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2014年3月6日掲載

もう一つのソーシャルグラフ「分業関係」と「コンシューマーインテリジェンスサービス」〜ポストSNSにおける通信キャリア復権への期待

(株)情報通信総合研究所
経営研究グループ部長 市丸 博之
「すべての対象は目的から解釈されねばならない・・・これは平凡きわまることだけれどもそれを一貫して実践してみるといくつかの面白い結果に導かれた」(R.G.コリングウッド)

通信市場の個人市場化と「個人間コモンインタレスツ共有サービス」(SNS、スマートフォン)の発展 〜「フェイスブックの核をなす価値はソーシャルグラフ」

携帯電話市場は一契約一端末でもともと個人市場であったが、固定住宅用インターネット市場においても2000年代ブロードバンド(BB)とパソコン(PC)の低廉化による家族一人一台化が進み個人市場化が進んだ。

そしてこれら「個人の通信行動」は、実は愛情や友情、義理人情など「情」で結び付いた私的「人間関係(「ソーシャルグラフ」)が基礎となっていることの、これは一見当たり前のことに見えるが、その発見(2007年M.E.ザッカーバーグ)から、コミュニティ内通信により互いの消息やニュース、趣味など共通関心事情報「コモンインタレスツ」をコミュニティメンバーで共有するタイプの「SNS(ソーシャルネットワークサービス)」が生まれた。そしてSNSは、共有内容もテキストから画像、映像へと進化する一方、携帯パソコンとも言うべきスマートフォン(スマホ)によりモバイルインターネットが可能(2008年)になったことから移動通信市場にも拡大した。
(固定・移動個人市場の統合としての「インターネット消費者市場の誕生」)

消費者市場における「コモンインタレツ共有サービス」の量的拡大・多様化の成熟とポストSNS

しかしSNS等「コモンインタレスツ共有サービス」は、スマホ等その利用端末とともに今や成熟期を迎えようとしている。

「SNS」の利用者は、現在Twitter4億人超、Facebook12億人超そして新興のLINEも3億人超に達し、その量的拡大は特に先進諸国では成熟期に入ったと言われる。そしてそのサービス形態もツイート、ブログ、チャットと、そして内容もテキストから画像・映像へと、その多様化は今や行き着いた感がある。
またこれら「コモンインタレスツ」共有サービスの提供は、その性格ゆえPC、スマホなど「ディスプレイ端末toクラウド」の形態をとるが、そのスマホも欧米諸国では普及が成熟期に入り、また書籍など伝統的媒体のサイズに対応した、スマホ、タブレットからスマートTVに至る数インチ刻みの端末ディスプレイサイズラインアップもほぼ出揃った状況にある。
(2013年11月時点、仏世帯におけるスクリーン数は平均で6.5台に(2014.2.20調査会社メディアメトリ))

こうした中、社会における「私的人間関係」を基礎とする「コモンインタレスツ共有サービス」の「次」、ポストSNSとしてとして期待されるのが、人間の「意思決定支援ICTサービス」で、言わばもうひとつのソーシャルグラフ(社会関係)いうべき「社会的分業関係」を基礎とする「コンシューマーインテリジェンスサービス」である。(図)

図 「個人の通信行動」と「社会構造」と「行動支援ICTサービス」

図 「個人の通信行動」と「社会構造」と「行動支援ICTサービス」

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人間の意思決定支援のICT「『自動制御』と『インテリジェンス共有』とその連携」〜「鉄腕アトムは雲を背に空を飛ぶ」

「人間の「情」(共感性)に基づく行動」を支援するICTサービスがSNS等「コモンインタレスツ」共有サービスとすれば、「人間の意思決定行動」の合理化を支援するICTが、「自動制御システム」と「インテリジェンス(共有)サービス」である。

「意思決定支援ICT」は「コモンインタレスツ共有」サービスの「ディスプレイtoクラウド」とは違い、人間の意思決定過程すなわち「認知」―「思考」―「行動」の3つのプロセスに沿い、「センサー」―「プロセッサー」―「エフェクター」とそれらを結ぶ回路・NWという、広義のM2M(Machine to Machine)の形態をとる。

また人間の「思考」過程は、自動車運転などリアルタイム(瞬時)が必要とされる判断や選択を行う「素早い(ファスト)直感の思考」と、この「直感の思考」の判断を監視・修正するとともに、ニアリアルやノンリアルで明確な意見形成や計画的選択など行う「ゆっくりした(スロー)熟慮の思考」に2分されるが、いずれの思考も人間の判断ミスは、錯覚や先入観、知識不足や理解力不足から引き起こされるという。「二重過程理論」(「ファスト&スロー」D.カーネマン2011年)

従って、人間が判断ミスを避け合理的な意思決定を行うには、バイアスのかからない正確な知識・論理の取得が必要となる。

前者の「直感の思考」を支援するICTシステムが車や家電などに使われる「組み込みシステム」と呼ばれるリアルタイム「自動制御」システムである。その形態は「センサーto(回路)マイコン」からなるチップで、言わばローカル完結型M2Mである。そして判断ミスをなくすための究極が完全自動化「ロボット」である。(「完全自動運転車は究極の安全技術」)

一方、後者の「熟慮の思考」の支援サービスが、社会的に分散した専門知を共有する「インテリジェンス(共有)サービス」である。

SNS等「コモンインタレスツ」共有サービスが社会の「「情」で結び付いた人間関係(ソーシャルグラフ)」を基礎としているのに対し、「インテリジェンスサービス」は、言わば、社会的関係という文字通りの意味でのもう一つのソーシャルグラフ、「社会の分業(職業・職能)構造ゆえ分散した『インテリジェンス(専門知)』(専門知識・技能)で結びつく人間関係」(社会的分業関係)を基礎としている。

このサービスは、利用者の状況を専門家が把握する必要から、いわゆるM2M「センサーto(NW)クラウド」の形態をとる。そして「意思決定の二重過程」と同様、「インテリジェンスサービス」は、センサーにより端末側の「自動制御」システムを監視・支援する関係(例えば、完全自動走行車の異常運転監視、走行の必要な地図情報や渋滞など外部情報提供)にあるから、意思決定支援ICTは、ミクロ(自動制御)・マクロ(インテリジェンス共有)の2重ループ構造となる。

企業市場における意思決定支援ICTの発展〜「 ビジネスインテリジェンス」と「産業用ロボット」、そして「ユーザーインテリジェンスサービス」へ

私的人間関係を基礎とする「コモンインタレスツ共有」サービスが「消費者市場」で発展してきたのに対し、「社会的分業関係」を基礎とする「インテリジェンスサービス」は、その性格上仕事の場である「企業市場」で発展してきた。この企業「組織」の意思決定の支援を目的とする「経営情報システム」は「ビジネスインテリジェンス(BI)(注1)」と呼ばれる。また工場など生産現場では、意思決定支援ICTとしての「自動制御」の産業用ロボット(1977年)も世界的に利用が進み、種類も多様化している。

そして近年、センサーの小型化・省力化や多様化・低廉化を背景に、自社製品・サービスの利用者(企業・消費者)を対象とした「ユーザーインテリジェンスサービス」が注目を集めるようになった。「製造業のサービス化」と呼ばれる動きである。

ユーザーインテリジェンスサービスの中心は、GEの提唱するコンセプト「インダストリアル・インターネット」に代表されるごとく、建機など産業用機械、航空機エンジン、医療機器あるいは橋やトンネルなどインフラ、あるいは植物工場など、ビジネスユーザー向けの自社製品のクラウド型の遠隔管理・保守サービスである。

一方、コンシューマーを直接対象としたインテリジェンスサービスにおいても、従来からのGPSを利用した自動車や人間の「ナビゲーションサービス」やネットワーク通訳翻訳等に加え、ウェアラブル端末の登場を背景に機械ならぬ人間の保守サービスとも言うべきヘルスケアサービスが登場してきている。(図参照)

コンシューマーインテリジェンスサービス創造における行動支援サービス領域の混同〜「形はなりやすく、心はなりがたし」

従来消費者市場で発展してきたコモンインタレスツ共有サービスとはその需要の基礎が違うことがはっきりとは認識されていないためかインテリジェンスサービスの開発には錯誤による混乱が見られる。

新たにコンシューマーインテリジェンスサービスの開発にあたってまず重要なのは、第一に「サービスの目的の明確化」、すなわち人間行動のどの領域を支援するサービスなのか、3つの支援領域(「自動制御」と「インテリジェンス共有」、あるいは「コモンインタレスツ共有」)を取り違えないことである。

第二に「形状は機能に従う」という認識、サービスの「提供形態」(端末等)はその「機能(目的)」に最適化するのであって、その逆ではないことの明確な認識である。 これらは平凡なことかもしれないが、人間は往々に誤りを犯す。特に過去に引きずられる時代の転換点ではそうである。(どこまで「形態」を「目的」に最適化できるかは技術発展のレベルによる。)

例えば2000年代に入り携帯電話のデータ通信サービスの始まりとともに盛んに喧伝された、携帯電話で外部から家電を遠隔制御するというホームネットワークサービス(HNS)の現在までの不振(注2)の本質は、家電間のインターフェースの統一の問題よりも、もともと家電搭載マイコンによるローカル完結の「自動制御」で解決されるサービスを、「M2M」という形態に捉われて、遠隔での「インテリジェンス共有」のサービスと取り違えてきたことによる。その意味でHNSは以前の「ホームオートメーション」という呼び名の方がふさわしい。

また「ポストスマホ」とも言われ注目を集める、腕時計やメガネの形状をした「ウェアラブル端末」では、機能はスマホと同じでディスプレイやキーボードの小さい分使い勝手の悪いスマホの小型化でしかない商品がみられるが、これなども「コモンインタレスツ共有」と「インテリジェンス共有」の混同の例である。

この混同の原因は、開発にあたり「ポストスマホ(端末」」という言葉に惑わされて初めにウェアラブルという形ありきで、そもそもウェアラブル端末で何のサービスを提供するのか― 端末のウェアラブル化の目的が、コモンインタレスツ共有サービス端末としてスマホの入力インターフェースの改良(鞄から取り出す必要もなく、音声やジェスチャで作動させる)にあるのか、それとも新たな生体センサーを活用したインテリジェンスサービス(スポーツ指導や、ヘルスケアや遠隔医療モニタリング)提供端末の形としての必要にあるのか― が定まっていないためである。
(なお開発動向から判断すると、Google glassは前者、AppleのiWatchは、後者(ただしスマホアプリ「ローカル完結自動制御」に留まるか)を目指していると思えるが。)

SNSやスマホ後の通信キャリアの進むべき道 〜専門家との「パートナーリング」によるコンシューマインテリジェンスビジネスモデルの開発

通話による家屋間通信主流の時代、伝統的通信キャリアは「あまねくかつ公平」(通信主体は無差別)なサービス提供義務と、「通信の秘密」(通信先や内容は問わない)遵守義務ゆえ、新古典派経済学の合理的経済人前提のように、通信主体を暗黙のうちに「孤立した」「同質な存在」と捉えていた。そのDNAゆえ2000年代後半データ通信による個人間通信主流へと通信市場が変化した後においても、個人の通信先や通信内容の性格など「個人の通信行動」の一般的本質の探究ついては関心が薄かった。

そのため通信キャリアは、技術的にはインターネットVPNに過ぎないSNSで個人の通信行動の根底をなす「ソーシャルグラフ」を認識したOTT事業者に先を越され、スマホアプリでは端末メ―カ―に主導権を握られて、結局「コモンインタレツ共有サービス」の世界においては後塵を拝してきた。

その「コモンインタレツ共有サービス」の成熟後という新たなステージを迎えようとする今、通信キャリアにとって社会的分業関係を根底とする「インテリジェンスサービス」という新たな道は、土管屋を脱し通信サービス屋への復権へと至る大きな道となる可能性を秘めていると思われる。

その場合、通信キャリアの具体的施策は、単なるM2Mプラットフォ―ムの提供者に留まらず、M2M(センサーtoクラウド)型サービスの本質が、人間の意思決定を支援する「インテリジェンスサービス」であることを十分認識し、「社会の分業構造から生じる分散した専門知識・技能というインテリジェンスへの消費者需要」とメーカーの「センサーの技術開発動向」を常時把握したうえで、スマホアプリ(端末完結自動制御)に留まらないクラウド型の新たなインテリジェンスサービスを自ら構想・設計して、サービス専門家(インテリジェンス提供者)とセンサー端末メーカーを、「パートナーリング*」により自社のM2Mプラットホメ―ム上でタイムリーに結びつけるインテリジェンスサービスビジネスモデルの開発の主導権を握ることであろう。
(*対照的に「コモンインタレツ共有サービス」ビジネスモデルでは、オープンプラットホームによる大衆型アプリ開発中心)

このコンシューマーインテリジェンスサービスの道は、現在は、カーナビや生体センサー利用のヘルスケアなど限られたものしかまだ見えていない細い道であり、ビジネスユーザー向けの場合も自社製品の機械や工場の遠隔保守管理が中心であることを考えれば、結局、個人のヘルスケアの分野で行き止まる道かもしれない。

しかし「社会の分業構造から生じる分散したインテリジェンスの取得」という観点に改めて立てば、新たな需要が見えてくる余地がまだまだあるのではないか。またもう一つの意思決定支援ICTであるロボットについても、今後生活支援ロボットの導入が本格化すると期待されていること(注3)から、ビジネス分野での産業用自動運転機械(ロボット)の運用管理と経営管理システムの連携の動きのように、生活支援ロボットと連携したインテリジェンスサービスも考えられるだろう。

新サービスの開発には「人間の通信行動」の考察を〜「実は行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない」

最近はやりのコネクッテドカーやコネクテッドホーム、IoTやウェアラブルという概念は、技術発展で可能になったサービス提供の場所や形態をいうだけで、提供されるサービスの本質的性格を表していない。こうした言葉に惑わされることなく、提供すべきサービスの本質・目的をとらえるには「人間の通信行動」への考察が重要である。SNSでの通信キャリアの「失敗の本質」もここあった。人間の判断や行動の特徴の分析から経済活動を研究する行動経済学の登場のように、「人間の通信行動」の特性への考察が新たなサービスのコンセプトを生み出す源泉となる。インテリジェンスサービスに限らず、こうした認識に立って新たな通信サービスの開発を進めることを通信キャリアに期待するところである。

(注1)「ビジネスインテリジェンス」(1989年):業務システムなどから蓄積される企業内の膨大なデータを蓄積・分析・加工して企業の意思決定に活用しようとする手法や技術。

(注2)「コネクテッドホーム・・(米国消費者で)操作している人はわずか1〜2%」「米消費者の・・半分近くは興味がない・・・消費者の興味を最も集めている・・・のはセキュリティシステム」(「2014年はコネクテッドホームの年に―フォレスターの動向予想」U.S.Frontline News2014年1月7日)

(注3)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は今年2月17日、生活支援ロボットの安全性に関する国際規格で、2014年2月1日に正式発行されたばかりの「ISO13482」)の認証がパナソニック株式会社の「リショーネ」 及び株式会社ダイフクの「エリア管理システム」に対し、世界で初めて与えられたことを発表した。
一方、OTTのGoogle、Amazonに続き、Facebookもロボット(無人機)メーカの買収の動きが伝えられている(2013年3月4日)

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