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トレンドレポート
GSM事業者のデュアルバンド・サービスへの取組み

 日本の移動通信事業者を例に取ると、例えばNTTドコモの場合、PDCの800MHz帯、PDCの1.5GHz帯、PHS(1.9GHz)帯と3種類の電話網を保有しており、これら3つは別々のサービスとして提供されている。もっとも、1台の電話機でPDC(800MHz帯)とPHSの両方の機能を備えた「ドッチーモ」が1999年4月から提供されているが、電話番号はPDCのものとPHSのものが両方付与されており、しかも「契約上は2回線の契約」となることから、回線使用料としてはPDC+PHSの二重の料金がかかる仕組みになっている(ファミリー割引が適用され、若干安くはなるが)。また、グループとしてPDCの800MHz帯(セルラー電話会社)、PDCの1.5GHz帯(ツーカー)、PHS(DDIポケット電話)の3種類の電話網を持つDDIグループでも、各サービスは別々に提供されている。

 一方、海外のGSM事業者に目を転じてみると、スイスコム、テリア、シングテル・モービルなど、1事業者で複数の帯域の電話網(GSMの900MHz帯とGSMの1,800MHz帯)を保有している事例が見受けられる。この中には、日本のようにそれぞれの帯域でそれぞれ別個のサービスが提供されているケースもあるが、ほとんどの場合は1台の携帯電話機で900MHz帯/1,800MHz帯の複数の網を利用できる、いわゆるデュアルバンド・サービスとなっている。NTTドコモの「ドッチーモ」と異なるのは、電話番号はあくまで1つであり、「契約上は1回線の契約」となっている点である。簡単な網構成図は以下の通りで、交換局(MSC=Mobile Switching Center)やホーム・メモリー(HLR=Home Location Register)、各SIMに書き込まれたIMSI(International Mobile Subscriber Identity;電話番号に1:1で対応)は、いずれも1つとなっている。

図1

 
1,800MHz帯の周波数の商用化
 1,800MHz帯の実用化の議論が起こったのは、1980年代の後半から1990年代の初頭にかけてである。高所得層、ビジネス市場が主力ユーザーであった既存の900MHz帯の周波数に加えて、新しく1,800MHz帯の周波数をPCN(パーソナル・コミュニケーションズ・ネットワーク)として割り当て、コンシューマー市場にも移動通信を普及させることが主な目的であった。当初は無線方式については決まっておらず、デジタル・コードレス技術のDECTも候補の1つであったが、最終的にGSM技術が採用されることになった。

 1,800MHz帯の周波数を割り当てを受ける対象として、競争の促進のための新規参入者以外に、いくつかの国では既存の移動通信事業者も候補となった。これは、既存の900MHz帯でユーザーが増えてくると周波数が逼迫する可能性があることから、それを防ぐために新しい周波数として1,800MHz帯を割り当てることとしたものである。この点に関して、900MHz帯と同じGSM方式を1,800MHz帯でも採用したことは、両者の網を統合する上で有利な材料となった。

 1,800MHz帯を用いた携帯電話サービスは、1993年9月に英国のワン2ワンによって最初に商用化が行われ、その後、英国のオレンジ(1994年4月)、ドイツのE−プルス(1994年5月)、フランスのブイグ・テレコム(1996年5月)と提供開始が相次いだ。これらの事業者は、いずれもその国における新規参入事業者であり、提供されたサービスはシングルバンド(1,800MHz帯しか使用できない)の携帯電話機による、既存の900MHz帯とはあまり関わりを持たないサービスであった(唯一、SIMの差し替え、1,800MHz帯用の携帯電話機から900MHz帯用の携帯電話機への交換によるローミング、いわゆる「プラスチック・ローミング」は可能)。これは、当時はまだ、900MHz帯/1,800MHz帯の両方の帯域に対応したデュアルバンド携帯電話機が実用化されていなかったことによる。

すでに900MHz帯を運用している移動通信事業者が新たに1,800MHz帯の商用化を行ったのは、1995年10月のスイスコムが最初である。この時点ではジュネーブでの限定的提供にとどまり、900MHz帯とは別個のサービスとして提供された。続いて1995年12月にシングテル・モービルが1,800MHz帯の商用化を開始したが、この場合も900MHz帯とは全く別個のサービスとして提供された。次頁のシングテルの料金表でわかるように、1,800MHz帯のサービスはカバレッジで900MHz帯より劣る反面、900MHz帯より安価な料金設定となっている。このあたり、NTTドコモのPDC(800MHz帯)とPDC(1.5GHz帯)との関係に類似している。

 携帯電話機の面では、ようやく1997年に入ってデュアルバンド携帯電話機が商用化された。最初の機種はモトローラの「マイクロタック8800」で、オレンジとワン2ワンが同年4月からこの機種を用いた国際ローミング・サービス(海外の900MHz帯へのローミング)を開始している。なお、このマイクロタック8800には帯域をまたがる場合自動的に切り替わる機能がなかったが(マニュアルで切り替える必要があった)、同年6月に発表された改良版「マイクロタック8900」によって、この点は改善された。

<シングテル・モービルのGSM料金プラン>

料金プラン(900MH帯)

料金プラン(1500MH帯)

*Classic(900MHz帯)とSuperClassic(1,800MHz帯)とを比べた場合、通話料は同じだが、月額基本料の安さ、無料通話分数の多さについてはSuperClassicの方に軍配が上がる。また、Elite(900MHz帯)とSaver(1,800MHz帯)とを比べても、同様のことが言える。

 
デュアルバンド・サービスの開始
 1事業者が1台の携帯電話機で自社の複数の帯域でのサービスを提供する、いわゆるデュアルバンド・サービスは、1997年10月にスイスコムによって最初に商用化された。スイスコムでは人口密集地であるジュネーブ、バーゼル、チューリッヒ等の都市に1,800MHz帯用の設備を建設し、ユーザーがこれらの都市で使用する場合は900MHz帯/1,800MHz帯のうちトラヒックが混雑していない方(通常は1,800MHz帯)を選択し、それ以外の地域で使用する場合は900MHz帯の周波数を使用することとした。
 スイスコムのサービス提供開始後、以下のような事業者がデュアルバンド・サービスを提供している。

サービス事例

 周波数の逼迫対策としては、上記のようなデュアルバンドによる以外にも、日本で実施されているようなマイクロセルによる方法もある。これについては、マイクロセルのカバー・エリアは1ブロック程度なのに対し、1,800MHz用のセルはより広範囲なカバレッジを提供するので、コスト的にデュアルバンドによる方が有利という意見が出ている。
 上記のような帯域選択機能は輻輳解消といった提供側の携帯電話事業者側に有利に働く要素であるが、これとは別にユーザー側に有利な要素として、特殊な料金プランを提供できる点が挙げられる。すなわち、1,800MHzの帯域をつかんで使用する場合に安い料金体系を適用するというもので、例えばソネラが1998年2月から提供を開始した「GSMデュオ」と呼ばれる料金プランがこれに当たる。

料金プラン

(注)「ゾーン内」とは1,800MHz帯の帯域を使用する場合の料金。
1,800MHz帯の網はヘルシンキ、オウルなど、一部の都市しかカバーしていない。

 
国内ローミング
 国内サービスとしてのデュアルバンド・サービスには、前述のように1事業者が自社の複数の帯域を利用する場合以外に、もう1つの形態がある。これは、新規参入の1,800MHz帯事業者がデュアルバンド携帯電話機を使用し、国内の既存900MHz帯事業者の網にローミングを行うサービスである。これは、自社の1,800MHz帯のカバー・エリアが狭いことから補完のために行われる措置で、開業まもない時期の過渡的な現象と言える。ローミングされる側の900MHz帯事業者にしてみれば、ローミング料を課するとはいえ自社と競合するサービスに便宜を図ることになるため、なかなか受け入れがたい。現在のところ7件ほど実例があるが、そのほとんどがローミングを申し入れた側と申しこまれた側とで紛争が発生し、その国の規制機関の仲裁を仰いでいる。

事例

 最近発生した紛争で大きく問題となったのは、フィンランドのケースである。1998年3月に開業したテリア・フィンランド(1,800MHz帯事業者)は、既存の900MHz帯事業者であるソネラおよびラジオリニアにローミングを申し入れたが、両社から極めて高いローミング料を呈示された。そのため、テリア・フィンランドでは代替措置として海外事業者のスイスコムと提携を結び、スイスコム−ソネラ間のローミング協定にのっとり、ソネラの900MHz帯網に乗り入れることとした(つまり、ソネラから見れば国際ローミングの形でテリア・フィンランドの携帯電話機が乗り入れてくることになる)。これは、フィンランドの携帯電話料金は世界的にも安い水準にあることから、ローミング時に課されるマークアップ(上乗せ)を考慮しても、それほど高くならないことに目を付けた「方便」である。

 これに気付いたソネラが1999年4月にスイスコムとのローミングを打ち切ったことから、騒ぎが大きくなった。紛争はフィンランドの規制機関に持ち込まれ、同年10月にソネラ、ラジオリニア両社の行いが反競争的であるとの裁定が下った。その後、テリア・フィンランドはラジオリニアとの間にローミング協定の締結で合意している。 なお、国内ローミングでネットワークをまたがる場合、一旦携帯電話機の電源を切って入れ直す必要があったが、テリア・デンマークが1999年9月から自動ローミングを提供している。

 
2枚のSIMを用いたデュアルバンド・サービス
 これはやや例外的な事例であるが、フィンランドのフィンネット・グループ(地域電話会社の連合体)が提供しているサービスに「2枚のSIMを用いたデュアルバンド・サービス」というのがある。前述のように通常のデュアルバンド・サービスではSIMは1枚で済み、よって契約も1契約、電話番号も1つであるが、このフィンランドのサービスでは契約は2契約、電話番号も2つと、形態的にはNTTドコモの「ドッチーモ」に類似している。
 このサービスの説明の前に、フィンランドの電気通信業界について理解する必要がある。フィンランドでは伝統的に、以下の2系列が電気通信サービスを提供してきた。

2社の提供サービス表

 このうち、フィンネット・グループは、ヘルシンキ・テレホン(HTC)などフィンランドの各地域毎に設立された地域電話会社46社の連合体から構成されている。フィンランドでユニークなのは、1,800MHz帯の周波数免許が既存900MHz帯事業者のソネラ、ラジオリニア以外に、地域電話会社であるフィンネット・グループにも割り当てられている点である。

 フィンネット・グループはこの1,800MHz帯の周波数を使用して、1997年から地域限定のサービス「シティホン」を提供している。このサービスは、使用エリアが限定される、ローミング機能がない(例えば、ヘルシンキで契約したものは他の都市では利用できない)代わりに非常に安い料金で提供されている(HTCの場合の通話料は FIM 0.45/分;ちなみに固定電話は FIM 0.49/7分)、といった特徴を持っている。つまり、携帯電話の技術・設備を使用した固定電話的なサービスと言える。電話番号についても、固定電話と同体系のものが付与されている。

 前述のようにフィンネット・グループはGSM事業者ラジオリニアの親会社でもあるが、提供当初この「シティホン」はラジオリニアのGSMサービスとは全く別個のサービスとして提供された。しかし、都市間の移動が多いユーザーにとっては、地域限定のシティホン(1,800MHz帯)と全国サービスのGSM(900MHz帯)の両方の携帯電話機を持ち歩くことは不便であったため、1台で2枚のSIM(つまり2つの回線契約/2つの電話番号)に対応する携帯電話機によって、この不便を解消しようとしたものである。複数のSIMに対応する、いわゆるデュアル・スロット型の携帯電話機の開発・製造には、フィンランドのメーカーであるベネフォン社が携わっている。

別々の網

 
3G/2Gローミング
 これまで見てきたように国内サービスとしてのデュアルバンド・サービスは、(1)1事業者が両方を提供して、人口密集地のトラヒックを緩和する、(2)新規参入の1,800MHz帯事業者がカバー・エリア補完のため、他社の900MHz帯網にローミングする、の2つの目的で提供されている。一方、2001年以降の商用化が予定されている第3世代携帯電話(3G)と現行の第2世代(2G)との関係についても、同じ議論が起こっている。3Gで使用されるW−CDMAはGSMの発展形とされているため、900MHz帯/1,800MHz帯の関係と同じ理論を適用してよいと見られている。

 特に問題となっているのは上記Aであり、これには欧州諸国で3Gの免許が既存事業者の数よりも多く発行されるという事情が背景がある。既存の事業者の場合は3Gの商用化にあたって自社の2G網とのデュアル・サービスによってエリアを補完したサービスが提供できるのに対し、新規参入者の場合はそれができない。この点について競争上不公平ではないかとの意見があり、それを改善するため、既存の2G事業者には新規参入の3G事業者からローミングを申し込まれればこれに応じる義務を課すべきではないかとの議論が起っている。

 この問題が顕在化したのが英国である。英国の規制機関であるオフテルは1999年7月23日に、3G免許を保有する事業者に対して、既存の2G事業者はローミングを提供する義務を負うとする決定を発表した。主要なポイントは以下の通りとなっている。

  1. ローミングは、3G事業者の人口カバー率が最低20%に達した時から提供する。
    これは、新規参入者が相当な投資を行ったとの判断に利用する指標である。

  2. ローミングの提供義務を2G事業者が負うのは、2009年12月31日まで。
    これは、3G事業者に2007年までの人口カバー率80%の達成義務が課せられることと関連する。
  3. ローミング協定によって、新規参入者は既存事業者のサービスを利用できる。
    オフテルは新規参入者が利用できる既存事業者のサービスを「テレサービス」と「ベアラ・サービス」とに分類している。テレサービスとは「ユーザーに必要な容量を提供する電気通信サービス」と定義されており、通常の音声、FAXおよびSMSがこれにあたる。一方のベアラ・サービスとは「あるアクセス・ポイント間で信号を伝送するのに必要な容量をユーザーに提供する電気通信サービス」と定義されており、回線交換データ通信や今後提供される予定のパケット通信(GPRS)がこれにあたる。一方、これ以外の特殊サービス、例えばインターネット・アクセスのようにネットワークではなくゲートウェイ側のサービスについては、このような義務の対象外としている。

  4. 両者の交渉がまとまらない場合は、オフテルが決定を下すこともありうる。
    既存事業者と新規参入者との間のローミング条件は、両者の交渉によることを原則とする。ただし、新規参入者とどの既存事業者との間でも交渉がまとまらない場合は、オフテルが最終的に決定を下すこともありうる。
 この発表に対しワン2ワンは、このような義務付けは同社に付与された2Gの免許条件に反するとして訴訟を提起した。同社は8月上旬の高等法院判決で一旦は勝訴したものの、10月14日の控訴裁判所判決では逆転敗訴している。

 上記のワン2ワンの主張のように、既存事業者へのローミング義務付けでまず問題となるのは、既存2Gでの免許条件である。そのため、電気通信に関する政策機関である貿易産業省(DTI)は10月8日、ボーダホンおよびBTセルネットとの間で、ローミング提供義務に関する免許条件の一部を修正することで合意している。ボーダホンとBTセルネットが自社に不利になるローミング義務付けに合意したのは、議論が長引くことによって3G免許の付与自体が遅れることを懸念したためである。

 英国での議論を受けて他の欧州諸国でも、新規参入の3G事業者−既存の2G事業者間のローミングについての議論が活発になってきている。例えばフランスやスウェーデンでは、英国と同じように3G免許が既存の2G事業者数より1つ多い4社に割り当てられることになっているが、既存事業者による新規参入者へのローミング義務付けが諮問文書に盛り込まれている(スウェーデンについては法制化が予定されている;別稿を参照)。一方ドイツでは、現在フィアク・インターコムとT−モビルとの間で行われているローミングが交渉ベースで実施されていることから、ローミング義務付けについては否定的な模様である。

 

正垣 学

(入稿:2000.5)


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