2013年5月23日掲載

2013年4月号(通巻289号)

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サービス関連(無線:ワイヤレス)

主要プレイヤーが揃ってきたワイヤレス給電〜Qiに続く方式はどれか

本誌2012年11月号記事「ワイヤレス充電の本命となるか?「Qi(チー)」」、2013年1月号記事「ワイヤレス充電のもう一つの形〜アップルの特許出願から」など、筆者はこれまでワイヤレス充電・給電(以下、ワイヤレス給電)の動向を追いかけてきた。

ワイヤレス給電はいくつかの方式が考案され、標準化や製品開発が進められているが、歴史の長さと製品数から、現状では「Qi」が先行している感がある。しかし、Qi以外の方式も研究開発が進み、企業がアライアンスを結成して標準化と製品開発に取り組み始めている。

本稿では最近のワイヤレス給電に関して、アライアンスの動向、技術方式、まだアライアンスになっていないが興味深い技術を紹介し、今後の展開を考察する。

ワイヤレス給電のアライアンス

QiとWPC

Qiと、Qiを策定するアライアンス「Wireless Power Consortium(WPC)」については上述の本誌2012年11月号記事でも紹介したので、ここでは簡単なおさらいと情報の更新にとどめる。

  • Qiの最大の特徴は「フリーポジション」で、充電する機器を充電パッドの上に適当に置いても、充
     電パッド側で磁石や可動コイル、コイルアレイを用いて適切に位置合わせをしてくれる(図1)。
  • WPCは2008年12月に、世界の充電池関連企業8社をメンバーとして発足した。2013年4月現在、メンバー企業は138社に上る。
  • Qi規格は2010年5月に初めて策定された。現行の規格は5Wまで電力供給が可能な「Volume 1 Low Power」で、最新版は2012年7月制定のバージョン1.1.1。

【図1】Qiで規定される「フリーポジション」の実現方法
(本誌2012年11月号より再掲、一部文言修正)

図1】Qiで規定される「フリーポジション」の実現方法(本誌2012年11月号より再掲、一部文言修正)

(出典:WPCサイトより「テクノロジーの概要」http://www.wirelesspowerconsortium.com/jp/technology/how-it-works.html)

WiPowerとA4WP

QualcommとSamsungは2012年5月、ワイヤレス給電の国際規格を策定するための標準化団体「Alliance for Wireless Power(A4WP)」を発足させた(図2)。設立メンバーはQualcomm、Samsungを含む7社で、2013年4月現在はSK Telecom、 Broadcom、 Haier等34社がメンバーとして参加している。

【図2】A4WP Webサイト (http://www.a4wp.org/)

【図2】A4WP Webサイト (http://www.a4wp.org/)

A4WPが推進しているワイヤレス給電方式は、Qualcommが開発した「WiPower」で、基本的な技術方式はQiと異なる「磁界共鳴方式」を採用している。給電用コイルの周辺に、Qiよりも広範囲の磁界を形成することによって、給電用コイルと充電する機器との距離が50mm程度まで離れても充電できるとしている。

PMA

2012年3月、家庭用品を手広く扱うP&Gと、ワイヤレス給電機器のPowermat Technologiesによって、「Power Matters Alliance(PMA)」がIEEE標準化部会(IEEE−SA)の内部組織として設立された(次ページ図3)。2013年4月現在のメンバー企業は、P&GとPowermat Technologiesを含む57社。P&Gは、日本では洗剤やシャンプーのイメージが強いが、乾電池のDuracellを傘下に収めており、他事業とのシナジーを見込んでPMAの設立に参加したと考えられる。

今のところ、PMAでは、Powermat Technologiesが開発したSDカード大の給電受信デバイス「WiCC」(次ページ図4)用の物理・論理インタフェース、および信号プロトコルの2点が規格として公開されている(規格の入手にはPMAメンバー参加が必要)。WiCCはDuracellブランドで販売されているワイヤレス給電システム「Duracell Powermat」(次ページ図5)で利用できるため、PMAが標準化を目指す技術内容はDuracell Powermatと同内容、または上位互換と推測される。

Powermat Technologiesが保有する特許(米国特許8,188,619)の内容から、Duracell Powermatと  PMAが用いている給電技術は電磁誘導方式と判明している。過去の製品では磁石を用いて位置合わせを行っていたが、現在の製品、およびPMAの規格では位置合わせの制約が緩和されたかどうか不明だ。

【図3】PMA Webサイト (http://www.powermatters.org/)

【図3】PMA Webサイト (http://www.powermatters.org/)

【図4】WiCCカード

【図4】WiCCカード

(出典:http://powermat.com/solutions/wicc/)

【図5】Duracell Powermat(下の充電パッド)

【図5】Duracell Powermat(下の充電パッド)

(出典:http://www.duracellpowermat.com/powermat/index.html)

日本での動き

日本国内でも2013年3月、村田製作所、京都大学、同志社大学を中心に、ワイヤレス給電の標準化・実用化を推進するための団体「ワイヤレス パワーマネジメント コンソーシアム(WPMC)」を設立した。これはNPO法人「新共創産業技術支援機構(ITAC)」内に置かれていたワイヤレス・パワーマネジメント研究会から発展したもので、産学協同で日本方式のワイヤレス給電規格を策定しようというものだ。

WPMCが採用するワイヤレス給電方式は、村田製作所が研究を進めている「直流共鳴方式」というものだ(次ページ図6)。これは同社が研究していた「磁界共鳴方式」において、共振回路を励振させる電気信号を高周波交流から高速にスイッチングする直流に変更したもので、磁界共鳴方式に比べ回路構成がシンプルで、小型軽量のシステムが実現できるとしている。

なお、村田製作所は様々なワイヤレス給電方式を研究開発しており、これまで挙げた方式とは異なる  「電界結合方式」を用いたワイヤレス給電モジュールを搭載したiPad2用の充電装置が日立マクセルから市販されている(図7)。

【図6】直流共鳴方式によるワイヤレス給電のデモ

【図6】直流共鳴方式によるワイヤレス給電のデモ

(出典:村田製作所プレスリリースhttp://www.murata.co.jp/new/news_release/2013/0328/index.html)

【図7】iPad2用ワイヤレス充電装置

【図7】iPad2用ワイヤレス充電装置

(出典:http://www.maxell.co.jp/ air_ipad/howto.html)

各方式の技術内容

ここまで、ワイヤレス給電の方式として「電磁誘導方式」「磁界共鳴方式」「直流共鳴方式」「電界結合方式」の4方式が登場した。これらの方式について、技術内容と各々の差異を簡単に説明する。

電磁誘導方式

近接した2つのコイルの片方(給電側)に時間変化する電流(例えば交流)を流すと、コイルの周囲に発生する磁界の影響で、もう片方のコイル(受電側)に誘導電流が発生する、有名な電磁誘導の法則を利用した方式。図8は、Qiにおけるコイル形状と配置を表している。図8において、給電効率を高めるには受電側コイルの配置が重要で、発生する磁界の磁力線(図8の矢印B)が受電側コイルのループ内をできるだけ多く通るように配置する必要がある。すなわち、受電側コイルは給電側コイルと同軸上で、できるだけ近接して配置されるように装置を設計しなければならない。そのため、Qiでは図1に示した手法で給電側と受電側の位置合わせを行うよう仕様化されている。

【図8】電磁誘導方式
(本誌2012年11月号より再掲、文言修正)

【図6】直流共鳴方式によるワイヤレス給電のデモ

(出典:WPCサイトより「電磁誘導電力伝送の基本原理」http://www.wirelesspowerconsortium.com/jp/technology/basic-principle-of-inductive-power-transmission.html)

Qiでは給電側コイルのサイズを外径50〜70mm程度と小さくしているため、十分に強い磁界を発生できる範囲が狭く、受電側コイルの位置合わせがシビアになる。Powermat Technologiesの方式では、前述のように過去の製品では磁石による位置合わせを行っており、Qiと同様に位置合わせがシビアだったことがわかる。但し、現在の製品、およびPMA規格では技術が進んで位置合わせの制約が緩和されている可能性がある。

磁界共鳴方式

磁界共鳴方式は、給電側・受電側両方に共振回路を用いて、給電側から発生させた電磁界に受電側を「共鳴」させることで電力を伝送するという仕組みだ。19世紀に電磁波が発見されたときのHertzによる火花放電実験をイメージするとよいだろう。回路の一例を図9に示す。

【図9】磁界共鳴方式の回路例

【図9】磁界共鳴方式の回路例

(出典:Qualcomm論文 Grajski et al, Loosely Coupled Wireless Power Transfer: Physics, Circuits, Standards, 2012)

磁界共鳴方式では、給電側コイルの周辺に「近傍界」という電磁界を発生させる。この電磁界は給電側コイルの軸方向(充電パッドの高さ方向)にも発生するため、受電側はこの電磁界を十分な強度で受信できる範囲であれば給電側から離れていても充電される。A4WPのWiPowerが50mm程度の距離まで離しても充電可能と謳っているのは、このような性質に由来する。

直流共鳴方式

直流共鳴方式は、磁界共鳴方式において給電側の入力となる高周波信号を直流スイッチングに置き換えたものといえる(次ページ図10)。直流スイッチング信号はスイッチング周期に応じた交流信号、およびその高調波の集まりであるから、直流共鳴方式の本質的な動作原理は磁界共鳴方式と同じだ。工業的な面で見ると、直流共鳴方式は磁界共鳴方式に比べ、

  • 回路構成がシンプルで、小型軽量化が可能
  • 途中の電力変換の回数を大幅に減らすことができ、エネルギー効率を向上可能

などの点で有利としている。また、電磁誘導方式と比べても、位置合わせの自由度が高く、コイルの心材(鉄)や巻線(銅)を不要にできるといった利点を挙げている。

【図10】磁界共鳴方式と直流共鳴方式の差異

【図10】磁界共鳴方式と直流共鳴方式の差異

(出典:http://eetimes.jp/ee/articles/1303/29/news096.htmlを元に情総研作成)

電界結合方式

電界結合方式は、給電側・受電側それぞれに電極を持たせ、電極が接近したときに発生する電界を利用して電力を伝送する。ちょうど、両方の電極によってコンデンサーが構成されている状況を考えればよい。電極の形状はかなり自由に設計できることから、機器の設計自由度が高く、位置合わせにシビアになる必要がない、といった利点がある。

実用ベースではQiがリード。他方式も猛追

これまでに挙げた各アライアンスの概要を、表1にまとめる。

【表1】ワイヤレス給電の主要アライアンス

【表1】ワイヤレス給電の主要アライアンス

※1:この43社の他、ボードメンバーとしてAT&T MobilityとStarbucks Corp.、ボードオブザーバーとして米連邦通信委員会 (FCC)とEnergy Star Programが参加している。

※2:2013年4月時点での企業は村田製作所のみだが、設立時メンバーにはアドバイザーとして京都大学、同志社大学、日本 データセンターから参加している。

実用化状況を見ると、アライアンスの発足が早かったQiがリードしている。特に日本では、2011年にNTTドコモがQi対応スマートフォンをリリースしたことが推進の後ろ盾になり、これまでワイヤレス給電を体験したことがなかったユーザー層にもその便利さをアピールする絶好の機会になった。では、このままQiがワイヤレス給電の主流になるのだろうか。

現状のQi規格は、位置合わせのために機器を吸い付ける磁石やコイルを移動させるモーター、あるいはコイルを面に並べたコイルアレイが必要で、これが小型化・低価格化への障害となる。これはPMAの方式でも同様だが、何らかの技術でこのような問題をクリアした可能性はある。

A4WPのWiPowerとWPMC方式は共鳴方式を採用し、Qiのデメリットを克服するかのように、給電部と受電部の距離が離れていても利用できることを売りとしている。これらの方式が現在アピールされている形で実用化されれば、ワイヤレス給電に新たなスタイルをもたらすことができるだろう。例えば、給電部はアンテナのように机上に立てて、スマートフォンやPC、モバイルバッテリーをその周辺に適当に置いておけば勝手に充電される、とか。むしろ、ユーザーに受け入れられるような新たな充電スタイルを提案しなければ、Qiの牙城を崩すのは容易ではない。筆者もQiを利用していて、その便利さは経験済みなだけに、ワイヤレス給電の動きが加速して、より便利なスタイルで小型軽量、低価格で利用できれば、非常に喜ばしいことだ。

清尾 俊輔

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