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2013年3月28日掲載 |
2013年3月21日、LinuxディストリビューションのOS「Ubuntu」を支援している主要スポンサーの英国Canonicalは、中国工業情報化部(Ministry of Industry and Information Technology:MIIT)と提携を結び、中国向け Linux OS のリファレンスアーキテクチャを提供していくことを発表した(※1)。そこにはどのような含意があるのだろうか。探っていきたい。 中国版OS「Kylin(麒麟)」CanonicalはMIITの組織である「CSIP(China Software and Integrated Chip Promotions Centre ) 」と国防科学技術大学(National University of Defense Technology:NUDT)と協力してCCN Open Source Innovation Joint Labを北京に設立する。中国向けに開発するUbuntu Linux 「Kylin(麒麟)」を2013年4月にリリースする予定だ。「Kylin」の中国独自機能として中国語入力機能、中国版カレンダー対応、百度(Baidu)やタオバオなど中国のサイトが提供するサービスと連携している。また中国で人気のあるオフィスソフト「WPS」とも協力している。 サイバーセキュリティとしての独自OS導入:中国を取り巻く環境中国政府が「Kylin」という名称でOSを開発しているのが報じられたのは今回が初めてではない。2007年にFreeBSDベースの「Kylin」をリリースしたことがあった。このOS開発の目的は海外からのサイバー攻撃から防衛することだったと報じられている(※3)。 サイバーセキュリティの観点から独自OSを開発するのはインドでも同様の動きが見られている(参考レポート)。サイバーセキュリティの観点から独自OSを開発することは国策として本当に正しいのだろうか。開発のコストも相当かかるだろうが、中国は相当にサイバー攻撃を受けていると報じられている。昨年だけでも海外の73,000のIPアドレスから中国の1,400万のコンピュータがコントロールされたとのことである(※4)。それらのサイバー攻撃からの防衛対策を考慮すると独自OSの導入に踏み切ることも納得できる。さらに中国には「金盾」のファイヤーウォール機能である Great Firewall(防火長城)があるが、抜け道を見つけて通信を行おうとする人々との「いたちごっこ」になっている。中国政府にとって情報統制と検閲機能は重要である。独自OSであれば、標準化された技術よりも中国政府でコントロールがおよぶ範囲が広いため、中国政府が優位になり得る。中国やロシアなどの新興国はインターネットに対する政府の関与を強化し、ITU(国際電気通信連合)の管理下におくべきだと主張している。海外からのサイバー攻撃だけではなく、国内の自由な発言と勝手なインターネットアクセスも中国政府にとっては脅威である。中国は革命を繰り返してきた国である。革命で出来た政府は革命を最も恐れている。 政府主導の独自OS開発はうまくいくのか?サイバー攻撃はシステムの脆弱性を突いて攻撃を仕掛けてくるものである。そして現在のシステムを構成している要素であるOSやアプリケーションのほとんどがアメリカの企業の製品である。国際社会がサイバースペースに依拠し、インターネットやPCが無い状態では個人の生活も社会、経済、民間インフラも停止しかねない現在ではインターネットやOS、アプリケーションはもはや公共財と同じになってきている。 中国の観点から見ると、数多くのサイバー攻撃の防衛対策としてシステムやOSを中国独自のものを導入することによってアメリカや他国に依存しなくとも自国のサイバースペースを防衛できるようにしたいはずだ。また独自OSであるため、世界で一般的に利用されている標準システムの脆弱性が見つかり、そこを標的としたサイバー攻撃を回避することが可能である。もともと中国には「自主創新」と呼ばれる中国政府がある種のハイテク製品を購入する場合、そこに必ず一定の割合で中国製の技術が含まれている必要があるという政策がある。この背景には中国が自ら技術開発を行うことによって中国自身の経済発展も期待できるのに、どうしてわざわざ他人の技術を使い、使用料まで払うのか、という考えがあると言われている(※5)。これはアメリカをはじめとする諸外国からの反発は強いものの、中国はハイテク分野での中国製へのこだわりが強い。 一方で、サイバーセキュリティの観点だけを考慮するとたしかに独自OSの導入も良いかもしれないが、それに伴う弊害も多い。現在のサイバースペースは世界中で共通の仕様の製品を利用していることからシステムやアプリケーションで互換性がある。そしてグローバル化が進展しサイバースペースが社会基盤になっている現代社会において、サイバースペースを構成しているシステムに互換性がないことは相互にやり取りができなくなる可能性もある。民間インフラもサイバースペースに依拠している現在の中国が他国と相互互換がないのはお互いにとって不便であろう。中国はグローバル経済の重要な一部を担っている。中国国内だけで取引が完了できる経済活動は限られている。 2013年1月15日、中国インターネット情報センター(CNNIC)が発表した「第31回中国インターネット発展状況統計報告」によると、2012年12月末時点で中国でのインターネット利用者は5億6,400万人(普及率42.1%)である。まだまだこれからも発展と成長の余地がある。 中国政府が主導している今回の独自OSはどの範囲まで拡大して、どのような方向を目指していくのだろうか。サイバー攻撃から自国を守ること、中国政府主導のOSを導入することと、他国とのシステムの互換性による利便性のどちらを優先するのか。また国際社会とそこで標準化されたシステムとどのようにバランスを取っていくのか。 今後中国での「Kylin」導入に向けた動きはアメリカ、ロシアなども注目しているだろう。「Kylin」の動向と国際社会におけるサイバースペースの動向は引き続き注目である。 (参考)新たなモバイルOS「Ubuntu Phone OS」 *本情報は2013年3月27日時点のものである。 ※1 Canonical(2013)Mar 21,2013, “Canonical and Chinese standards body announce Ubuntu collaboration” http://www.canonical.com/content/canonical-and-chinese-standards-body-announce-ubuntu-collaboration ※2 原文:“With Ubuntu Kylin, China now has its own secure and stable desktop operating system, produced alongside Ubuntu's global community. Ubuntu combines proven technology with a mature ecosystem and strong OEM and ISV partners, and this initiative allows the Joint Lab to bring those strengths to China across the full range of platforms: desktop, server, cloud, tablet and phone.” ※3 ZDNet(2009) May 13, 2009, “China's 'secure' OS Kylin - a threat to U.S offensive cyber capabilities?” http://www.zdnet.com/blog/security/chinas-secure-os-kylin-a-threat-to-u-s-offensive-cyber-capabilities/3385 ※4 China Daily(2013),” Reason for cyber accusation”, Feb 21, 2013, http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2013-02/21/content_16242036.htm ※5 イアン・ブレマー著、北沢格 訳『「Gゼロ」後の世界:主導国なき時代の勝者はだれか』(日本経済新聞出版社、2012年)pp111-112 |
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