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研究の眼
2014年4月3日掲載

「ヤフーのイー・アクセス買収」を考えてみた
【後編】ソフトバンクの戦略的意義
    〜通信事業者目線での分析〜

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
上席主任研究員 岸田重行

ソフトバンクにとっても、渡りに船

【前編】では、ヤフーの戦略的意義についてOTT目線での分析した。ここから、話をソフトバンクグループの目線に移してみる。ヤフーからのイー・アクセス買収話は、ソフトバンクにとっては渡りに船だったはずだ。筆者は、買収後のイー・アクセス事業をソフトバンクがグループとして活かしきれていないと見ていたからだ。

ソフトバンクグループは、モバイル通信サービスとして3つのブランドを持っている。「ソフトバンクモバイル」「イー・モバイル」「ウィルコム」だ。うち、ウイルコムは2013年下期からスマホ市場にシフト、航空業界のLCC(ローコストキャリア)の戦略を掲げ、メインブランドのソフトバンクモバイルとは棲み分けができている。

しかし、Wi-Fiルーターで存在感のあるイー・モバイルも、スマホ向けの安価な料金設定を前面に出してきた。高速な通信サービスを、大手3ブランドよりも一歩でも早く商用展開することにこだわってきたブランドがスマホと料金を前に出してきたことで、立ち位置があいまいになった印象がある。

そのソフトバンクグループとしては、2014年1月に携帯電話契約数の「純増数」で、NTTドコモに首位を譲ったことは、ある種の危機感をもたらした可能性がある。これまでも、その財務的な効果はさておき、少なくともマーケティング面では「純増数ナンバーワン」というキャッチコピーで勢いをアピールしてきた同社が、瞬間風速とはいえ指定席を奪われた。そして、そのドコモの純増挽回にMVNOが一役買っていた、という話だからだ。

ソフトバンクモバイルとしては、NTTドコモとのブランド力競争という側面では負けていない自負があったに違いないが、スマホ向けMVNOの契約数がそっくりそのままNTTドコモの顧客数となってしまう現在の構造と、MVNOの存在感向上で市場がさらに活性化することを歓迎する総務省のスタンスを考えれば、ソフトバンクグループとして新たな対応策を検討したはずだ。

その一つとして、ソフトバンクモバイルがMVNOへのネットワーク提供に前向きな姿勢を見せ始めたことがある。それは、3月に開催された「MVNO2.0フォーラム」におけるソフトバンクモバイルのプレゼンテーションにも表れている。米Sprintでは契約者の12%程度がMVNO提供によるというデータを引き合いに、卸型に加えL2接続型でも提供を拡大していく意向を明らかにしている。

一方で、MVNOがみなソフトバンクモバイルの網を借りてくれるかと言えば、必ずしもそうではないだろう。現状、MVNO向け料金を一番安価に設定しているのがNTTドコモであり、その水準は年々安くなっている。2014年3月の発表では、2013年度のパケット接続料は前年度比で半額以下にすると発表した。通信事業者向けのMVNO料金では、ドコモがプライスリーダーである。

したがって、ソフトバンクモバイルは、MVNO向けに魅力的な料金水準を提示する必要があるが、一方で自社が持つブランドを活かすことも選択肢である。

サブブランドを、リブランド

NTTドコモにとって、MVNOは「ドコモブランド」も「ドコモの販売チャネル」も使ってはいないが、純増数に貢献してくれる存在である。対するソフトバンクグループには、サブブランドとして、イー・モバイルブランドもウイルコムブランドもあるが、それはすでに確立しており、新鮮さはない。

しかし、ヤフーというブランドはICT業界としては老舗ブランドで目新しさは期待できないものの、知名度は抜群。iモード対抗の「ヤフーケータイ」はそれほど目立たなかったが、「ワイモバイル」として新鮮さを演出することは十分に可能だ。サブブランドをリブランドするもの、と言える。

通信事業者がサブブランド戦略を採用する例は、海外にはいくつか見られる。ソフトバンク傘下の米Sprintは、サブブランドとして「Virgin Mobile」「Boost Mobile」といった有名ブランド(もとは大手MVNO)を直営で持っている。

独E-Plusは、格安サービスの「SIMYO」やトルコ系市民向け「ay yildiz」、プリペイドSIMカードのみを販売する「ortel」など複数のサブブランドを展開している。そのE-plusがMobile World Congress2014の会期中(2014年2月24日)、WhatsAppとの提携を発表した。E-plus網を使って、WhatsAppブランドのMVNOサービスが提供されることになる。MNOがOTTブランドでモバイル通信サービスを提供、という点でワイモバイルと共通だ。
(出典:
http://eplus-gruppe.de/weltpremiere-e-plus-gruppe-und-whatsapp-schliessen-partnerschaft/

ソフトバンクグループにとって、ヤフーは販路

イー・モバイルブランドでは、ヤフーの会員向けにSIMを提供すると言っても、正直ピンとこない。しかし、ヤフーが通信事業を直営すれば、話は変わる。

ヤフープレミアムの会員に、2000円分のバリューが乗ったプリペイドSIMを配ってもいいだろう。ヤフーのスタークラブランクには5段階あり、それはヤフーのサービス(ショッピングやトラベル等)の過去6か月間の利用度合いに応じて月単位で変動する。シルバー、ゴールド、プラチナ会員向けにワイモバイルの月額基本料を無料化するなども可能ではないか。

ソフトバンクグループにとって、ヤフーは販路である。そのヤフーにとって、イー・アクセスは販路である。

(出典:http://starclub.yahoo.co.jp/guide/#tokuten)

ヤフー・ジャパンにとって、格安サービスは「選択肢」

したがって、ヤフー・ジャパンにとって、その通信サービスが格安かどうかは、それありきではないだろう。しかし、月額基本料金の無料化やSIMの無料配付(プリペイドもあり得る)といった施策がヤフーのアカウントの存在感を高められるのであれば、その可能性は十分に考えられる。

こうした動きは、ライトユーザ向けのブランド競争という言い方が適している。NTTドコモは結果的に、MVNO各社が格安サービスを提供していることで、自社の契約者増の効果を享受できている。ソフトバンクグループも、ワイモバイルで新しい価値を提案し、契約者を増やすことが期待される。となると、残るKDDIグループの次の一手にはおのずと注目が集まるであろう。

なお、話の流れで触れさせていただくが、MVNOは格安通信サービスを指す言葉ではない。アプリ開発者が新たな発想で価値を創造するのと同様、新しい発想を通信サービスを通じて実現するための手段の一つが、MVNO事業である。その意味では、今後MVNOを通じて様々な付加価値が市場に提案される可能性は十分あるだろう。

ヤフーだからこその法人向け事業展開

また、ヤフーは「Yahoo!ショッピング」「Yahoo!トラベル」「Yahoo! BEAUTY」「Yahoo!不動産」など、企業や店舗とのつながりも持っている。これを新たな付加価値サービスに結び付ける取組も考えられそうだ。

LINEが「LINE ビジネスコネクト」の提供を発表し、コミュニケーション・プラットフォームを活用して企業向けのマーケティングや顧客管理、業務ソリューションへと事業領域を拡大させているが、ヤフーも大手ポータルとして、また通信事業者として、こうした領域を強化することも可能だ。イー・アクセスという存在では手掛けにくかったこうした領域にも、ヤフーであれば事業展開の可能性が見えてくる。

ICT業界を広く理解することの必要性

今回のヤフーによるイー・アクセス買収の動きについては、すでに多くの記事等で様々な観点から指摘されている。それだけインターネット業界と通信業界が広がりを持っていること、関連性があることの証明だと言えるが、反面、こうした動きを総合的に評価することはそれだけ難しくなっているとも言える。今回の買収案件で、多くの人がICT業界を広く理解することの必要性をあらためて感じたのではないだろうか。そして、こうした流れは今後も止まるとは思えず、異なるエコシステムが相互につながる状況は、より複雑化していくのだろう。

【前編】ヤフーの戦略的意義 〜OTT目線での分析〜

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