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風見鶏―”オールド”リサーチャーの耳目
2014年12月1日掲載

衆議院解散、総選挙―どうなる財政健全化の取り組み

(株)情報通信総合研究所
顧問 平田正之

11月21日に衆議院が解散になり、選挙モード一色になっています。11月17日の内閣府による7〜9月期GDP1次速報値の発表は、実質ベースで前期比マイナス0.4%、年率換算マイナス1.6%と消費税増税後、2四半期連続のマイナス成長となりました。民間調査機関ではすべてプラス成長を予測していましたので、市場に大きなインパクトを与え発表後に大幅な株価下落がみられました(日経平均517円安)。また、この7〜9月期1次速報値を対前年同期比でみてもマイナス1.2%、特に最終消費支出の前年同期比はマイナス2.7%と大きく減少しています。

一方、情総研が四半期毎にフォローしている「Infocom ICT経済報告」は現在精査中ですが速報ベースでみて、やはり成長は鈍く7〜9月期の前年同期比はマイナス1%台(4〜6月期はプラス0.7%)に悪化しているとみられます。マイナスなら、2013年4〜6月期以来の5四半期ぶりのことです。

今回の総選挙の争点として消費税10%への増税が2017年4月まで1年半の延期となり、その先送り判断の信認を問うものですが、これには野党にも異論は少なく大きな争点とはなっていません。消費税増税の延期には法律改正が必要ですが、今回の延期にあたっては「景気弾力条項」は付さずに次回増税時期を明定するとしています。選挙頻度の多い我が国では、民意の反映との大義の前に政治に政策の一貫性を求めることは仕組みのうえで大変に難しくなっているのもまた事実です。加えて、選挙を政策判断変更の手段として用いていないか、また心配なところです。代議制民主主義は選挙で選ばれた選良たる議員によって担われており、だからこそ国会の多数派によって政権が運営されています。私はこの代議制民主主義を信頼する者として、時の政権による政策判断を確固として受け入れます。それは、リーダーとフォロワーの良き関係こそ、安定と変化の基盤であると考えるからです。ただ、デフレ脱却の機会を逃さないとの判断から、“消費増税延期⇒衆議院解散・総選挙”との政治判断となりましたが、デフレ脱却のためには規制改革や法人税減税で成長戦略を継続・加速することが求められます。生産性の向上と賃金の上昇が同時に実現することが望ましい道筋だからです。

ただ私は今回の選挙の関心が経済動向(アベノミックスの成否)と消費増税延期の2点に集約されてしまっていることに大きな危惧を抱いています。国民の関心は、自分の生活に密着する景気や増税にあるのはよく理解できますが、日本が本当に解決すべき緊急の課題は現在進行中の財政悪化、公債残高の累増と税収が歳出の半分という歪んだ財政構造、即ち、財政危機に他なりません。これは借金を増やしながら日々の生活を続けている借金漬けの状態を意味していて、子や孫達次世代にツケを回しながら今を生きているのが日本国の財政状況だと言えるからです。どうしてこの問題が選挙の争点にならないのか、私には不思議でなりません。当面や数年先の問題ではないのです。私達の次やその次の世代の人達に借金を押し付けている今の国民一人一人が当事者なのです。この借金を自民党政権が作ったのか、民主党政権が増やしたのかなど政争の種にはなりますが、選挙の争点や関心事にならないことこそ問題とすべきです。将来の国民のために今なすべきことが問われているのです。

政府であれ、企業であれ、どの組織であれ、人間集団には全体の規律を維持し、またリーダーの判断を是正する組織活動上の仕組みの内在化が絶対に必要です。いわゆるコンプライアンスとガバナンスと称するものですが、選挙で代議者(議員)やリーダー(首長)を選ぶ現代の政治システムでは、残念ながら当選後に当事者を規制するシステムは必ずしも内在化されていません。当事者の自助(自浄)努力に帰せられているのが実情です。つまり、税制や予算等の政策判断の正当性は議会(国会)の多数派によって与えられるので、その政策判断の妥当性や継続性を担保する方途は結局、選挙時の国民による投票となります。短期的な利害だけでなく、長期的な観点、例えば、子や孫やその先の世代の利害まで併せて関心と争点が必要なのです。長期的な視点を後回しにした結果が今日の危機的で、かつ回復が極めて困難な日本の財政状況なのだと思います。

これまで財政改革論議は数多く行われてきましたが、財政健全化目標だけが注目されることが多く、改革の進展などを監視したり評価して国会等に報告し意見提起する権限を持つ責任組織については関心が向いていませんでした。企業経営者(取締役)には監査役や独立した社外取締役を配置することが今や企業統治のグローバルスタンダードになっている一方で、政府レベルではこうした考え方がみられません。2011年の民主党政権時に野党自民党が「財政健全化責任法案」を、逆に2013年には自民党政権下で野党となった民主党が「財政健全化推進法案」を国会に議員提出していますが、それぞれ大きな話題とならず廃案・未成立となっています。内容的には両案とも、財政健全化目標及び検証・監視機関の設置では共通するところが多いにも拘らず、与野党間の予算等を巡る政争の中に埋設してしまい大きな関心を集めることはなく今日に到っています。今回の選挙公約においても、昨年8月に閣議了解された財政健全化目標の堅持と達成のための具体的計画作成が掲げられていますので、過去の与野党間の議論において、財政健全化法制が陽の目を見なかったことは残念でなりません。財政健全化法制の取り組みにおけるポイントは政府機関一体となったコンプライアンスとガバナンスにあり、独立した責任組織からPDCAの監視・評価と報告・意見を国会等に提出する制度を設けることにあると考えます。現行制度上、予算執行の適正性・妥当性を検査する機関として会計検査院が存在するので、法制上はこれに倣った仕組みが想定されます。
ただ、野党から何度となく時の政権に対して財政健全化法案がつきつけられ、その都度、政争の中で廃案とされてきたことを知る国民の側からは、政権は本気ではないことを見透してしまっていて、さらに財政健全化を声高に主張する財務省に対してもまたかと嫌気がさしてしまっている感じがします。国民に当事者意識がなくなってしまっています。困ったことです。

税収の2倍の歳出を続けてきたのですから、今からの財政健全化には大きな痛みが伴うのは当然のことです。だからこそ、選挙の関心事、争点であるべきです。今回の選挙では消費増税延期と経済政策の成否だけが問われているのではありません。根本的な課題は国のあるべき姿、例えば、中福祉・中負担の国家像を描いて、そのために必要な国家財政の健全化にこれから何年かけて取り組むのか、子や孫達、将来の国民のために過大な借金というツケを残さないという強い気持が今の国民に問われているのです。放慢な自治体財政のツケが結局、そこに残された住民に重くのしかかる事例がみられますが、日本全体がそうならないとは言い切れない危機感を持ちます。日本から将来、若者がいなくなり、残されたのが老齢の国民だけという不幸は絶対に嫌です。

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