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Global Perspective 2011
2011年12月14日掲載

オランダ:漂流するモバイルペイメントはいつ実現化するか?

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 オランダでのモバイルペイメントの取組みの歴史は長い。しかし本格的な商用化には、なかなか結びつかない。遅々として商用開始が進まないオランダでのモバイルペイメントの近況からを見てみたい。

2013年へ開始時期の延期とT-Mobileオランダの様子見

 オランダでの通信事業者、銀行でのNFCを活用したモバイルペイメントは当初2012年中に開始する予定だった。本件については、かつて執筆したこともある。

 ところが、2011年11月30日にはオランダでの同プロジェクトによるモバイルペイメントの開始は2013年初頭に遅れることが報じられた。さらに、通信事業者の1社であるT-Mobileオランダを除いた5社でLOI(Letter of Intent)に署名した。

T -Mobileオランダが今回、ジョイントベンチャー(以下JV)から脱退したことのインパクトは大きいのではないだろうか。他にも規制の問題があることは指摘されているが、規制の問題は一筋縄にはいかないことが多いので、本稿では取り上げない。
T-Mobileオランダが脱退した理由として、ROI(投資利益率:return on
investment)が見込めないことを挙げられている。要は、通信事業者がNFCを活用したモバイルペイメントに取り組んでも、儲からない(利益が出ない)のではないか、と考えているのだ。
T-Mobileオランダも完全に脱退するのではない。あくまでも様子見のようだ。将来的にはNFCは付加価値サービスになることの認識はある。しかし喫緊に取組むべき課題ではないと判断したのだろう。

 T-Mobileオランダが取組みへの「見送り」によって、今後JVの活動がどのようになるか注目する必要がある。そして、オランダだけでなく、現在多くの世界では、通信事業者らが集まってNFCを活用したモバイルペイメントのジョイントベンチャーやコンソーシアムを形成している。

 今回のT-MobileオランダのJV参加への「見送り」は、先日執筆したレポートの中で「ジョイントベンチャー設立型モデル」のデメリットを「加盟している企業のコンセンサスが取れていないことが多く、それによって市場導入の遅延が生じる可能性あり」と合致するだろう。
イニシアティブを取る企業がなく法的拘束力がないJVでは、このようなケースは今後も多く出てくるだろう。1つの企業から見ると、みんなでJVを創設して市場を形成することも重要だが、自社の利益、投資に対する回収効果も重要である。

 現在、世界の通信事業者らにとっては携帯電話と親和性の高いNFCを活用して銀行らと提携してモバイルペイメントを推進していくことへの期待が強まっているが、
「NFCのモバイルペイメントで通信事業者は本当に儲かるのか?」
「新たな付加価値サービスとして、利用者を惹きつけることができるのか?」
を再考する良い機会になったのではないだろうか。

 しかし、市場の創造として、NFCを活用したモバイルペイメントには大きなポテンシャルがあることは否定できない。いかにして通信事業者として利益を出せるビジネスモデルを構築できるのか、利用者の視点に立って考える必要があるだろう。

オランダ最大のスーパーマーケット「Albert Heijn」のモバイルペイメントへの取組み

 2011年9月7日、オランダ最大のスーパーマーケット「Albert Heijn」(アルバートハイン)とオランダ最大の銀行Rabobankはモバイルペイメントのトライアルを開始することを発表した。まずはアムステルダム南部のWTCにある「Albert Heijn」でトライアルを開始する。 なおRabobankは上述のJVにも加盟している。

 今回のトライアルでは、NFC対応のSIMや携帯電話端末を利用しない。利用者は、 「Mijn ID」(My IDという意味)の「NFCに対応したスティッカー(シール)」を携帯電話に貼るだけである。Chess社とRabobankが開発したモバイルペイメントのシステム「Rabobank Minitix wallet」を活用している。POSやサーバもセットである。
具体的な商用時期は表明していない。なお、スティッカー式のNFCモバイルペイメントはオランダの隣国ベルギーでは商用化されている。

 両社が推進しようとしているモバイルペイメントの方が多くのプレーヤーが関わっていない分、動きが速いだろう。そしてオランダの最大手であるスーパーマーケット「Albert Heijn」が実施していることの意義は大きい。オランダではあらゆるところに「Albert Heijn」がある。モバイルペイメントはユーザが利用できる「リアルな店舗」があって、初めて有益なものになる。

 今後、通信事業者らのJVとAlbert Heijn・Rabobankによるモバイルペイメントがどのように融合していくかも興味がある。その中で通信事業者が果たす役割には注目する必要がある。役割を見出せない(利益を出せる見込みがない)と判断した場合、今後もT-MobileオランダのようにNFCモバイルペイメントに対して消極的になってしまうかもしれない。
世界の通信事業者らは、逡巡することなく進めるビジネスモデル構築が早期に必要である。

(図)Albert Heijnでのモバイルペイメントのトライアル(2011年)

Albert Heijnでのモバイルペイメントのトライアル1(2011年)

Albert Heijnでのモバイルペイメントのトライアル2(2011年)

(写真提供:Albert Heijn)

オランダでのモバイルペイメントへの取組みの長い歴史

 オランダでは、今回のJVが初めてのモバイルペイメントへの取組みではない。2007年頃から多くのトライアルが実施されてはきたが、商用化に結び付いたものは数少ない。(Albert HeijnとRabobankも2008年にトライアルを実施している)
当時はまだNFCに対応したSIMや携帯電話端末が少なかったことも普及しなかった理由としてあげられる。現在の外部環境はモバイルペイメントには追い風である。あとはユーザにどれだけ訴求できるかと提供する事業者らが利益をあげられるかだろう。

 オランダは人口1,660万人の小国である。オランダ人が全員モバイルペイメントを利用しても日本のソフトバンクのユーザ数にも及ばない。そのような小規模な市場環境の中で、今後モバイルペイメントはユーザの利便性、規制の問題、各社のビジネスモデルなど様々な障壁をクリアして商用化していかなければならない。
前途多難ではあろうが、今度こそ、本格的に全土的に普及しユーザの利便性が高まることを期待したい。

最後に、オランダでの過去のモバイルペイメント取組みのビデオをいくつか紹介したい。

【参考動画】
2007年のモバイルペイメント「Payter」のトライアル。

【参考動画】
LogicaCMG、KPN、NXP、Rabobankらが行った「デビッドカード」の代用としてのオランダのスーパーマーケットC1000で行ったモバイルペイメントのトライアル。

【参考動画】
Albert HeijnとRabobankによる2008年のトライアル。

【参考動画】
Rabobankのモバイルペイメントへの取組みを紹介するビデオ(2011年)。

*本情報は2011年12月7日のものである。

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