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志村一隆「ロックメディア」
2008年3月掲載
ロックメディア 第6回

コンテンツ・ウィンドウ戦略概論1:
50年で世代交代するハリウッド


志村一隆(略歴はこちら)
[ロセンゼルスの夕暮れ:日の昇らない朝はない…] 経営学は、人間の営みの研究であるために、研究の結果、導き出した公式に再現性があるかというとそうでもない。

 とくに、エンターテイメントの分野は、社会の空気、時代の雰囲気などをヒットの公式の因数に含められるわけでもないので、より普遍化が難しい。因数として普遍化されない現場に知恵が隠されたまま、時代が流れていく。

 ただ、歴史を遡って調べていると、これも感覚なのだが、時代の潮目は、活動している人々の年令、世代が大きく関わっているという気がする。

 たとえば、1960年代の映画史を語るときに通常「ハリウッドの映画会社は、衰退していた。理由は、テレビの普及である。」と説明される。いかにもロジカル、論理的だ。しかし、映画産業は復活し、メディア・コングロマリットと呼ばれる隆盛を誇る。衰退の理由だったテレビがさらに普及を続けたにも関わらず・・・

 丁度1960年代は、映画会社の創業世代たちが老齢になり、またこの世を去っていた時期と重なる。創業世代と、1960年代にハリウッドを買収した世代(第2世代)では、テレビに対する考えが違った。

 創業世代は、映画は劇場でみるというビジネスから離れようとせず、劇場を豪華にしたり、映画を天然色フルカラーしたり、既存技術の線的(連続的な)改良で、テレビに対抗しようとした。

[Kodak Theater(左)とチャイニーズシアター:往年の豪華な映画劇場の名残]

 結果的に、それでも経営状態が悪化した映画会社は、次々と新たな経営者を迎えることになる。

 彼らは、テレビをコンテンツ販売のビジネスチャンスと捉えた。テレビ以外にも、レンタルビデオ、ケーブルテレビなど、ひとつのコンテンツを多様な流通網で売りさばくビジネス手法を確立させた。これを、コンテンツ・ウィンドウ戦略と呼ぶ。

図表

 未来から過去を覗いて、テレビの普及をビジネスチャンスと捉えることが何故できなかったのか、という疑問をぶつけることは、簡単だがフェアではない。テレビの普及が映画を衰退させたという理屈も、ロジカルだが後講釈だ。

 ビジネス、経済学は、お金が行動の基準となっているが、創業者世代はとくに、そのビジネスにお金にならない愛着といったものがある。それが、新たなビジネス上の脅威が現れたとき、連続的な改良だけを終始してしまう理由となる。

 ビジネスには人間の意思決定が必ず入り、その意思決定は常に経済的合理性に基づくとは限らないので、物事が理論的に変化していくというわけではない。(意思決定すらも、自然の摂理だというスーパー形而上学的議論は除く)

そして、50年経った今・・・

 映画会社は、インターネットという新たな技術革新に揺れている。コンテンツ・ウィンドウ戦略は、マスメディアに消費者が群がるごとが前提になっている。著作権、コピー防止を重要視するビジネス思想は、プロモーションよりもプロテクションのマインドが強いことを示している。

 インターネットのビジネスも当初は、マスメディア的なポータルサイトという概念が中心だった。しかし消費者へパワーシフトが起きた現在は、プロモーションが重要になり、消費者の好みによってマイメディアを作る考えが主流だ。

 しかし、1960年代ハリウッド第1世代から経営を引き継いだサムナー・レッドストーンや、ルパート・マードックなど第2世代経営者たちは、より著作権を強固にしたり、YouTubeと訴訟を起こしたり(一番強固なのは、サムナー・レッドストーンのパラマウントだ)、映画がテレビに押されはじめた1960年代の経営者と同じく、既存ビジネスの強化という方針をとっている。

[図表]

 2010年前後の現在、大きな技術革新とビジネスモデル変革に直面するハリウッドには、第3世代が登場するだろう。

 おそらく彼らは、オープン、フリーというキーワードでコンテンツを流通させるビジネスを確立させる人々になるだろう。現に、アメリカ西海岸に行くと、インターネットの映像配信をビジネスチャンスとして感じ、起業する人々が大勢いる。

 決済、シンジケーション、映像検索(面白い、癒させるといったファジーな言葉で)のプラットフォームを作り上げる者が、ハリウッド第3世代の映画会社経営者となるだろう。

 衰退を作るのも人間であり、隆盛を作るのも人間の営みである。ビジネスの研究には、こうした見方も必要である。

[図表]

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