2004年9月号(通巻186号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

携帯電話端末の最新トレンド

 NTTドコモが2004年7月にスタートさせた「おサイフケータイ iモードフェリカ」サービスは、携帯電話機に非接触式ICチップを内蔵し、決済など種々なサービスを提供しようというものだ。プリペイド式電子マネー(Edy)をはじめ、クレジットカード、キャッシュカード、交通機関やイベントのチケット、ビルの入退出管理などへの活用が予定されている。市場に飽和感が強まる中で競争相手に追い上げられ、差別化とブランドイメージの再強化を迫られたドコモが、コンテンツサービスではすでに差別化が難しい、としての打ち出した新戦略だ。

 ドコモは今後、主力となるFOMAで、この「おサイフケータイ」を標準機能とする方針である。携帯電話は常に個人が持ち歩くものであることに着目して、決済機能やポイントサービスなど非通信サービスを提供し(非通信サービスによる差別化が特徴)、端末に個人情報を取り込んでおけば、ユーザーは他社のサービスに容易に乗り換えることはできず、顧客の囲い込みに大きな効果を発揮できると期待している。先進地域における市場の飽和感の高まりを反映して、携帯電話に各種の新機能を取り込んで差別化を図る例が目立つている。以下にいくつかの例を報告する。

■HPとT−モバイルUSAのWi−Fiと携帯電話のデータ融合戦略

 本誌2004年8月号でT−モバイルUSAのWi−Fi戦略を紹介した。米国第5位の携帯電話会社である同社は、全米のキンコーズ、ボーダーズ・ブックストア、スターバックス、主要ホテル、空港、および大学などに4,800ものWi−Fiホットスポットを設置済みであり、現在でも増設を続けている。しかし、従来は携帯電話によるデータ通信とWi−Fiは別個のサービスとして提供されており、T−モバイルUSAの顧客がWi−Fi を利用する場合には、割引の特典が与えられるだけだった。一方、T−モバイルUKは2004年7月末から英国で、第3世代携帯電話のWCDMAによるデータ・サービスとWi−Fiを統合したデータ・カードの提供を開始している。

 T−モバイルUSAとヒューレット・パッカード(HP)は去る2004年7月26日に、Wi−Fiと携帯電話(この場合はGSM/GPRS)のデータ・サービスをシームレスに利用できる世界最初の携帯電話端末を2004年9月に発売すると発表した。一見、HPの一連のiPaq製品に見えるこの新端末「HP iPaq h6315 Pocket PC」には、親指だけで操作できる着脱可能なキーボードが装着できる。この「iPaq h6315」は携帯電話による音声サービスも利用可能で、同社のiPaq製品としてはデータと音声を組み合わせた初の製品である。「ipaq h6315」はT−モバイルUSAを通じて499ドル(100ドルの特別割引を含む)で販売される。HPの説明によると、米国におけるスマートフォン市場は年率50〜100%で成長が期待できるという。

<HP iPac h6315 Pocket PC > 「iPaq Pocket PC h6300」シリーズは、GSM/GPRS、Wi−Fi(802.11b)、およびブルートゥース(ヘッドセット、プリンター、GPSナビゲーション・システムなどとの接続を想定している)の4つの無線バンドをサポートし、音声とハンドヘルドPCを一体化させた米国内向けのHP社初の製品群である。「iPaq h6315」はT−モバイルUSA向け製品であり、SMSテキスト・メッセ−ジング、電子メール、MMS(マルチメディア通信機能)をサポートするほか3.5インチのカラー・スクリーンを装備し、64MBのメモリーとMP3プレーヤー、カメラを内蔵している(重さは170g)。欧州モデルの「iPaq h6340」シリーズは、モバイル・プロフェッショナルをターゲットに、9月中旬以降、699ユーロで販売する計画である。

 HPはこの「iPaq h6300シリーズ」を「スマートフォン」と称するのを意識的に避けている。h6300シリーズは、依然としてデータに絞り込んだ無線ハンドヘルドであり、音声中心の端末ではないからだ。h6300シリーズはマイクロソフトの「Windows Mobile Phone Edition」をOSに使っており、企業のコンピュータ・システムと容易に同調できる。モバイル電子メールは当初企業などに着信したのを閲覧するだけだが、今後は「MS Exchange 2003」を搭載して直接発信も可能にすることを検討中だという。同社によれば、現時点で企業ユーザーは、無線端末から企業のデータにアクセスしすることは望んでいるが、モバイル電子メールの発信を望んでいるわけではないので、さらに評価が必要だと考えているからだ。現時点でHPはハンドヘルドに集中しているが、音声中心の「スマートフォン」分野への多様化の可能性も否定しないと発言している。その場合はOSプラットフォームにシンビアンを使うことも視野に入れているという。

(注)T-Mobile USA,H-P roll out Wi-Fi web phone(The Wall Street Journal online /July 26,2004) H-P unveils new iPAQ with voice,WiFi(totaltele.com / 26 July 2004)

■モトローラの携帯電話とWi−Fiの融合戦略

 携帯電話機の生産で世界第2位のモトローラも、新CEOの「シームレス・モビリティー」に集中する戦略に沿って、広域サービスのGSMセルラー技術とサービス範囲の狭いWi−Fi技術を一体化した新携帯電話機「CN620」を発表した。従来シスコ・システムズなどが提供していた750ドルもするWi−Fi電話機は、到達距離の比較的短いWi−Fi信号を受信できなくなれば利用が出来なくなるというものだった。そのため利用者は、Wi−Fi電話のほかに携帯電話を携行する必要があり、魅力に欠けていた。モトローラの新製品は、Wi−Fiのホットスポットの受信圏外となった場合、電話(VoIP)もデータもGSM網に自動的かつシームレスにハンド・オーバーされる(その逆も同様)ので、一台の携帯電話で済む。モトローラは当面ビジネス向けに的を絞る考えだが、家庭用ユーザーの住居内でも利用できる技術を開発して、利用者が何処にいてもワン・ナンバーで電話を利用できるようにする考えだ。

 モトローラは、現在この新端末(通常の折り畳み型携帯電話のように見える。)の最終調整に努めており、2004年の第4四半期には市場に登場する予定である。また、「CN620」はWi−Fiネットワーク上で4桁のダイヤルによる同一事業所内の通話が可能であり、複数の相手をボタン操作で呼び出し同時に通話ができる「プッシュ・ツー・トーク(PTT)」も利用できる。同社によれば新端末の価格は、他のハイエンド端末と同程度の価格の400〜500ドルを予定している。また、「CN620」はProxim社のWi−Fiアクセス・ポイントの装置に対応するように設計されている。なお、「CN620」は特定の携帯電話会社に独占的に提供される端末ではなく、米国でGSM技術を使っている全国事業者のシンギュラー、AT&Tワイヤレス、およびT−モバイルUSAの3社が、すでに「CN620」のテストを開始しているという。

  しかし、このような端末が広く利用されるためには、解決を要する多くの問題がある。その一つはバッテリーである。Wi−Fiを利用する場合は、携帯電話よりも多くの電力を消費する。モトローラの新端末「CN620」は、Wi−Fiで通話する場合、バッテリーは約2.5〜3時間しかもたない。通常のGSM端末では4〜5時間の通話が可能である。それに、通信産業の幹部の中には、Wi−Fiホットスポットから広域のセルラー網にシームレスにハンド・オーバーできるかどうかに、疑念を持っている人達がいる(「CN620」の試験では、ネットワークが切り替わった時にビーという音が入る)。また、このようなネットワークの切り替えによって複雑な課金の問題が起きる可能性もある。Wi−Fiの認証システムはつぎはぎだらけで、企業向け通信として利用するには不安だという説も根強い。

(注)Motorola unveils new phone combining GSM and WI-Fi (The Wall StreetJournal online / July 27 2004)

 しかし、前掲のウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、これは携帯電話の利用時間を減少させ、Wi−Fi(無線インターネット)を利用する格安の電話(VoIP)とデータに置き換える「水門」を開くことになるだろうという。また、このような新製品の出現は、市場への影響力が電話会社から、インターネットに接続する機器を提供するモトローラやシスコなどの設備メーカーに移行するという通信産業における大変革の前兆であると指摘している。無線の機能がより多くデバイスに組み込まれることになり、利用者の無線に対する接続を携帯電話会社が制約することが困難になるからである。

 また、モトローラとNTTドコモは共同で、日本から海外に渡航するビジネスマン向けに、GSMとコンパチブルなFOMA端末を開発し、2005年の早い時期にに発売すると2004年8月25日に発表した。このモトローラ社製FOMA端末には標準のウェブ・ページ(iモードのコンパクトHTLMではない)を表示するブラウザーが搭載されるというので話題になっている。

■アップルとモトローラによる携帯電話のiPod化戦略

  昨年あたりから、全世界的に有料で合法的な音楽配信サービスが本格化する動きがでてきた。米国のアップル・コンピュータが2001年11月に売り出した、小形ハード・ディスク・ドライブ(HDD)を内蔵した携帯型デジタル音楽プレーヤー「iPod」がヒットしたことが原動力になっている。「iPod」は、同社の専用音楽配信サービス「iTunes Music Store」からインターネットを経由して(最近におけるブロードバンドの普及も追い風になった)パソコンに取り込んだ楽曲(1曲99セント)を聞くためのプレーヤーである。楽曲をこれに転送するだけでよく、CDやMDを入れ替える手間がかからず、大量の楽曲を蓄積できるにもかかわらず小形軽量で持ち運びが簡単なため、世界で400万台以上も売れる空前のヒットになった。「iTunesオンライン・ミュージック・ストア(2003年4月開設)」経由で販売した楽曲も1億を超えている。

 アップルはモトローラの携帯電話にインストールするスリム版の「iTunes jukebox」ソフトウエア を開発して提供し、モトローラはこれを搭載する携帯電話端末を2005年の上半期に販売すると2004年7月26日に発表した。モトローラのザンダー新CEOは同社の年次アナリスト集会で、モトローラの携帯電話機とアップルの「iPodミュージック・プレーヤー」を手にかざして「我々がこの二つのデバイスを融合させる道を示すことができれば、それは素晴らしいことだ。」と強調した。テレビ会議で参加したアップルのスティーブ・ジョブズCEOも「あなたの気に入った1ダースもの曲を携帯電話機で持ち運ぶことができれば、何と素晴らしいことか。モトローラとアップルが協力して、デジタル音楽革命が何であるかその一端を利用者に経験して貰うことができれば、それもまた素晴らしい。」と応じ

(注)Apple to make music player for Motorola phones (washingtonpost.com / July 26,2004)

 携帯電話への楽曲の転送は、Macもしくはウインドウズ PCの利用者が一旦、PCにダウンロードした楽曲を「iTunes jukebox」ソフトウエアで携帯電話機に転送するか、または「iTunes ミュージック・ストア」から直接携帯電話機内のメモリーにダウンロードすることが可能になる。携帯電話機にはこれらのソフトウエアを統合してスリム化したスペシャル・バージョンのソフト(注)を搭載する。

(注)これらのソフトの中で最も重要なのが著作権管理のソフトであるDRM(Digital-Rights Management system)であり、アップルはモトローラにDRMの最初のライセンス供与を行った。なお、iTunesミュージック・ストアによる楽曲の販売は、米国における合法的な販売の70%を占める。(Apple and Motorola:A smart duet / BusinessWeek online August 5,2004)

 当面、携帯電話機に収録可能な曲数は数十曲程度とみられており、「iPodミニ」でも1,000曲を収録できることを考えれば、「iPod」と競合する可能性は小さいだろう。むしろ、携帯電話機で「iPod」の魅力の一端を経験した利用者が、本核的な「iPod」を購入する契機となるのではないか。しかし、携帯電話機からの「iTunesミュージック・ストア」へのかなりのアクセス増加が期待できそうだ。一方、モトローラは「iPod」を搭載した携帯電話の販売増を、また、携帯電話会社は楽曲のダウンロードにともなう通信料の増加が期待でき、双方にメリットのある提携といえる。

 携帯電話機生産第1位のノキアは、去る8月9日に米国の新興企業のLoudeyeと提携して、携帯電話機に楽曲をダウンロードする技術の開発を開始すると発表した。成功すればアップル/モトローラ連合の対抗勢力になり得るが、現時点での評価は難しい。

(注) For Nokia,there’s music in the air (BusinessWeek online / August 11,2004)

 インターネットの音声/画像再生ソフト大手の米国のリアルネットワークスは、9月前半までの「フリーダム・オブ・チョイス」 と銘打った期日限定キャンペーンで、通常の半額にあたる1曲49セントの格安音楽配信サービスを開始した。これが、音楽配信サービスの本格的競争の幕明けになるかどうかはよく分からない。

■「プッシュ・ツー・トーク」の拡大

 ボタンの操作だけで個人あるいは複数の相手と通話できる携帯電話サービス「プッシュ・ツー・トーク(PTT)」が広がっている。米国の携帯電話会社ネクステルが初めて導入したPTTサービスは、現在、米国のベライゾン・ワイヤレス、スプリントなども導入を開始している。サービスの拡大にともない、PTTに関する新技術や新端末が発表されている。従来は、工事現場やトラックやタクシーのドライバーなどで利用されていたが、最近では若者、同好会のメンバーなどの個人やビジネスなどで広く利用されるようになった。

 携帯電話機生産第4位のドイツのシーメンスは去る2004年8月18日に、PTT技術と同規格で、VoIPアプリケーション「IPマルチメディア・サブシステム(IMS)」を利用した「プッシュ・アンド・トーク(PaT)」対応の同社初の携帯電話を発表した。新機種名は「CX70」で2004年第4四半期に発売を予定している。この機種はIMS搭載のため、携帯端末間のIP接続が可能である。さらに、第3世代携帯電話の標準「3GPP」に対応しており、GPRSネットワークにも統合可能である。また、IMSは動画伝送やチャット機能のインスタント・メッセ−ジングやゲームなどのサービスを制御する機能を果すという。

 世界第2位の携帯電話メーカーのモトローラは、従来からネクステル向けにPTT対応端末を供給しているが、新たにベライゾン・ワイヤレス向けにPTT対応の携帯電話端末「V60p」を提供している。同社は2004年5月に、PTTの機能を異なるネットワークでも利用できる技術「クロス・テクノロジーPoC」を発表した。この技術はGSM/GPRS、cdma2000 1x、Wi−Fiに対応し、自社内、他社間のPTT利用者を相互接続することを可能にする。同社はすでに世界18の国と地域でPoCの契約を締結している(5月末現在)という。

 世界最大の携帯電話メーカーのノキアも、2003年11月にGSM方式のPTT対応携帯電話機「5140」を発表し、その後もラインアップを強化してい

(注)携帯電話サービス プッシュ・ツー・トークが拡大(電波新聞 2004.8.20)を参考にしました。

■ソフトバンクBBの融合戦略に注目

 ソフトバンクBBは現在、同社が参入を目指すTD−CDMA方式の携帯電話端末をWi−Fi端末としても使える新型の携帯電話機の開発を、米国の新興企業のIPワイヤレスと共同で進めている。年内にも試作機を開発する予定である。狙いは、ヤフーBBのWi−Fi機能付きADSLモデムとの連動と見られている。435万世帯に達した(2004年7月末)ヤフーBBの加入者の宅内では、携帯電話端末はWi−Fiモードとなり、ADSLモデムを経由して格安の(BBフォン契約者相互は無料)BBフォン(IP電話)が利用できるコードレス電話機になる。

  また、ヤフーBBが展開するWi−Fiのホットスポットでも、この新携帯電話端末やラップトップPCからBBフォンやブロードバンドのデータ通信が利用できる。このような有線と無線、固定と移動通信の融合が進めば、ヤフーBBの利用者はNTT東西の加入電話契約を解約し(大都市の月額基本料:事務用2,600円、住宅用1,750円。この他にADSL回線共用料金160円程度 税別以下同じ)、ドライカッパー(月額1,400円程度)への切り替えが可能になる。こうした固定と携帯の融合サービスは、差別化による顧客の囲い込みにも有利に働くし、同社が買収した日本テレコムの固定通信の顧客ベース(約600万)と資産が有効に活用されるメリットもある。

(注)ケータイ戦線 異常アリ!(週刊東洋経済 2004.8.21)
既存の通信事業者にとっても、有線と無線、固定と移動通信の融合がもたらすインパクトは無視できない段階に来ているのではないか。慎重に評価して将来の戦略に備える必要がりそうだ。

特別研究員 本間 雅雄
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