排除と効率性の追求です。

(3)は本来民間部門の取り組みです。政府の産業選択が正しいものかどうか市場に聞く必要があります。エネルギー、環境、インフラ、観光、住宅など取り上げられている産業分野は重要だが、それ以外の分野はないのか、政府の失敗の懸念はないのか、などを常に考えておく必要がありそうです。市場での失敗は当事者(企業)の問題に止まりますが、政府の失敗は国民負担の問題となるので政府の役割について、さらなる議論を望みたいと思います。産業界の期待は、特に、(3)の民間部門への支援に集中していますが、政府の役割は、規制緩和、負担や制約の軽減、環境整備や調整に徹するべきです。市場の役割を阻害しないことが原則です。

 参議院議員選挙の結果、与野党の衆参両院のいわゆるねじれ現象が生じている状況下では、政府の役割について本格的に議論して一致点を見出しておくことが従来以上に大切で、政府の失敗を招かないよう政策運営を求めたい。こうした経済運営の姿勢が明確になり、政権のリーダーシップが発揮されないと外国為替市場においても日本政府の意向が市場関係者に十分に伝わりません。現在の為替水準は明らかに円高に行き過ぎです。成長戦略実行のためには為替水準の安定化が絶対に必要です。併せて、この点の取り組みを期待したいと思います。

 最後に、私が関係している情報通信分野について考えてみたい。今回の新経済成長戦略の中“21の国家戦略プロジェクト 工程表”では取り組みは相当程度具体的に明確になっています。

2010年度実施項目

情報通信技術利活用の阻害要因の洗い出しと対応策決定

2013年度までに実施

国民ID制度の整備
政府の電子行政実現

2020年までに実現すべき成果目標 全ての世帯でブロードバンドサービスを利用
国民本位の電子行政を実現

 以上のとおり、民間部門ではなく、特に政府部門の取り組みが具体的なステップとして明らかになっています。先ずは電子政府・行政の実現であり、そのために長年放置されてきた国民ID制度の実施の本格化がポイントでしょう。この点に関し、本年3月に公表された経済同友会の「ICT利活用による次なる成長のための5つの提言〜横串機能による経済・社会システムの再構築を〜」が大変参考になります。その中で提言のひとつとして、“電子政府の推進と情報通信行政の一元化〜国民ID導入と情報通信コンテンツ省(仮称)創設〜”が取り上げられています。基盤整備だけでなく、電子政府推進体制と行政一元化を提言していることに注目しています。

 他方、総務省当局では、4月に新たな情報通信技術(ICT)戦略「ICT維新ビジョン2.0」を発表して、2015年頃を目途に「光の道」100%を実現することを達成目標と定めました。加えて、ICTタスクフォースの場などにおいて、NTT東西会社のアクセス網の構造分離が取り上げられて議論が続いています。

 「光の道」が国家の政策としてブロードバンドサービスの利活用環境整備につながることに異論はありません。むしろ、情報通信先進国の日本では利用者・供給者両方の立場からも到達目標は必要なことです。但し、問題はその実現手段において、民間部門主導が原則であることを改めて強調したい。民間主導とは単に民間会社に勝手にさせるということではなく、市場を重視する、技術の選択を政府の行動ではなく市場に委ねる、即ち、技術中立的であるべしという思想的背景に基づくものです。イノベーションの進展が激しく、利用者のサービス選別が大きく短期間に変動する昨今の情報通信市場では特定の技術、設備に固執することが失敗を招きかねないと言うことです。繰り返しますが、市場での失敗は当事者だけの問題ですが政府の失敗は国民の負担になることを忘れてはいけません。過去の電電公社(及びそれを支えた周囲の体制)によるISDNや2G携帯PDC方式の、結果的であっても広い意味での問題や苦労を明記すべきでしょう。情報通信の世界は多くの国では長年に渉り公的部門で運営されて来ましたが、20世紀の終わりにかけて先進各国では株式会社化・民営化が行われ、準公共財として既に民間事業者による市場経済の中にあります。自由主義市場経済の中での政府の役割は新経済成長戦略の工程表にあるとおり、先ずは(1)阻害要因の洗い出しと克服、次いで(2)基盤となる国民IDの整備、そして(3)電子政府・行政の実現に集中して取り組むことがポイントでしょう。併せて、経済同友会が提言したように情報通信やコンテンツなどの政策に係る部局を統合して情報通信コンテンツ省(仮称)を創設して行政の一元化を図る時期ではないかと思います。これこそ政府の役割です。

 供給サイドの光ファイバー回線の建設は、民間部門の設備投資とこれまで効果を上げて来た公設民営(IRU)方式の一層の拡充で、他にADSLや電波の利活用を併せることにより当分の間ブロードバンドサービスを確保できるものと思います。その意味で、国民全体が利用する行政サービスをブロードバンドに乗せていくことを中心に据えた今回の新成長戦略に期待するところ大です。

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