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Global Perspective 2012
2012年12月11日掲載

ソーシャルメディアの新しい切り口としての宗教〜ムスリム向けSNS「Salamworld」

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁
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世界で圧倒的なシェアを誇るソーシャルメディアはFacebookである。2012年10月には利用者が全世界で10億人を突破した。基本的に世界中の誰でも利用でき、世界中でソーシャルメディアのプラットフォームになった。
誰もが利用できるということは、誰でもあらゆる情報を全世界に発信し、その情報を受け取ることができる。情報発信者にとっては何気ない情報であったとしても、受信する側にとってはタブーな情報もある。特に宗教的な話題やコンテンツは気がつかないことが多い。今回はムスリム(イスラム教徒)向けのSNS「Salamworld」について論じていく。

ムスリム向けSNS「Salamworld」

2012年10月現在、全世界で約10億人がFacebookを利用している。全世界の7人に1人が利用していることになる。Facebookだけでなく、世界の多くのSNSは自由な発言、表現の自由があるので、個人が削除申請を依頼したり、運営側で不適切な表現と判断しない限りにおいては様々なコンテンツが掲載されている。
不適切なコンテンツは世界中の人々の価値観によって異なる。欧米や日本では不適切でないかもしれないが、ムスリムにとってはタブーや不適切なものも多い。もちろんFacebookにも多くのムスリムが利用している。現在、約15.7億人のムスリムのうち約3億人がインターネットを利用できる環境にいて、そのうち半分の約1.5億人がなんらかのSNSを利用している。

ムスリムにとって不適切なコンテンツの表示が多い「グローバルスタンダード」なSNSではなく、世界中のムスリム向けSNSとして開設が進められているのがSalamworldである。ムスリムが多い地域から提供し3年以内で3,000万〜5,000万の利用者獲得を目指している。もちろん、ムスリム以外の人でも15歳以上であれば登録が可能である。なおSalamとは「平和」を意味する。

Salamworldの目的は以下の通りである。

  1. ムスリムのためのSNS
  2. ナレッジや有益情報の共有、求人情報、ビジネス(商売)のプラットフォームとしての情報交換
  3. イスラム共同体の発展
  4. ムスリムの若者のために様々な機会を与える場を作る
  5. ムスリムの伝統的家族観に則った子供たちにとって安心・安全なコンテンツ提供を行う

Salamworldでは政治活動を目的とした利用は行わない。ムスリム以外の人も登録可能であるが、基本的にムスリム向けのSNSなので、宗教(イスラム教)への勧誘などは行わない。ただし、ノン・ムスリムに対してもニュースやイベントなどの情報発信は積極的に行っていくとのことである。
現在12カ国にSalamworld運営チームのパートナーが存在し、ローンチに向けた準備を行っている。アラビア語、英語、ロシア語、ウルドゥ語など8ヶ国語に対応している。日本語には対応していない。Salamworldの具体的なビジネスモデルについては公表していないが、Salamworldで提供できるコンテンツやサービス、新ビジネスのアイディアを一般の人々から募集をしている。
世界中のムスリムへの宣伝活動も積極的に行っており、2012年8月には世界最大のムスリム国家で、世界4位のFacebook利用者がいるインドネシアで約400名の学生を集めて「ラマダンキャンペーン」という宣伝活動を行った。他にもパキスタンなどムスリムの多い国で現地の有力サイトやテレビ局などと提携に向けた協議を積極的に行っている。

ポテンシャルの大きいムスリム市場

日本では馴染みのないムスリム世界であるが、ムスリム市場のポテンシャルは大きい。
全世界で約15.7億人のムスリムがいる。全世界の人口が70億人なので4〜5人に1人がムスリムである。ムスリム市場の特長の1つとして若者が多いことがあげられる。ムスリムの54%(約8.5億人)が25歳以下の若者である。購買力はまだ決して強くないがSNSを提供するにあたってのハードルは低いだろう。

ムスリムには固有の風習がある。例えば、ムスリムには「ハラル」と呼ばれるイスラム法上で食べられる食品がある。イスラム法の下では豚肉を食べることは禁じられているが、その他の食品でも加工や調理に関して一定の作法が要求される。この作法が遵守された食品がハラルである。厳格な教義を守るムスリム向けのハラル市場は、2.3兆ドル市場と言われている。出稼ぎ労働者や留学生、ビジネスなどで世界中に散在するムスリムを対象にしたハラル商品のオンラインショッピングなども将来はSalamworldで提供することも検討している。
ハラルの重要性はムスリムの旅行先の検討にもつながっている。2012年8月の報道によると、米市場調査会社ダイナースタンダードが行った「ムスリム向け旅行アンケート調査」ではトルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、マレーシアといったムスリムが「ハラル」を入手できる国が人気旅行先に挙がった。同調査によると、ムスリムにとっては旅行先を決めるにあたって、67%がハラルの食事がとれるかどうかが最も重要だと回答している。また2011年のイスラム教徒の海外旅行支出額は1,261億ドルに上り、世界全体の12.3%を占めた。これは海外旅行支出額で最大のドイツを上回り、中国のほぼ2倍に相当する。
 他にも購買力が強くなってきているムスリム女性市場も無視できない。ムスリムの女性向けファッションのオンラインショッピングもあり、世界中にいるムスリムらがインターネット経由で購入できるため人気がある。(参考レポート)

これから成長が期待されるムスリムのSNS利用

ムスリムをターゲットにした市場のポテンシャルは非常に大きい。ムスリムが多い国でのFacebookの利用者数と比率を明記した(Facebook利用者はノン・ムスリムも含む)。マレーシア、トルコ、アルジェリアなどを除くとまだまだFacebookの普及率も低い。10%以下の国も多数ある。ここに挙げている国々ではFacebookの代わりに利用されているメジャーなSNSが存在している訳ではない。今後、それらの国々が経済発展とインターネット普及に伴ってSNS利用も多くなる可能性を秘めている。
Salamworldは「ムスリム向けのSNS」をウリにしているが、決してFacebookをライバル視したり、取って代わろうとは考えていない。

Facebookのように万人向けのSNS以外にも、ビジネス・転職者をターゲットにしたLinkedInや地域のコミュニティSNS、老人向けSNS、病気の患者向けSNSなど様々なSNSが世界中で乱立している。Salamworldはムスリムという切り口だが、SNSへの参入としては遅い方である。SNSのようなコミュニティ、メッセージ、ゲームなど様々な要素やサービスが集まっているプラットフォームでは何が人気の起爆剤になるかわからない。Salamworldは「宗教」という切り口でムスリムの文化にあったSNSを提供しようとしている。ただし同じイスラム教とはいえ、国家や宗派は異なる。それぞれの国家や地域ごとで文化や価値観に与える影響も異なる。
ポテンシャルが高いムスリム市場を前にして「宗教」という切り口でのSNSがムスリムにとって新たなプラットフォームとして成立するために、全世界のムスリムがどのような協力、提携を行っていくのだろうか。引き続き注視していきたい。

(表1)世界のムスリム人口が多い上位30カ国のムスリム人口と人口比率およびFacebook利用者(Facebook利用者はノン・ムスリムも含む)
(表1)世界のムスリム人口が多い上位30カ国のムスリム人口と人口比率およびFacebook利用者(Facebook利用者はノン・ムスリムも含む)

Pew Research Center公表資料などを元に筆者作成。
*Facebook利用者はイスラム教徒以外の人の利用も含む。

クリックで画像を拡大します。

【参考動画】Salamworld紹介動画(2012年)

【参考動画】バングラディッシュでのSalamworldに関するニュース(2012年)

【参考動画】Salamworldの学生向けイベント(2012年)

(参考)

*本情報は2012年12月10日時点のものである。
なお、本稿はInfoComモバイル通信(2012年9月号)「ムスリム向けSNS:Salamworld 〜ポテンシャルの大きなムスリム市場を取り込めるか」を改定したものである。

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