ホーム > 情報通信 ニュースの正鵠2009 >
情報通信 ニュースの正鵠
2009年4月掲載

「S席でテレビを観る」という新発想
(マルチ・カメラ・アングル V.S. パノラマ映像)

 将来のテレビを考える時によく出てくるアイディアとして、「マルチ・カメラ・アングル」というものがある。これは複数のカメラで撮影した映像を放送し、視聴者側で観たいアングルを選択するというものだ。とりわけ、スポーツ中継などでの利用が期待されている。

 冒頭に「将来のテレビ」と書いたが、実は既に放送事例もある。2002年のサッカー日韓ワールドカップの時に、スカパーがこのマルチ・アングル放送をやっていた。少しうろ覚えだが、通常のテレビ映像に加え、上空から見た俯瞰映像やゴール裏からの映像、中心選手を追いかける映像などを放送していた記憶がある。

 視聴者側に選択の権利が与えられるので、ユーザにとっては歓迎すべきサービスと言える。しかし、これまでのところ、マルチ・アングル放送は、あまりメジャーになっていない。なぜだろうか?

 理由はいくつか考えられる。

 一つ目は、マルチ・アングルにするとチャンネルを複数占有してしまうこと。それぞれのアングルについて、通常と同じ画質で流そうとすれば、カメラ・アングル数と同じチャンネル数が必要になる。実際、スカパーのワールドカップ放送も、各映像に1チャンネルを割り当てていた。ワールドカップのような一時的なイベントであれば話は別だが、毎日のように試合が行われる、Jリーグやプロ野球の放送をすべてマルチ・アングルにしたら、チャンネル数がいくらあっても足りない。(もっとも、この問題は従来型のテレビ放送の場合であり、視聴者が選んだ番組だけを伝送するIPTVの場合には大きな問題にはならない。)

 二つ目の理由は、映像だけマルチにすると音声が映像にマッチしないこと。スカパーが行ったワールドカップのマルチ・アングル放送は、映像は複数あるものの音声は一種類だけであった。そのため、俯瞰映像のチャンネルで観ていると、誰がボールを持っているのかよくわからないということになる。逆に俯瞰映像を意識して、「今、中田英がドリブルしています」というような実況を頻繁に入れると、通常映像で観ている視聴者にはうるさく感じられるであろう。つまり、カメラだけをマルチにするのではなく、実況や解説もマルチにしないと、メイン映像以外は補助的な役割にしかならないのである。その補助的な映像にそれぞれ1チャンネルを割り当てるのはいかにも効率が悪い。

 三つ目の理由は、複数のアングルがあっても、結局それは制作者側が用意したものであること。視聴者側の自由は、用意されたいくつかの選択肢の中から映像を選ぶことでしかない

 マルチ・カメラ・アングル放送が、なかなか広まらない理由はこのようなところだろう。

 一方、最近になって注目され始めた新しいテレビ放送技術がある。それは「パノラマ映像」だ。

 これは、NTTの研究所がIPTVサービス用に開発中の技術で、複数画面分のハイビジョン映像をつなぎ合わせて一枚の大きな高精細パノラマ映像にして放送し、視聴者側がどの部分を見るのかを選ぶというもの。例えばサッカーのフィールド全体をカバーする映像を創れば、どこでも観たい場所を眺めることができる。観る場所の選択だけでなく、拡大・縮小にも対応する。ハイビジョン映像なので、ある程度拡大しても視聴に耐える映像品質を保つことが可能だ。NTTは、「スタジアムなどのS席(特等席)で観戦するような、自由な視聴体験を提供する」という意味で、このサービスに「Tele-Sseat」という名前を付けている。

 この方式であれば、流すのは1枚の映像なので、複数チャンネルを占有することはない。もちろん、情報量が増加するので、配信には大容量(現状ではハイビジョン3面で約20Mbps)が必要になるが、光回線などの超高速ブロードバンドの利用を前提とすれば、さほど大きな問題ではない。一方向からの映像になるので、俯瞰映像を観たり、反対側から観たりということはできないが、映っている範囲であれば、好きな場所を選ぶことができる。したがって、マルチ・カメラ・アングル方式よりも、ある意味で自由度は高い。

 スポーツ中継を見ていて、「カメラを自分で操作できたら良いのに」と思った経験を持つ人も多いだろう。「サッカーのペナルティー・キックの時に、反対側のゴール・キーパーは何をしているのだろうか?」なんてことが気になる天邪鬼な人には、最適な技術と言える。

 なかなか普及しないマルチ・アングル放送に代わり、パノラマ映像が将来のテレビ放送を担う技術になるのかどうか。注目されるところだ。

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。