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2010年10月13日掲載

IFRS(国際会計基準)は経営意思決定を求める

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 IFRS(国際会計基準)については、2009年11月4日掲載の本欄で「IFRSの津波が来る―ルール変更は経営管理に及ぶ―」と題して、IFRS導入のインパクトを経営管理面への影響から取り上げました。それから1年が経過しましたが残念ながら経営管理面での具体的な議論は進んでいません。
即ち、企業においてはIFRS導入そのものは現実のものとして意識されるようになって来ているものの、2012年目途とされる強制適用判断までまだ期間があること、世界の景気・経済情勢から会計基準のコンバージェンスや設定の議論がさらに継続していること、日本国内では内容が見えてくるに従い経理・財務部門のレベルの問題との低い次元での取り扱いがみられること、などからIFRSの導入環境にここ1年間大きな変化がないことは大変に残念なことです。

 企業における準備や取り組みの必要性は、しばしば監査法人・公認会計士や経営評論家などが語っていますので、ここでは2点にしぼってポイントを指摘しておきます。

  1. IFRSの初度適用・開示はゴールではなく、継続開示のための始まり―グローバルな視点で比較可能性が高まることの意味合いを想定しておく必要があります。
  2. 企業内に止まらず投資家や金融・資本市場に影響が及ぶ―経営業績評価の変化が予測されます。

 このためには、社内でこれまで聖域化されてきた領域に、この機会に踏み込む覚悟が求められるところですが、IFRSが単なる制度会計基準の変更として捉えられてしまっているのが実情のようです。
改めて、ここでは特に大手通信キャリアへの影響について取り上げてみたいと思います。それは、(1)企業の最終利益を構成する包括利益と、(2)制度会計と管理会計の一致を目指す(制管一致原則)というマネジメント・アプローチ下におけるセグメント開示の2点です。

 第一に企業の利益開示が包括利益となると、当期収益に加えて「その他の包括利益」にも関心が集まることになります。もちろん、当期利益がマーケティング、開発、原価企画やM&A、財務戦略などの組み合わせで重要な経営指標であることには変化はないでしょう。但し、これまで当期利益では、時系列の比較に重点がおかれ会計的には期の間で平準化する処理が主流となって来ましたが、IFRSでは事実の発生を重視して事実発生時に即時認識する会計処理を指向しているのが特徴となっています。例えば、M&Aの際の暖簾の規則的な償却や年金債務処理時の保険数理差異の回廊計算は認められなくなりますので、判断ポイントが違って来ます。

 また、「その他の包括利益」は特に経営者の意思決定権限と責任の下にある専決事項であることが多いことに注目すべきです。この点、組織単位への委任事項が中心となって構成される当期利益とは経営者の関与のあり方が大きく異なります。その他の包括利益は、年金債務、為替換算調整、持合株式時価評価などで構成されるので、為替や株式相場など外部要因に大きく左右されると同時に、会社の取引関係や企業年金政策といった長期的な経営政策に基づくものが多くなっています。それだけに聖域化することなく経営意思決定の重要性が高まります。

 例えば、海外事業体のあり方、取引先や系列企業等の株式保有のあり方、人事戦略を踏えた企業年金制度の見直し、などについて経営意思のアピールとなりますし、包括利益最大化に向けた経営努力と説明責任が経営者に課されていると言ってよいでしょう。具体的に既に包括利益を開示している大手通信キャリアの直近3年間の状況(米国会計基準及びIFRS)を見てみると、NTTをはじめインカンバントな事業体(注)では多数の従業員を抱えていることから年金や退職関連の債務処理が共通して最大の変動要因となっています。広い意味での人員管理、人件費管理が利益の変動となって表れています。

(注)今回は、NTT、AT&T、Verizon、BT、FT、DTのその他の包括利益の変動を比較

 また、次に目立つのは為替換算調整勘定で、特に海外投資・出資を積極的に展開している欧州の通信キャリアに大きな変動が見られます。さらには繰り延べ税金項目が目立つなど、事業投資の結果が端的に表れています。当期利益に対してその他の包括利益が相対的大きなものであることに驚きます。

 第二のポイントはセグメント開示についてです。IFRSが企業情報の投資家(及び市場)への開示を中心に据えていることから、制度会計と管理会計の整合性、いわゆる制管一致の方向が指向されています。つまり、実際に経営者が経営に利用している情報をベースにして、制度会計からの管理会計の取り込みを図るという流れにあります。これまで、企業外には制度会計で対応し企業内は別に管理会計の体系を構築して経営管理が行われて来たのが多くの実態でしたが、IFRSではこれを極力一致させて、経営者と投資家の視点をできるだけ一致させて行こうとしています。その結果、開示においてマネジメント・コメンタリーが重視されるとともに、会計面ではセグメント開示でマネジメント・アプローチが大きな比重を占めるようになって来ています。

 つまり、企業経営にあたって事業セグメントをどう区分・認識し管理していくのかが経営管理目的だけでなく、制度会計や会計情報開示面から一層重要な要素となっています。これまでの会計情報の継続性維持だけでなく、現実の市場動向に対する経営者の管理方法がセグメント開示で問題とされるようになります。この点、IFRSの適用が先行する欧州の大手通信キャリアのセグメント開示が、地域別に加えて、グローバル・サービスやシステム・ソリューション、法人などコンシューマー市場とは区別して国内外を一括したセグメント情報を開示していることが参考となります。欧州でも米国でも既にセグメント情報の開示については、経営者が自社の経営成績評価のために使用している事業セグメントをそのまま開示用セグメントとして使用することが求められています。日本でも2008年3月に企業会計基準委員会(ASBJ)から出された企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」により、2011年3月期からこの新しい基準によりセグメント情報開示が開始されます。これまで米国基準で開示して来た企業には直接的な影響はないでしょうが、日本基準においてもマネジメント・アプローチが採用されることで従来以上にセグメント開示が進み、社内で使用している事業セグメントを社外向けの開示用セグメントとして用いる流れとなるので、セグメントのあり方などを今一度見直す必要があると思います。

 即ち、数年前とは違い世界の通信キャリアにおいてもグローバル化や事業の多角化が進展しているだけに、マネジメント・アプローチに基づくセグメント情報の開示のあり方を早急に確立しておくことが必要です。逆にIFRSによって高い比較可能性が示されるとなると、他社との競争優位の確立の上からも自社内の経営成績評価の方法をグローバルな水準から見直すことが必要となるでしょう。特に、自社の有力法人顧客がマルチナショナルに事業展開している現状からすると国内外一体化したサービスはもとより、経営管理や会計情報も同様のことが求められます。グローバルに法人営業を展開する大手通信キャリアとの競合や提携を図る上でもこの種セグメント情報の開示問題を会計基準の変更という次元のみで捉えてはいけません。
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