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2013年5月8日掲載

通信インフラ国有化論議再び?

(株)情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

少し前、先月の4月16日の新聞記事(産経新聞)で“「ネット国有化論」の波紋”が取り上げられていました。新聞報道によると、これは政府の産業競争力会議メンバーである三木谷浩史・楽天会長兼社長がテーマ別会合で、「インターネット/ICT・アウトバーン構想」を提唱とあります。また、4月17日に開催された第6回産業競争力会議の提出資料の中に、三木谷氏からの「ITを活用したビジネスイノベーション」と題する資料があり、その中で同様に、インターネット/ICT・アウトバーン構想が述べられています。

その資料の中で、ドイツのアウトバーンの事例を紹介して“自由なインフラが、そのインフラに乗る産業を強くした”と述べて、「通信網やインターネットは、社会インフラと位置づけ、その利用自体に関してあらゆる規制をなくし、全ての人に開放すべき」としています。さらに、具体的施策として、(1)NTT再々編等含む、インフラの国有化論も検討、(2)MVNOの参入拡大に向けたMNO・MVNO間の健全な競争環境の整備、(3)周波数オークションの実施、の3点を提案しています。こうした主張に対して、前述の新聞記事では、“「規制緩和と相反」「矛盾」---疑問の声”、と報道されています。

私も産経新聞の記事に紹介された反応と同様に、インフラの国有化論には組みし得ません。細部に渉る文言には異論が残りますが、競争環境の整備や規制緩和(撤廃・自由化)には原則的に賛成するところですが、インフラの国有化には同意できません。まず何故、唐突に国有化の検討なのか、国有化以外の選択肢がないのかどうか、他の選択肢との比較考量のポイントは何か、など判断材料に苦しむところです。経済的または政治的問題なのでしょうか? 用語としてアウトバーン構想なるが故に、無料の高速自動車道路、即ち、国有とのアナロジーから、インターネット/ICT・インフラの国有化が導き出されているのではないかとも思われます。ただし、日本の通信自由化・競争導入政策の歴史は、インフラ間競争とネットワークのオープン化政策の組み合わせによって今日まで進展してきました。その結果、世界的にみても厳しい市場競争が実現しているモバイル通信市場が形成され、他方、世界的に高いエリアカバー率と普及率を誇る光ファイバー網が構築されています。

前述の提出資料の中では、モバイル回線のLTE通信速度や固定回線通信速度の国際比較が取り上げられ、日本の水準が高くなく遅いとの指摘が見られますが、これにはサービスの開始時期やグレードアップのタイミング、普及やエリアカバーの程度など、さまざまな要素が加味されますので、単純な数値比較は難しいところです。また、目標として、“どこの国よりも圧倒的に早くどこの国よりも圧倒的に安く”と唱えていることにも違和感を覚えます。世界一を目指すという目標は技術的課題としてなら十分納得できますが、現実の製品やサービスとなると世界の潮流から懸け離れることになりかねず、逆に標準化からはずれ孤立化の途になる懸念が生じることになります。そうなると高いコストを支払うことになります。肝心なことは、世界の動向と潮流の中で常に先頭集団に身を置き、全体をリードでき、かつリードする立場を築いていくことだと思います。タイミングが早過ぎてもダメなことは、これまでの苦労したいろいろな製品・サービスが物語っています。標準化活動もまた世界の競争であり、先進的な仲間との協調こそ大切な要素です。喩えがよいのかどうか分かりませんが、スポーツの世界でも日本選手が圧倒的な強さを発揮して優勝し続けていると、その後どこかで競技ルールが変更となって日本選手には不利な条件となってしまうケースは、これまでも数多く経験してきたところです。世界を圧倒するのではなく、世界と協調してリードしていくことで日本の成長が開けると思います。

ただ、日本のIT競争力が低下していて、インフラ価格と政府の利活用に課題があることは頷けます。このためにも、各方面での規制緩和(撤廃・自由化)が必要であり、より自由な競争市場が形成されることが求められます。情報通信市場の自由化・競争化においては、先進各国ではここ十数年、世界市場を見据えて各種の制度や仕組みを世界基準に合わせる取り組みが見られてきました。残念ながら、日本では主に国内に目が向けられて競争環境が議論されることが多く、いわば制度、仕組みの本質的な議論から離れ、むしろ細部の利害関係者の調整に時間を取られてきました。電電公社の株式会社化から28年、NTTの分割・持株会社体制から14年、規制緩和・自由化の途中のままです。さらなる市場競争と自由化が求められます。特にこの間、モバイルサービスの普及・拡大が著しく進んでいる今日、モバイル中心のICT成長戦略・通信インフラ政策に踏み切る時期ではないでしょうか。

ところで今回提起された通信インフラ国有化論で改めて気がついた点があります。3年前の光アクセス網のNTTからの分離・公団化議論の中、いわゆる「光の道」が唱えられ、今回もまた「アウトバーン構想」と、どうしてこの種の一元(独占)化や国有化となると道路がアナロジーとして用いられるのでしょうか。社会インフラには、通信と道路だけではなく、鉄道も航空も、電力、ガス、水道などいろいろなものがあるのに何故、道路に喩えられるのでしょうか。道路だけがイノベーションの成功例とは思えません。他のインフラにも当然、社会的・経済的意義がありますし、イノベーションも大いに実現されています。目に見えて、日常広く使われる道路に喩えることが分かり易く、かつ、国有・無料化のイメージに結びつき易いからなのかもしれません。しかし見方を変えると、国家や地方自治体が独占的に建設・運営し原則使用料が無料なのは道路だけです。他の社会インフラは、民営・公営、独占・競争といろいろなパターンがありますが、無料ではありません。つまり、通信インフラを他に喩える場合、道路のイメージをもってすることは適切とは思えません。当然のことですが、通信インフラにはそれ独自のあり方があるはずです。時代の変化、世界の動向、技術やイノベーションの流れ、顧客・利用者の要望などを踏えた取り組みが必要です。こうした側面から見てみると、固定通信とモバイル通信とに対し、インカンバント(主要な)通信事業者に事業領域の規制をし、事業分離を課している国は世界の少数派に属しているのが現実です。世界に伍した成長戦略には、利害関係を離れた根本的な議論が必要でしょう。

インターネット/ICTの利活用が国の成長力を高める原動力となることは、当社情総研が今年の2月27日に公表した「2012〜2015年度経済見通し」において指摘したとおり、すべての産業において、設備投資に占めるICT投資の割合を高めることで実質GDP成長率を押し上げることが可能です。どの産業においても、ICT設備の充実により、生産効率を高めてコスト低減が図られ、また、顧客満足度が向上して販売増、利益増、そして賃金上昇効果をもたらします。残念ながら、日本では全産業の設備投資に占めるICT投資の割合が23%(2011年度)にしか過ぎませんが、ICT化の進んでいる米国では49%(2007年)、英国では45%(2007年)と高く、その差があまりにも大きくなっています。比較的ICT化の進展が遅いと言われているドイツでも2007年には33%に達してして、格差は顕著で各国と比べて10〜15年の遅れが見られます。これらの国々の間で、20年ほど前には格差がみられなかったことを考えると、すべての産業、政府等公的部門含めて、ICT投資を加速、促進することが成長戦略の道ではないかと考えます。特定産業や業種にこだわるのではなく、すべての領域・分野でICT化が加速されるように、各種の規制緩和、自由化が図られ、税財政面で投資促進効果が発揮される政策が実現することを期待して止みません。

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