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2012年12月18日掲載 |
12月3日から14日まで、ドバイで国際電気通信連合(ITU)の2012年世界国際電気通信会議(WCIT-12)が開催された。 今回のWCIT(ウィキットと読む)は、インターネットの規制の在り方を左右する、極めて重要な意味を持つ会合であった。 しかし重要性の割には、日本ではさほど話題にならなかった。それは、内容がわかりにくく、メディアの報道自体も少なかったためであろう。基本的に、規則の文言をどう変えるかという議論なので、背景を知らないと、それが具体的に何を意味するのかが理解できない。 そこで今回は、このWCIT議論の背景を、大雑把にまとめておきたいと思う。 今回のWCITでは国際電気通信規則(ITR)の改正について話し合いが行われた。現在の規則は1988年に制定されたもの。当時はまだインターネットがない時代だったので、規則はもっぱら電話に関する内容で、例えば、「国際通話をかけた場合にどうやって精算を行うのか」などについて定めていた。 しかし時代は変わり、通信の主役はインターネットになった。そこで、規則の方も現代に合わせて作りなおそうというのが今回のWCITのメイン・テーマであった。 WCITの会合に向け今年、多くの関係者がさまざまな視点で提案を行った。セキュリティーの確保、スパム対策、ネットワーク接続料金の決定方法など。それぞれの論点に関する各国の立場はまちまちであったが、とりわけロシアや中国の提案がセキュリティーや国家安全保障の名のもとに、検閲等を正当化することにつながるのではないかと注目を集めた。 これに対し米国は、ITUがインターネットに関して権限を持つこと自体に強く反発した。 反対の議論を牽引した一人が米国で通信規制を司るFCCのマクドゥウェル委員である。同氏はウォール・ストリート・ジャーナル紙に、「国連(ITU)がインターネットの自由に対する脅威である」という記事を寄稿して国内の危機感を煽った。 インターネットは、政府が干渉しなかったからこそ急速に発展したのであって、ITUであれ何であれ、政府や国際機関が干渉するべきではない。仮にITUにインターネットの規制権限を与えれば、さまざまな規制が導入される恐れがあり、例えば、海外のユーザが米国のネットサービスを利用するたびに、ネット企業が現地のプロバイダーに料金を支払わなければならなくなるかもしれない等と警告した。 その後米国連邦議会では公聴会が開催され、下院と上院はそれぞれ、ITUによるインターネット規制に反対する決議案を全会一致で採択した。 いわば、「ITUにはインターネットに指一本触れさせない」というのが米国のスタンスとなった。 欧州や日本、カナダ、豪州など、いわゆる西側先進諸国も、基本的には米国と同様、ITUによる規制の導入に反対という立場であった。しかし、米国ほど強硬ではなかった。例えば、日本の総務省は「インターネットが国際電気通信規則の対象に入らないと解釈するのは難しい」と考え、「ITUで議論はするけれども現状の枠組みを維持できるように務める」というスタンスで会議に臨んだ。 総務省がこのように考えた背景には、「WCITでの決議ではコンセンサスが重視される」という慣習の存在がある。制度上は多数決での決議も可能なのだが、意見が大きく分かれるような問題について、多数決で採択を強行するという事態は、これまで一度もなかった。そのため、日米欧が「規制反対」で足並みを揃えていれば、大きな変更を伴うような改正は通らないだろうというのが、日本を含む西側先進諸国の見立てであった。 しかしその見通しは外れた。ITUのトゥーレ事務総局長は、新しい規則案採択について多数決を実施したのだ。 結果は以下のリンクにある通り。 会議に参加した144ヶ国のうち89ヶ国が賛成し、55ヶ国が反対という結果となった。 新規則は、賛成し署名した国については2015年1月1日に発効する。一方、署名せず、最終的に同意しなかった国については、現在の規則が継続適用になる。 この結果を受けて、英語のメディアやブログには、「インターネットは、オープン・インターネットとクローズド・インターネットの二つに分断された」とか「我々の知っているインターネットは終焉を迎えた」という嘆きが掲載された。 その一方で、「ネットに干渉したがる国はすでに事実上やっている」ため、「現実的な影響はほとんどない」という声もある。 おそらく正解はその中間だ。今後の展開によってはどちらの未来もあり得る。 提案段階では、さまざまな議論がなされたが、過激な修正案は途中で取り下げられた。最終的に、規則自体の主な改正点は、セキュリティー対策/スパム対策に関する規定の追加と、携帯電話の海外ローミングに関する条項だけとなった。 新規則の発効を受けて加盟各国がどのようなアクションを取るのかは不透明であるが、「ただちにインターネットの在り方を大きく変えることにはならない」というのはその通りだろう。 しかし、規制反対派が恐れているのは、今回の新規則が「はじめの一歩」になり、将来的にさまざまな動きに波及する可能性である。 いままでは、「インターネットは非規制」というのが、漠然としたコンセンサスとして考えられてきたが、これからは規制し得るものとして議論の対象になる。 そういう意味で、今回のWCITは「現行のインターネットでいい」と考えている国と、「何らかの変更が必要だ」と考えている国を見分ける試金石になったということができる。 一般的にWCIT議論は、「ロシア、中国などネットの検閲をしたがる独裁主義的国家や、イスラム諸国など伝統的な価値観を守るためにネットを規制したいと考えている国」と「ネットの自由を守る西側先進自由主義国家」という対立で語られがちだ。 しかし、そうした言論の統制や情報の検閲という視点だけで89もの国が賛成にまわったことを説明するのは難しい。 多くの国が賛成票を投じた背景として、もう一つ考慮しておくべきことは、「それぞれの国がネットのメリットをどのくらい享受できているのか」という視点だ。 インターネットで多くの人の暮らしが便利になったことは間違いない。しかし、それがその国の経済にどの程度のメリットを与えているのかは、国によってばらつきがある。少し乱暴だが、以下に「言論の自由を守りたいかどうか」と「インターネットから享受しているメリットが大きいかどうか」という二つの指標でマトリックスを作ってみた。図表の右上に近いほど現状維持、左下に近いほど枠組み変更のインセンティブが強いということになる。 なかなか定量化は難しいが、世界的なネット企業をいくつも輩出している米国はネットのメリットを最大限に享受していると言えるだろう。また、自国のネット企業がそこそこ頑張っている日本や中国、米国のIT企業からのアウトソーシングで経済発展を遂げているインドあたりもメリットを享受している国といえる。 しかし、自国にネット企業がほとんどなく、ネット動画はYouTube、SNSはFacebookとTwitter、買い物はAmazonという国もある。そうした国では、「インターネットで世界が変わると言っても、結局儲けているのは米国企業だけ」という意識を持つ者も少なくない。 そういう意味では、「西側先進国」の利害関係も実はきっちり一致しているわけではない。 GoogleやAmazon、Facebook、Appleなど、世界中で稼いでいる米国の企業に対し、何らかの形で儲けを還元させようという動きは世界各地で見られる。最終規則には残らなかったが、今回のWCITの議論でも、途中段階では料金の精算方法に関する提案が含まれていた。 WCIT-12の議論は14日に終わったが、インターネットの今後の方向性を決定づける駆け引きは、これから本格化していくことになる。 〔参考リンク〕 |
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