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2013年8月30日掲載

社会保障・税番号(マイナンバー)制度をどのように発展させていくか

(株)情報通信総合研究所
法制度研究グループ
小向 太郎

2013年5月13日に「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法)」が成立し、社会保障・税番号制度の導入が正式に決定した。

社会保障や税に関する業務は、公平かつ適正に行うことが求められる。そのためには、対象者を漏れなく重なりなく把握することが重要である。もし、対象者の把握に漏れがあると、義務を果たさない人が出てきたり、本来は権利がある人に対して給付や還付がされなかったりしてしまう。また、同じ人が別人として扱われていると、例えば所得を分散して申告することで本来より低い税率の適用を受けたり、二重に社会保障の給付を受けたりすることができてしまう。今までの社会保障や税の制度においては、こうした把握が必ずしも正確にされてこなかった。いわゆる「消えた年金記録問題」のような事態を生じないためにも、番号制度の導入が有効であると考えられてきた。

また、わが国の厳しい財政の下でこれからの少子高齢化社会に対応するためには、より踏み込んだ社会保障・税の制度改革が必要であると考えられており、所得比例年金や給付付き税額控除等、正確な所得・資産の把握に基づくより柔軟できめ細やかな社会保障制度・税額控除制度の導入にも期待が寄せられている。さらに、行政事務や効率化とサービスの高度化に情報技術を活用し、いわゆる電子政府を実現するために、個々の国民を認証する仕組みが不可欠である。特にワンストップの電子行政サービスを実現するためには、行政機関の間で対象となる住民の情報が連携されることが不可欠となる。こうした政策も、対象者の正確な把握と本人認証の手段がなければ導入が困難である。

このように、税や社会保障の分野で、信頼できるID(識別子)に基づいて対象者を把握することはきわめて重要であり、制度の必要性についてはほぼ議論の余地がない。

一方で、政府が全ての人に番号を付与することに対しては、以前から懸念や反発が強く、住基ネットが導入された際に反対運動や違憲訴訟が提起されたことはまだ記憶に新しい。政府が番号を発行・管理することで国民に関する情報が過度に集中管理されること、さまざまな個人情報が名寄せされ結合されることで本人の意図しないところで個人のプロフィールが勝手に形成されること、個人情報の有用性が高まることで情報の漏えいや濫用の危険が高くなること、などが心配されている。

このような懸念は、番号が社会に広く浸透してこれ無しでは生活できないようなものになった場合に、本当に深刻なものとなる。米国(社会保障番号(SSNs:Social Security Numbers))や韓国(住民登録番号)では、本人確認の手段として、本来の目的である社会保障以外の行政事務にはもちろん、民間の企業にも広く使われている。例えば米国では、就職するとき、銀行口座を開設するとき、アパートを借りるとき、その他様々な場面で社会保障番号の提示が求められる。一方で、フィッシング詐欺を初めとするID窃盗により、社会保障番号が盗まれることが多く、これが本人確認手段として悪用されるために被害が広がっている面もあるという 。このように番号の弊害が問題となるのは、本人確認の手段として実質的に番号の利用を強いられる実態があるからである。

本人確認には本来、本人性要素(写真、生体情報、パスワード、電子署名等)を含む証明書が必要であり、番号で本人確認をすることはできない。しかし、提示された番号と登録されている住所氏名が合っていれば、本人が提示しているはずだという安易な運用がされる可能性がある。そのように本人確認に代用されることで、利用はさらに拡大する。他の手段は面倒で非効率なため、実質的に「番号」による確認を余儀なくされるようになる。これによってさらに番号に紐付けて収集される情報は拡大し、ひとたび番号をキーとしてマッチングが行われれば、膨大なデータベースができあがる。さまざまな用途でID代わりに使われている番号は、他人に悪用されると被害が甚大になり回復が難しい。また、社会に利用が浸透した後では、容易に変更できない。さらに、いったんこのような社会システムが広く浸透すれば、あとから政府が番号利用を禁止すると、社会活動に支障をきたしてしまう。これが、「番号利用の拡散」の問題である。

スティーブン・スピルバーグ監督に、「マイノリティ・レポート」という映画がある(2002年トム・クルーズ主演)。この映画には、印象深いシーンが多い。例えば、巨大な透明ディスプレイに向かってコンピュータをジェスチャーだけで操作するインターフェースなどは、実際に開発も進められている。また、この映画のなかでは、住民が網膜認証で管理されており、地下鉄に乗っても街を歩いていても常に本人確認がされている。街頭の看板が主人公に「アンダートン!ビールはどうだい?」と呼びかけてくるし、負われる身になると闇医者に眼球を交換してもらわないと逃げ切れない。番号利用の拡散というのは、極端に言えば番号がこの眼球の役割を果たすようになるということだ。
 個人情報保護に厳格なドイツやフランスでは、政府が付与する番号の利用が拡散しないようにするために、利用範囲を限定するとともに、あまり広く人目に触れないような運用がなされている。いわゆる「見えない番号」である。わが国で今回導入される番号は、本人確認にも利用される「個人番号カード」の券面にも記載される「見える番号」である 。税・社会保障の手続全般に使う番号は、頻繁に提示が必要になるため、いつでも提示できることが必須との考えに基づくものであろう。したがって、番号利用の拡散を抑制するための対応は、もっぱら法的な対応(利用目的の限定、収集・保存等の禁止等)によって行われることになる。

番号法の附則第6条は、「民間における活用を視野に入れた」検討を行うこととしている 。このことから、一部では、広く民間分野で番号を活用することが視野に入れられているとの受け止め方がされている。しかし、わが国の制度における「番号利用の拡散」を抑制は、利用範囲を限定してそれ以外の収集・保存を禁止する一点にかかっている。利用範囲を広く一般に拡大すれば、「番号利用の拡散」を抑止するものは何もなくなってしまう。もちろん、このような懸念要素は心配に当たらないと言う考え方もあり得る。米国や韓国では、SSNや住民登録番号が広く利用されているが、当然のことながらこれによって社会が崩壊しているわけではない。しかし、統一番号が広く利用されることで、さまざまな問題が指摘されていることも考えれば、このような懸念には何らかの対処が必要であろう 。番号制度について今まで行われてきた検討経緯を考えても、番号自体の利用拡大は、税や社会保障と密接な関連があり情報の連携もとめられる金融機関や医療分野等の関連分野に限定すべきである。

一方で、どんな場面でも同じIDが使えて、住所その他の変更も一度申請すれば何度も手続をしなくてすむようになるようになれば、利用者本人にとっても、行政機関や企業にとっても大変便利である。番号利用が拡散する傾向があるのは、こうしたニーズが強力だからである。拡散の危険は利便性と裏表の関係にある。このようなニーズに応えるためには、情報提供ネットワークシステム(情報連携基盤)の活用が考えられる。情報提供ネットワークシステムとは、番号制度の導入に伴い、データベースの集中を避けるために番号と紐付けずに情報連携を行うために構築されるものである。本来、情報連携基盤とは異なる体系を持ったIDの間で情報を連携する機能を持つ。したがって、他の分野や民間部門がそれぞれ独自のIDを構築することや、異なるIDの間で必要な情報を連携することも可能である。少なからぬ国費を投じて構築されるシステムが本来の機能を果たすためにも有効活用が望まれる。

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