ホーム > 研究員の眼 2014 >
研究の眼
2014年4月3日掲載

「ヤフーのイー・アクセス買収」を考えてみた
【前編】ヤフーの戦略的意義〜OTT目線での分析〜

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
上席主任研究員 岸田重行

ヤフー(ヤフー株式会社、以下ヤフー)によるイー・アクセス買収の発表は、驚きとともに報じられた。会見中およびその後のツイートを見ていたが、1,840億円で買った事業を1年半で3,240億円で売却するという「錬金術」への驚きや、ソフトバンクグループ内での事業の付け替えだという指摘は多く見られたし、また現在進行中の周波数免許付与への影響も、モバイル通信業界に明るい人ならすぐに思いついたかもしれない。ソフトバンクグループ目線で見れば、ソフトバンクモバイルの資金調達、グループとしての周波数獲得が主目的で、ヤフーによるイー・アクセス買収はそのための手段だ、という理解は十分可能だ(参考1,参考2)。

しかし、ヤフー宮坂社長の「我々のほうからソフトバンクに対し、イー・アクセス、ウィルコムを売ってくれとお願いした。スピード的には3カ月くらいで決めた」というコメントを信じれば、そもそもの目的はヤフーの事業戦略にあるはずである。この申し出に対して、ソフトバンクグループとしてOKを出した、ということになる。
(出典:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140327/546722/

ヤフーにとっては「大勝負」

ヤフーは、3240億円でイー・アクセスを買収する。買われるイー・アクセスは、ウイルコムと合併する直後(翌日)のイー・アクセスである。新たに「ワイモバイル」というサービスブランドが誕生する。

3,240億円という規模は、ヤフーの連結売上高とほぼ同じ規模(2013年度通期の売上高見通しは3,871億円)である。年収600万円の会社員が、メルセデス、BMW、レクサスといった高級車を購入するイメージであろうか。高級車を買ったはいいが、それなりの維持費がかかる。通信事業も、設備投資や営業費用など、事業を維持するだけでもかなりの費用がかかる。そこに踏み出すという決断は、大きな勝負だと言っていいはずだ。

ヤフーは、スマホの波に乗れているのか

ヤフーは、インターネットの草創期、普及期を通じて市場をリードしてきた老舗である。とくに日本国内におけるポータルとしての存在感の大きさは誰もが知るところであるし、ネットオークションといえば、まず「ヤフオク!」だろう。

しかし、今はスマートフォン時代である。インターネットの老舗がスマホ上でも主役を張れるかというと、必ずしもそうではない。ヤフーにとってスマホ対応が重要課題であることは、社長の「成長のかなりの部分をスマホの伸びによって担う会社になっている。今後、事業を伸ばしていこうと考えると、我々自身がスマホの普及を加速させてほうがよいと考えた。」というコメントからも明らかだ。
(出典:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140327/546722/

このコメントにあるように、ヤフーが「スマホの普及を加速」させることは手段であり、目的はヤフーの「事業を伸ばして」いくことにある。「ヤフーにとってモバイルインターネット事業は、飛び地のように距離がある事業だ」というコメントからも、ヤフーのノウハウをそのままモバイル通信事業に活かせる、とは考えていない様子がうかがえる。
(出典:http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140327/546722/)。

スマホ利用者の多くは、gmailを使い、facebookを使い、twitterを使い、LINEを使っている。ここに「ヤフーを使い」と誰もが思える状況をヤフーが実現できるか、ということだろう。しかし、そのモバイル通信市場を見ると、世界的なトレンドとして、通信事業者は「コネクティビティ」以外のところで存在感を出せていない。サービス領域に積極進出しているNTTドコモは、世界的には稀有な存在だ。また、通信事業者を買収するOTTプレイヤー、というのも前例が思いつかない。そもそも、通信事業者は主軸事業がローカルである一方で、成功するOTTプレイヤーはグローバル市場をターゲットにすることが一般的であるため、ターゲティングが会社単体同志では揃いにくいのである。その点、国内ローカルのOTTであるヤフーは、この手段を選択するに迷いが少なかったはずである。

遠いレイヤを手中に収めると、垂直統合には有利なのか

OTTプレイヤーが遠いレイヤの事業を手掛ける例は、いくつもある。代表例は、Amazonの「Kindle」「Kindle Fire」であり、楽天の「kobo」であり、しかし何といってもGoogleの「Android」だろう。これらは、OTTプレイヤーとしてユーザビリティをユーザに近いところでいかにデザインし、お金の流れをコントロールする施策だと言えるが、ワイモバイルとしてイー・アクセス事業をこのような形で活用できるのかどうかには注目したい。

OTT、Over The Topという表現は、直訳すると「頭越し」である。通信事業者のコントロールをほぼ受けずに、インターネット側からエンドユーザ、利用者へサービスやコンテンツを提供する方法をそう表現している。利用者に一番近い端末側を広げることで、サービスやコンテンツの広がりを牽引するような形を描ける意味で、OTTが自社で端末側をコントロールする術を持ちたくなる気持ちはよく理解できる。しかし、これは簡単ではない。Facebookですら、スマホでの利用シーン設計には、自社アプリでしか存在感を出せていない。昨年春に公開され注目を集めたAndroidスマホ向けのランチャー「Facebook Home」も、その後あまり話題になっていない。

ヤフーにとって、イー・アクセスは販路

イー・アクセスの場合、端末メーカーではないが、すでに利用者を持っている。イー・モバイルとして約450万、ウィルコムとして約580万。また、店舗も持っている。ウィルコム含め、キャリアショップは1,000店舗以上。契約者と店舗は、ヤフーにとっての魅力的な販路となる。

とくに、リアルな店舗での顧客へのリーチは、OTTプレイヤーとしては敷居が高いはずだ。リアルな販路は、他のOTTにはないアドバンテージとなる可能性がある。

OTTの価値を「利用時間」で考えてみる

OTTプレイヤーの成長戦略を考える上で、その価値を何で図るべきなのだろうか。ユーザ数はわかりやすい指標であるが、それだけではないだろう。

筆者は最近、「利用時間」という軸でOTTプレイヤーの行動を見ることにしている。楽天はViberを「楽天経済圏」の拡大のために買収した。これは楽天のグローバル事業展開を考える上で、Viberの持つ海外のアカウントを買いに行ったといえるが、そこにはeコマース事業としての十分な売上はない。しかし、Viberのアカウントには利用時間がある。

FacebookによるWhatsApp買収にも、そういう視点がありそうだ。ザッカーバーグCEOはMobile World Congress2014での講演において、「(WhatsAppは)ユーザが最も利用しているアプリケーションの一つであると考えている。WhatsAppユーザの70%が毎日利用しているという状況は、他の類似アプリケーションの利用率を超えている」と語っている。

WhatsAppは、広告を扱わない。したがって、facebookは自社の広告プラットフォームの強化がすぐにできるわけではない。WhatsAppユーザの相当数は、facebookのMonthly Active Usersに数えられる人たちでもあるだろう。だとすれば、facebookはWhatsAppユーザ数ほどの新規顧客を増やしたわけではない。しかし、WhatsAppの利用時間は買えたわけだ。

利用時間を買えれば、その利用者へアプローチできる機会は広がり、行動も把握しやすくなり、様々な利用シーンに関与することができる。どんな優れたエコシステムを構築できたにせよ、利用者が自社のプラットフォームから離れて行ってしまっては、意味がない。今後もOTT同士の買収は起こると思われるが、利用時間を囲い込むような動きが継続するのではないかと見ている。

成長したOTTプレイヤーは、プラットフォーマーとして、利用者の依存度を高めたい。ヤフーはワイモバイルという通信サービスを牽引役にして、アカウントへの依存度を高める戦略を描いているのだろう。

ドコモと似てくるヤフー・ジャパン

しかし、OTTサービスを通信サービスで縛ってしまうと、広がりが出ない。NTTドコモが「docomo ID」をドコモ契約者以外に広げようとしているのは、こうした認識によるものだ。利用者が自社のサービスをどれほど使ってくれているか。

サービスの利用時間全体は、単純化すれば「ID数×ID毎の利用時間」である。ID数のグローバル規模への拡大を短期的には望めないヤフー・ジャパンとすれば、ID毎の利用時間を深く掘っていくしかない。その意味では、ヤフー・ジャパンとNTTドコモは同じ方向を向いたとも言える。NTTドコモにとって「dビデオ」「dミュージック」「ドコモメール」などはグローバル規模のOTTプレイヤーとの競争下にあるが、国内ローカルのOTTであるヤフー・ジャパンが、ここに新たな姿で参戦する形になる。(【後編】へ続く)

【後編】ソフトバンクの戦略的意義〜通信事業者目線での分析〜

(参考)

このエントリーをはてなブックマークに追加
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。