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情報通信 ニュースの正鵠
2009年8月掲載

進化するテレビ会議システム―高精細化はどこまで必要か

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 今年前半の十大ニュースをまとめるならば、間違いなく上位にランキングされるのが、新型インフルエンザ騒動であろう。修学旅行や企業の出張が中止されるなど、人々の生活や仕事に大きな影響を与えた。現在、パニック的な騒動は収まっているが、秋以降の「第二波」に向けた対策を講じる必要が指摘されている。

 ワクチンの備蓄などの対策はもちろんだが、被害を広げないようにする工夫も必要だ。自宅に居ながらにしてオフィスと同様の作業ができる「テレワーク・システム」や、遠隔地でもお互いの顔を見ながら打ち合わせができる「テレビ会議システム」など、通信サービスの役割も重要度を増しそうだ。

 ところでこのテレビ会議システム。ブロードバンド化の進展に伴い、過去10年間に著しい進化を遂げた製品の一つである。

 10年前、まだISDNがブロードバンドと呼ばれていた時代。64kbpsの回線を2本束ねてテレビ会議を行ったりしていた。当時のテレビ会議システムでは、映像は数秒遅れで動くコマ送り映像のような感じ。画質も粗く、相手の姿はなんとなく判るが、背格好の似た別の人がなりすましていても、判別できない程度。

 光回線が普及し映像圧縮技術が進んだ現在では、なめらかなフルハイビジョン映像を、普通のブロードバンド回線で伝送できる。展示会などに足を運んで、最新のテレビ会議システムのデモを見ると、きっと多くの人がその鮮明な映像に驚くであろう。

 しかし、技術の進歩に感心する一方で、「ここまで高精細にする必要があるのだろうか?」という疑問を抱くこともある。

 大画面モニタにフルハイビジョンで映し出される人のアップ映像は、眼の充血度合いとか、ひげ剃り負けのあととか、見えなくても良いような細かいところまで判別できる。

 「試作品を映しながら新製品開発の打ち合わせをする」というような用途であれば、できるだけ、高精細にした方が良い。しかし、一般的な打ち合わせや商談において、そこまで高精細な映像が必要かというと疑問が残る。

 人と対面して話している時、我々は意外と相手の顔を見ていない。もちろん、相手の方を見ながら話してはいるのだが、顔の造作をこと細かに観察しているわけでなない。相手が醸し出す雰囲気、同席している他の人の様子、その場所の周囲の状況など、脳はさまざまな情報を総合的に把握しようと努める。「ソファの座り心地が良い」とか「部屋がなんとなくタバコくさい」など、触覚や、嗅覚からの情報も入ってくる。

 一方テレビ会議の場合、意識はモニタ内の映像とスピーカーから流れる音声に集中される。すると直接会う場合には気にならないような細かいアラでも目立ってしまうのだ。

 きっちりメイクして撮影に臨む芸能人とは違い、テレビ会議のモニタに映し出されるのは普通のビジネス・パーソンだ。

 前日徹夜で資料作りをしていて目が血走っている人、仕事のストレスで胃を悪くして顔色の悪い人。いろんな人がありのままの姿で映し出されることになるテレビ会議システム。解像度はほどほどにしておいた方がむしろ顧客満足度は高いような気がする。


 と、ここまで書いたところで、もしかしたら、テレビ会議システムの普及は、それを利用する企業向けの新たなビジネスを生み出すかもしれないと思った。

 高精細なテレビ会議システムが普及し、多くの商談がテレビ会議を通じて行われるようになるとしたら、営業のノウハウも少しかわってくるだろう。1960年のアメリカ大統領選挙において、民主党のケネディ候補が、現職副大統領の共和党ニクソン候補に勝利することができた一つの理由は、テレビ討論が導入されたことだと言われているのは有名な話。それと同様にテレビ会議システムが普及すると、テレビ映りが営業成績に影響を及ぼす可能性がある。

 そうなると、テレビ会議で好印象を与えるためのビジネスが生まれ、男性でもテレビ会議前にはメークをすることが当たり前になるかもしれない。テレビ会議での商談が多い部署には、専属のメーク担当者が常駐することもあり得る。

 一方、顔の「しわ」や「しみ」を消して若々しく見せるという加工を、テレビ会議システム側のデジタル処理で行うこともできるだろう。「実年齢より10歳若く見えるテレビ会議システム」がヒットするかもしれない。しかしやり過ぎは問題だ。度を超すと、テレビ会議ではなく、バーチャル・ワールドのようになってしまう恐れがある。


 テレビ会議関連技術の進歩は目覚ましい。しかし、それを実需要にどう結び付けていくのかについては、もう少し工夫が必要なのかもしれない。


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