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ブロードバンドフューチャー
2001年4月掲載

ブロードバンドの意義と市場構造

 昨年来日本でも新興のADSL事業者やFTTH事業者が台頭したことで、NTTグループを巻き込んだ競争が急激にペースアップし、メディアが挙って特集号として取り上げるなど“ブロードバンドバブル”とも呼べそうな熱狂を引き起こしている。“Broadband Future”第1回の今回は、こうしたブロードバンドの意義と市場構造について言及し、このビジネスに関わる全ての方々に各々の“ブロードバンドビジョン”を確立していただくための問題提起としたい。次号以降は弊社リサーチャーの杉本幸太郎と交替で、個別領域にフォーカスした分析を行って行きたい。

■日米における普及率

 普及率という数値は前提条件や調査手法によって大きな幅が出てしまうため、正解と呼べるものは存在しないが、全体のトレンドを見る上では重要な指標となる。2000年末時点におけるインターネット世帯普及率では、日本が30%台中盤から後半、米国がおよそ50%と見られている。一方ブロードバンド世帯普及率(一般的にはISDNよりも高速な回線と解釈されている)は、日本で1%台、米国でも5%程度と考えられる。インターネット先進国と言われている米国でも実はユーザの大多数はまだダイヤルアップ回線を使っているのである。ブロードバンドの内訳を見ると、日本ではCATVインターネット利用者が62万人(2000年12月)、ADSL利用者が3万4,000人(2001年2月)、米国ではCATVが400万程度、DSLが200万人程度(2000年12月)となっている。

■ブロードバンドの意義

 アルビン・トフラーが1980年に著した「第三の波」は、21世紀を迎えた現在の世界が置かれている状況を的確に説明している。つまり、極大化から適正規模へ、集中化から分散化へ、集権化から権限委譲へ、同時化からフレックスタイムへ、密室性から情報開示へ、マスメディアからニッチメディアへという社会の流れが一層明らかになっているのである。そしてこれらを本格的に促進する決定的なツールこそが、“ブロードバンド”であると考える。ブロードバンドはインターネットが本来もっていた強大な影響力を顕在化させ、現代社会の下部構造を根底から揺り動かすことになるだろう。

■ブロードバンドのアプリケーション

 ブロードバンド(または常時接続)によってにわかに注目を集めるようになった象徴的なアプリケーションとして「ストリーミング」「ピアツーピア」「リモートオフィス」などが挙げられる。

 ストリーミングではこれまでマッチ箱大でほとんど実用に耐えなかった映像配信が現実的なビジネスとして認知され始め、活況を呈している。ストリーミングの意義は、マスメディアや実体験の補完ツールとして、過大な制作コストをかけることなく、より個人の好みに特化した詳細な情報を提供することにあると考える。その意味で従来型マスメディアが衰退すると考えるのは早計であり、マスメディアの発展系として理解する必要があるかもしれない(最近某誌において“マスメディアは衰退する”旨の私のコメントが誤って掲載されたので、特にここは強調しておきたい)。また企業や個人など、誰もが自ら放送局になれるということも大きなインパクトである。こうした従来の枠組にとらわれない放送局は、ブロードバンドがもたらす究極のニッチメディアである。

 ピアツーピアは中央管理サーバや仲介者の権限を無力化させ、直接エンドユーザ同士が結びつくという大きなパラダイム転換をもたらす技術である。このカウンターカルチャー的なコンセプトは、特にインターネット黎明期を支えてきた国内外のスタートアップ起業家を中心に熱狂をもって迎えられている。しかしナップスターの係争に見られるように、現時点では著作権保有者の利益とユーザの利便性向上を同時に満たすビジネスモデルが確立できていないことや、ユーザ端末のセキュリティホールなどマイナスイメージを払拭しきれていないことも事実である。常時接続回線の普及によって全ての端末が常に“オンライン”という状況が実現すれば、様々なプロセスで正負両面の大きな影響を与えることは必至であろう。

 インターネットがビジネスツールとして不可欠なものとなった現在においては、リモートオフィスもブロードバンドなしには実現しないアプリケーションと言える。特に我々のような調査・研究職など、場所の制約にあまり依存しない職種においては、生産性を向上させる切り札となり得る。米国では既に労働人口の15%に当る1,900万人が、平日に在宅勤務を行っていると言う。在宅勤務を採用している企業の経営側は、高価な都心のオフィススペースや社員の通勤を減らすことによるコスト削減効果、あるいは環境対策として有効性を認識している。日本でも最近オフィスの空きスペースを利用したITレンタルオフィスがいくつか見られるようになっており、ブロードバンドの進展とともに今後注目を集めるようになるだろう(当然のことながら、リモートオフィスには音声や映像を伴った安価なネットミーティングツールが不可欠なアプリケーションとなる)。こうしたワークスタイルの変化は、地域経済の振興や地域コミュニティの活性化を通して、ライフスタイル自体を大きく転換させる可能性も秘めている。

■超情報化社会がもたらすカオス

 しかしこうした大いなる利便性の一方で、人間が情報の嵐に飲みこまれ、かえってストレスの増大と生産性の低下を招く恐れも懸念される。こうした超情報化社会においては、自分自身で情報の価値を瞬時に判断し、取捨選択できる能力が最も重要な要素の一つとなる。情報をコントロールできる人とできない人の間に大きな溝が生まれ、二極分化が進む可能性が高い。またこれからの社会の課題が“いかに情報の量を減らすか”という方向にあるとすれば、ピアツーピアの逆説として、ポータルやエージェント機能が一層重要性を増すことになるだろう。

■インターネットバブル

 2000年初頭から米国でIT関連株の暴落をもたらしたいわゆる“インターネットバブル”の大きな要因のひとつは、評価指標としてPER(株価収益率)ではなくPSR(株価売上高倍率)が用いられたように、それまで企業の過去の収益や有形資産の価値に基づいて判断されていた株価が、企業の“将来の”収益力や知的所有権などの無形資産を用いるようになった点にあった。つまり現在は赤字であるにも関わらず、将来の莫大な収益予測のもとに、ファンダメンタルズ以上の高株価が形成されていたのである。しかし結局ほとんどのインターネット企業、中でもBtoCの電子商取引やコンテンツプロバイダーの多くが利益を生み出すことなく淘汰されていった。売上自体の停滞だけでなく、売上の伸びに比べてコスト構造がフラットにならなかったことも大きな誤算となった。最近でも、広告モデルを軸とする無料インターネットビジネスの多くが行き詰まりを経験している。

 米国では無料ISPや無料オンラインストレージ事業者の間で、サービス撤退や一部有料化の動きが目立つようになっている。Microsoftが最近発表した“HailStorm”というコンセプトもインターネット上での有料ビジネスを模索する試みと言える。またコンテンツプロバイダーではNew York Timesがオンライン版のレイアウトを紙媒体と同様にし、新聞購読料と同程度の料金を設定したことなどもその一例である。しかしこれを嫌気して多くのユーザが利用を止めてしまえば事業そのものが成り立たなくなってしまうため、消費者に課金することは大きなリスクを伴う。

■ブロードバンドビジネスへの期待

 従来型マスメディアの収益基盤は大きく二つに分けられる。ひとつは地上波放送局が収益のほとんどを依存する広告収入であり、もうひとつは衛星やケーブル等の多チャンネル放送が設定している視聴料収入である。将来的にはテレビが双方向性を備えることで、いわゆる“Tコマース”の比率が三つ目の柱に成長するものと期待されている。

 インターネット市場ではこれまで大手ISPが接続料で安定的な収益基盤を確立する一方、ポータルサイトなどの情報提供事業者は視聴率の高さを追求した広告モデルを推進していた。電通発表資料によると、2000年のインターネット広告費は前年比244.8%増の590億円と順調な伸びを示しており、情報通信、金融保険業界を中心に今後も成長が見込まれると言う。しかし広告費全体に占める比率はまだ1%に過ぎず、マスコミ4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の65%に比べるとごく僅かな割合に留まっている。大手サイトへの出稿集中化傾向は益々強まっているが、今後ストリーミング映像を活用したマーケティング効果が認知されるようになれば、市場拡大の余地は更に大きくなるだろう。双方向TV広告を提供する米レスポンドTVによると、映像を使った広告のクリックスルーレートが22%に達したというモニター実験結果もある(一般的なバナー広告のクリックスルーレートは0.2〜0.5%と言われている)。最初は物珍しさも手伝っているだけにこの数値を鵜呑みにするわけにはいかないが、インターネット広告やeコマースサービスに大きな影響を与える手法として今後採用するウェブサイトが急増するだろう。ニッチサイトでは従来型のマス広告は成立しないが、特定分野により関心の高い顧客層に訴求できるという意味で費用対効果が高いため、特定分野における認知度でトップシェアを目指す戦略が有効になる。

 有料コンテンツビジネスの現状は、メディアの盛り上がりにも関わらずあまり芳しくない。(詳細については、インプレス社のインターネットマガジン4月号“ストリーミング白書2001”第1章“ビジネスモデル”をご参照いただきたい)しかしブロードバンドによってディスプレイいっぱいの画面サイズで、テレビ並みの映像が視聴できるようになれば、既存メディアの一部リソースシフトが起こることは想像に難くない。テレビ並みの品質を確保するために必要な帯域は4Mbps程度と言われており、FTTHの実効スループット次第ではいよいよこうした領域に到達することになる。レンタルビデオなどの既存流通網を一部バイパスするものだけでなく、テレビ番組の舞台裏や出演者コメントのオンデマンド配信、個人の関心によりフォーカスした番組(例えばこれまでは嫌いなアーティストでも10位から1位まで受動的に全ての映像を視聴せざるを得なかった音楽のヒットチャートで、自分の好みのアーティストだけをピックアップして楽しむというような手法)などは受け入れられる可能性があるかもしれない。

■ブロードバンド普及の阻害要因

 順調な伸びが期待できるように見えるブロードバンド市場ではあるが、欧米では進展に水を差すような現象も顕在化してきている。米国で1999年以来ブロードバンド市場を活性化するニューカマーとして大きな注目を集めてきたデータCLECと呼ばれるDSL事業者が軒並み困難に直面しているのである。2001年3月にはNorth Point Communicationsが遂にサービス停止に追い込まれ、それまでに契約していた約10万人の顧客は直ちに他のISPに移行せざるを得ない状況となっている。更に昨年秋にはRBOC(既存地域通信事業者)のSBCがDSL月額料金を40ドルから50ドルに値上げするなど、ブロードバンドの一般家庭への普及にブレーキがかかりそうな状況なのである。

 一方欧州でも、ドイツテレコム傘下のISPであるTオンラインや、フランステレコム傘下のワナドゥーが定額サービスを取り止めるなど、キャリア、ISPの収益性が非常に厳しくなっていることを示している(現在欧州のISPで完全な定額料金制が見られるのは英国だけと言われている)。またIMT2000に関わるキャリアの免許料取得負担も、次世代モバイルインターネットにおける大きな普及阻害要因である。

 翻って日本では、ISP大手のBIGLOBEが2001年度の事業戦略として、これまで収益の65%を依存してきたISP接続料の比率を下げ、2002年度には付加サービスを55%にまで高める方針を発表した。So-netも同様の意向を示しているが、こうした動きは、欧州同様に日本でも競争の激化が事業者を疲弊させ、ISP利用料によるビジネスが岐路に立たされていることを示唆している。またキャリアビジネスにおいては、ユーズコミュニケーションズの積極的な事業展開により、競争のフェーズがCATVやDSLを一足飛びに超えて10Mbpsから100MbpsへというFTTH時代を迎えようとしている。しかしこうしたサービスの標準料金が、同社の設定するような5,000円程度の定額料金となれば、利用者にとってのコストパフォーマンスが飛躍的に向上する反面、事業者の収益性という面で欧米の危機的な状況が脳裏をよぎるのもまた事実である。アプリケーションなどの利用環境が整う前の段階で、無節操に「もっと速く、もっと安く」を追求するユーザやメディアのプレッシャーは、かえって事業者間競争を阻害し、普及を遅らせる可能性があることを十分認識すべきであろう。

■各々のブロードバンドビジョン確立が不可欠

 米国では小学校の3、4年生から生徒に未来の社会を想像させ、これでいいのかを自問自答させる「未来学」の授業が行われている。これによって満足のいく人生を送るためには今何をしておくべきなのかを一人一人に考えさせるのだと言う。今我々に最も必要なのはまさにこうした未来学的視点ではないだろうか。実体のないビジネスモデルの先延ばしや流言飛語に踊らされることなく、自らのポリシーに基づいた“Broadband Future”を推進する。かつて人類が経験したことのない“第三の波”という時代に、この業界に携わる人間として、常に念頭に置いておきたい感覚である。
通信事業研究グループ 宗岡 亮介

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