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2013年3月11日掲載

「メカトロニクス」と「クラウド」の連携促進に向けて〜インテリジェントサービス創造促進に向けた「ビッグデータ流通市場」と「インタークラウドネットワーク」の整備を

(株)情報通信総合研究所
経営研究グループ部長 市丸 博之
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製品価値向上向けた「自動化」と「インテリジェントサービス」の連携

従来、「もの作り(メカニクス)の世界」は、エレクトロニクスの発展と結びついて「メカトロニクス」という、センサーと組み込みソフトウェアによる機械器機の精緻なリアルタイム自動制御(「組み込みシステム」による自動化)のいう形として成長してきた。一方エレクトロニクスの発展はITと電気通信をデジタル化により結びつけ、「ICT」としてインターネットや通信ブロードバンド、さらに仮想化技術による距離を超えた柔軟かつ低廉な大規模情報の高速処理を可能とする「クラウドコンピューティング」を実現した。

従来どちらかというと別々に発展してきたかに見える「メカトロニクス」と「ICT」だが、近年、両者の連携・融合の動きが、自動車業、建設業や農業分野なども始まっている。
すなわち製品の「機能の自動化」という従来からの機能面での製品価値向上に加え、クラウドの利用をして、それら製品のセンサーからの情報の解析を通じて創造された「インテリジェンス(選別された有用な情報や知見)」により製品の「利用の最適化」を図って(「インテリジェントサービス」)、機能面のみならず利用面を含めた製品の総合的価値を高めるという動き(「メカトロ・クラウド連携」(注1))である。

表.「組み込みシステム」と「クラウド」の連携 による製品価値の向上

表.「組み込みシステム」と「クラウド」の連携 による製品価値の向上

「インテリジェントサービス」創造と「ビッグデータ」

組み込みシステム(メカトロニクス)とクラウド(ICT)の連携においてカギとなるのはビッグデータ(非構造化データを含む膨大なデータ)である。
 最近話題の「ビックデータ」の活用では、ネット上の顧客行動データの解析による広告のパーソナライズやジュストインタイム提示といった企業のマーケティング分野での利用が専ら注目されがちであるが、生産活動の分野における「メカトロニクス・ICT」連携におけるインテリジェントサービス創造でも、ビッグデータ活用が大きな役割を果たす。

例えば農業分野では、オランダは現在世界第2位の農産物輸出国であるがその原動力は、農業を国際的ビジネスとしてとらえICTやロボット工学を積極的に活用して生産性を上げていることにあると言われる。その代表事例が植物工場で、それは日本でイメージされるような人工光によるビル内植物工場とは異なり、温室ハウス内外の環境や植物の状態をセンサーでモニタ―し、各種器機をコンピュータが自動制御して温室内の温度や湿度、日照などを当該作物の生育に最適化するという自然環境制御による全自動化植物工場である。この自動化植物工場プラント自体は民間企業で開発されたもので、日本をはじめ世界各国に輸出されている。そしてこのプラントの中枢は長年の農家の栽培ノウハウや気象データ等のビックデータ解析に基づくシステム制御用ソフトウェアであるが、各国に輸出された植物工場システムでの栽培データはオランダのクラウドサーバに収集され、この制御用ソフトウェアの更なる改良に使われているという。(注2)

(こうした動きを対応して、日本でも農家の知見のデータマイニングによる「インテリジェントシステム」と組み合わせ、自然環境制御による生産性向上を目指す「知能的太陽光植物工場」構想(日本学術会議 農学委員会・食糧科学委員会農業情報システム学分科会2011.6)が打ち出されている。)

日本においては、「メカトロニクス」の発展は産業用ロボットを生み、日本はロボット大国と言われる。また組込みソフトウェアは「日本の基幹輸出製品の価値の源泉」と評価されている。一方「ICT」の分野では、クラウドサービスでは米国におくれをとっているものの、固定においても携帯においても、FTTHや3G・LTEなどブロードバンドネットワークインフラの整備は世界最高水準にある。この二つの強みを生かし日本の製品や産業の競争優位を図るには、「メカトロ・クラウド連携」を促進し、製品の利用価値を高めるインテリジェントサービスを生み出すことが急務である。そのためにはリソースであるビックデータの国全体としての効率的活用を図らねばならない。

ビッグデータのオープン化の促進〜「ニーズからのオープンデータ」と「市場メカニズムによる民間ビッグデータのオープン化」

リソース(資源)を社会全体に配分・共有することにより、特定企業に閉じた製品やサービス創造という社会全体から見れば資源利用の部分最適が、社会の全体最適に結びつく。
自社で収集するビッグデータは自社サービスの競争優位の源泉であるが、一社で収集できるビッグデータには限りがある。また分割損を防ぎ国全体、社会全体の効率最適化のためには、各階層が収集したビッグデータを企業、産業、行政の枠を超えて社会全体に流通させ、それらデータをもとに各階層各主体が競ってインテリジェンスを創造し新たなサービスの創造や向上を行う仕組みが求められる。それが「ビッグデータ流通市場」である。

公共データについてはオープン化の取り組み、いわゆる「オープンデータ」の取り組みは欧米が先行しているが、日本においても政府の「電子行政オープンデータ戦略」(平成24年7月4日 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)、)に従い公共データの活用推進に向け、データ形式・構造等の標準化などが進められつつある。ただ、利用方法の公募などの促進策に関わらず、先行する諸外国でも公共データを用いた民間サービスの成功的事例は未だわずかという。(注3)

一方民間データのオープン化については、東日本大震災(2011)の折にホンダなど自動車メーカによる自動車の走行軌跡記録(本来は渋滞情報の提供など会員向けサービス目的に使用(2009〜))から通行可能道路(「通れた道マップ」)を自主的提供して自衛隊等の救援活動に役だった例が知られる。
しかしながら民間のビッグデータの収集は本来ビジネス目的であるから、民間企業による自社サービスの差別化の源泉であるこうした社内データの外部への開示は非常時の公共目的に限られる。企業と社会の間のこうした言わば部分最適と全体最適のジレンマの解決策は、市場メカニズムの導入であろう。ビッグデータの「売買取引市場」の整備によりデータの売り手は自社サービス用のデータ資源の販売により対価を得てサービスの収益性が高まるとともに、(競争他社への販売は無理としても)、他業界の企業のサービス創造や行政サービスの効率化に役立つ。

平時における行政機関への民間データの有料販売の例としては、昨年12月から提供の始まった、自社環境センサーネットワークを活用したドコモの「自治体向け災害監視支援サービス」が注目される。ドコモは携帯基地局等に配置した自社センサーから測定した環境データを、携帯契約者への花粉情報等配信サービスに利用するほか、提携する民間気象会社等に提供している。一方今回のサービスでは気象庁のアメダスの観測地点と重複しないように配置した環境センサーネットワークデータを、気象庁データと合わせ重要な河川水位や積雪の深さなどを常時把握するなどして自治体の防災対策に役立てるものである。   このシステムは行政機関にとってはセンサー整備などのコストを節約するものであり、公共データを補完する民間データの購入による行政機関の効率化の事例と言えるものである。逆にこの事例ではドコモ側から見れば自社のサービスに必要なデータを公共データで補ったとも言え、このことはオープンデータ施策の在り方にも示唆を与える。

すなわち公共データを示して新たなサービスを創造してもらうというデータ先にありきの「シーズからのオープンデータ」推進策よりも、「メカトロ・クラウド連携」において、ニーズを見出し既に創造された民間サービスに必要なデータを補完する公共データから優先的にオープン化を進め、将来的に全公共データのオープン化につなげるという「ニーズからのオープンデータ」推進策の方が、公共データを用いた新サービス創出促進には効率的ではないかということである。なぜなら新サービスは机上ではなく企業の競争の現場で見出された具体的なニーズを切り口として生み出されるものだからである。

「ビックデータ流通市場」の物理的基盤〜「オープンインタークラウドネットワーク」の構築

「オープンデータ」も「ビッグデータ流通市場」形成に向けた一環と位置づけられる。その意味でオープンデータやビッグデータ活用推進に関わるAPI標準化、個人情報保護とのバランスの検討など行政による様々な取り組みが注目される。
 また、ビッグデータ流通市場での取引を活発させるには、市場参加者が随時、簡易に市場にアクセスし取引を行える環境がなければならない。そのためには各企業にクラウドサービスを提供するプロバイダーやベンダーのクラウドを相互接続(インタークラウド)して様々なクラウド間でビッグデータを高速でやり取りできる、オープンなネットワーク基盤が不可欠である。このビックデータ流通市場の物理的基盤をなす「オープンインタークラウドネットワーク」(注4)の構築の観点からは、クラウド間連携技術(注5)やIoT (Internet of Things)サービスをクラウドで実現する技術(「モノのネットワークとクラウドを融合するネットワークサービス基盤の研究開発」日欧共同プロジェクト2013〜15)などの開発動向も注目されるところである。

メカトロニクス・クラウド連携の基盤としてのビッグデータ流通市場

機能だけでなく利用面を含めた製品価値を高める試み(メカトロ・クラウド連携)の競争の中から「ニーズ」が見出され、その「ニーズ」を切り口に自社製品をセンサーとして収集した「ビックデータ」を解析することで、ネットワークを通じて自社製品の利用効率を高める「インテリジェントサービス」が創造されるが、さらに自社データに、データ市場を通じて外部の官民データを結びつけることで自社サービスを向上・拡長させあるいはそこから波及した新たなサービスを生み出す。このインテリジェントサービス創造の社会的サイクルの中で、ニーズとリソースのマッチングの社会全体最適化を図るものが「ビッグデータ流通市場」である。
 製品価値を高め国際的産業競争力向上・競争優位確立に向けた「メカトロ・クラウド連携」の基盤としての「ビッグデータ流通市場」の早期整備が期待されるところである。

図.メカトロニクス・クラウド連携とビックデータ流通市場

図.メカトロニクス・クラウド連携とビックデータ流通市場

(注1)人間の行動意志決定プロセスを支援・代替するICTシステムは、「Sensor:センサー(情報収集)と Processor:プロセッサー(情報処理制御)と Effector:エフェクター(物理的動作装置)の3要素とそれらを結ぶ回路やネットワークから構成される「情報処理制御ループ(SPEループ)システム」と概念づけられる。組み込みシステム持つ製品は、クラウドから見ればセンサーとエフェクター端末であり、メカトロ・クラウド連携は一つの2重SPEループシステムである。仔細については、以下を参照されたい。

『競争優位に向けた「メカトロニクス」と「クラウド」の連携  〜意志決定支援としてのICTシステムにおける「二重SPEループモデル」(部分自律性と全体最適化の両立)の製品と社会への展開」』http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2013/s2013TS286_4.html

(注2)「施設園芸先進国オランダの現状と技術開発」(斉藤章2009.12)www.tms-soc.jp/journal/TMS_12_Saitoh-a.pdfなど

(注3)「オープンデータの取り組みで先行する各国の現状」(仁木孝典「InfoCom REVIEW 第58号 2012」

(注4) 異なるプロバイダーやベンダーのクラウドを接続してビックデータを流通させ、同じデータをそれぞれのクラウドサービスに生かすということは、「インタークラウドネットワークサービス」あるいは「ビックデータ流通プラットフォーム」はサービスとサービスを結ぶサービスという意味で「インターサービス」と呼ぶことができるかも知れない。

(注5)インタークラウドの技術研究としては、グローバルクラウド基盤連携技術フォーラム(GICTF)のクラウドシステム間のインターフェースの標準化の取り組み(そうした中からITU−Tへの標準化提案がNTT等によりなされている。)や、NTTなどによる「高信頼クラウドサービス制御基盤技術」研究(2010〜12)(総務省委託研究「広域災害対応型クラウド基盤構築に向けた研究開発)の一環)などが挙げられる。ただしこれら研究は障害・災害対策を念頭においている。これら研究に関わらずインタークラウド技術の研究目的は、社会的インフラとしてのクラウドを捉え、災害時等にいかにクラウドリソース確保するかに力点が置かれている。

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