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情報通信 ニュースの正鵠
2008年11月掲載

あの金額で何が買えるか?
−YouTube買収の16.5億ドルで買える企業

グローバル研究グループ 清水 憲人

 何気なくネットを眺めていたら「流動性をめぐる懸念で、米GM株が65年ぶり安値水準」というニュースが眼に飛び込んできた。

 「65年ぶりの安値」って一体いくらなんだろうと思い、米国版Yahoo! Financeでゼネラル・モーターズの株価を検索してみると、そこには驚くべき数字が載っていた。「Market Cap: 1.65B」。世界最大級の自動車メーカーの株式時価総額が、わずか16.5億ドル(約1,650億円)というのだ。

 「16.5億ドル」という金額で思い出すのは、YouTubeの買収である。グーグルは今から約2年前(2006年10月)、動画共有サイトYouTubeを16.5億ドルの株式交換で買収すると発表した。

 オンライン・ビデオ市場において圧倒的なアクセスを集めているとはいえ、YouTubeはビジネスとしては成り立っていなかった。当時はまだ、広告もあまり掲載されていなかったし、NBCやワーナーなどのメディアがYouTube内に企業チャンネルを設け始めたのも、ようやくこの頃からだ。

 社員数約70名、売上はほぼゼロ、著作権侵害コンテンツについて批判を受けることも多かったこの新興企業に対する「16.5億ドル」という評価には、「高すぎる」との指摘もあった。

 かたやGMといえば、26万6,000人の従業員を抱え、年間1,811億ドル(約18兆円)を売り上げる超大企業である。その企業の価値が2年前のYouTubeと同額とは...

 GMの例は極端だとしても、米国金融危機に端を発した世界的な不況は、多くの企業の株価を大幅に下げている。他社を買収する体力のある企業にとってこの状況は、事業領域を拡大するチャンスとなる可能性もある。

 そこで、グーグルがYouTubeを買収した「16.5億ドル」という金額で、今の情報通信業界ならどのような企業を買えるのかを見てみよう。

 古くから通信業界に携わる人にとっては、懐かしい名前だろう。Global Crossingは「インターネット・バブル」の真っ只中、1997年に設立された新興事業者だ。同社のビジネス・モデルは、「世界中を大容量の光ファイバー・ケーブルで接続し、爆発的に成長するインターネット・トラヒック需要に対応する」というもの。同様のコンセプトを掲げるWorldcom、Qwestなどとともに、当時そのビジネス・モデルは高く評価されたが、2000年にバブルが弾けると経営状況は一気に悪化、2002年に破産法チャプター11を申請することとなった。しかしその後再生し、現在再び事業を拡大中である。30カ国390都市を結ぶコア・ネットワークを有し、フォーチュン500社のうち40%以上の企業と700もの通信事業者にサービスを提供している。

 Charterは、マイクロソフトの創業者でもあるポール・アレン氏が1999年に買収し、その後M&Aを通じて規模を拡大したケーブルTV事業者として有名。現在500万強の加入者を擁し、Comcast、Time Warner Cable、Coxに次ぐ米国第4位のケーブルTV事業者。年間売上60億ドル、営業利益5.5億ドルで、トレンド的にも増収増益。このような企業が、YouTube買収金額の1/10以下の評価となっているのは驚きだ。

 2008年7月に、SIRIUS Satellite RadioとXM Satellite Radioが合併して誕生した企業。130チャンネルものラジオを放送する衛星ラジオ事業者。同合併は米国の衛星ラジオ業界を1社に統合するものとなるため、規制当局が認可するかどうかが注目を集めていた。日本では「衛星ラジオ」と言ってもあまりピンと来ないが、車社会の米国ではラジオへのニーズは結構高い。加入者数は2008年9月末時点で1,892万。前年同時期は1,623万なので1年間で269万加入も増加している。


 これら3社の株式時価総額の合計は14.2億ドル。なんとYouTube1社を買収した金額以下だ。この金額で、世界中に張り巡らされた光ファイバー・ネットワークと米国の500万のケーブルTV加入者、米国唯一の衛星ラジオ・インフラと1,800万もの加入者を手に入れることができるのだ。もう買うしかない!

...と考えるのは早計だ。

 これらの事業者の評価が低いのはそれなりに理由がある。

 まずはGlobal Crossing。2007年度の売上は22.6億ドルで約21%伸びたが、依然として赤字。2007年は営業損失1.4億ドル、当期純損失3.1億ドル。借入金も多く、2007年末で12.8億ドル。短期的には負債を減らす目処がたっていない。

 次にCharter。他の大手ケーブルTV事業者であるComcast(453億ドル)やTime Warner Cable(174億ドル)と比べて驚くほど時価総額が低いのは、ビックリするほど巨額の負債を抱えているからだ。同社の借入金は2007年末時点でなんと123億ドル。支払利息が年間18億ドルに上る。同社が稼ぎ出す年間5.5億ドルの営業利益程度では、実は利息分にも足りないのだ。

 最後にSIRIUS XM。合併によって誕生した同社だが、合併前の会社はいずれも巨額の赤字を計上している。2007年度の場合、XMは売上11.4億ドルで当期純損失が6.8億ドル、SIRIUSは売上9.2億ドルで当期純損失が5.7億ドル。2007年のXMのアニュアルレポートには「売上を費用が上回っており、投資金額を失うかもしれません(You could lose money on your investment because our expense exceed revenues.)」、SIRIUSのアニュアルレポートには、「当社の事業は永遠に黒字化しないかもしれません(Our business might never become profitable.)」と、投資家に対する警告文が掲載されている。合併に伴う合理化でコスト削減をしなければ存続が危ぶまれるような状態だったのだ。2008年9月末時点の借入金総額は約34億ドル。合併したとはいえ、安心できる状況にはまだほど遠い。

 つまり、極端に株価が値下がりしている企業の多くは、財務体質が悪いのだ。うっかり買収すれば巨額の負債を引き受けることとなる。株価が下がったからといって、事業者統合に結びつくという単純な話ではない。

 むしろ、短期的に業界再編の主役となるのは、財務体質が比較的良好で、適度に株価が値下がりしているお値打ち企業だ。インターネット・バブル崩壊後にそうであったように、財務の健全性の低い企業は、破産法手続きで身軽になったあとに再編の主役になりそうだ。

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