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2006年11月掲載

米国の超巨大通信会社の合併、最終段階で波乱
---- AT&TによるBell Southの買収に「待った」。
合併容認の政策の潮目が変わるのか ----

■FCCの合併承認会合、突然の延期

 米国トップの巨大通信会社である新AT&Tによるベル系地域電話会社第三位のBell Southの買収については、Martin FCC委員長がOKを出す方向で素案を委員の間に回覧し始めたと報道され、委員による最終投票が行われるものと見られていた10月12日に予定のFCC審議が、前日になって突然延期された。FCCはその理由を説明していない。

 FCCと並んでこの合併を審査していた司法省独禁局は、これに先立ち10月10日に、「司法省は、「AT&TとBell Southが競争関係にある地域を詳細に検討したが、この取引が競争を大幅に減退しそうにはない」と決定した。そして、「この合併によりコスト削減と効率アップがもたらされ、消費者も便益をうけることとなると結論した」として合併を承認していた。

■超巨大合併構想

 米国最大の長距離通信会社だったAT&Tを2005年11月に買収したばかりの大手ベル系地域電話会社のSBCは、社名を新「AT&T」と改め、2006年3月その余勢をかって隣の兄弟会社のBell Southをも買収する合意に達し、FCCに申請していた。

 785億ドルの本件買収で誕生する新会社は、22州で事業を展開し、6,870万のローカル回線を運営し、売上高1,170億ドル(約14兆円)、従業員309,000名(このうち10,000名は3年間で削減予定)、東西両海岸を結ぶ巨大通信会社の誕生となる。  [Yahoo/AP (2006/10/11)]

 新AT&TとBell Southは、ともに1984年の「AT&T分割」(Divestiture)で誕生した7社のベル系地域電話会社の一つである。SBCとBell Southは、携帯電話事業者のCingular Wirelessを共同所有(SBC 60% / Bell South 40%)しており、CEO同士も親しいことで有名であった。

 テキサス等の西南部の群小ベル系地域電話会社だったSBCは貪欲な合併意欲で以下のように次々と兄弟会社等を買収、吸収してきた。

  • 1997年:Pacific Telesis Group(ベル系地域電話会社:西海岸)
  • 1998年:Southern New England Telecommunications(旧ベル・システムでAT&Tがマイノリティ・インタレストを保有。東北のニュー・イングランド地方の一部)
  • 1998年:Ameritech Corporation(ベル系地域電話会社:シカゴなどの中西部)

 7社のベル系地域電話会社のうち2社を吸収合併したことになる。Bell Southの併合が成功すれば、実にベル系地域電話会社3社を呑み込んだことになる。その買収志向の頂点が、2005年11月の元親会社である長距離通信会社AT&Tの168億ドルでの買収であり、その名称を引継いだ。

 これに対してBell Southは、2000年前後の合併ブームにも孤高を守り、堅実な運営を行ってきたが、このほどついに兄弟会社SBC(新AT&T)の軍門に下ることとなる。

■延期の引き金はFCCの民主党系委員の懸念。委員長もさらにコメント求める手続へ。

 FCCは13日、2名の民主党系委員が連名でMartin委員長あてに書簡を公表した。書簡は、「AT&TおよびBell Southの合併は、最大の有線、携帯電話および広帯域企業を創るもので、歴史的にも最大規模の合併の一つとなるものである」とし、「これまでのFCC内部での審議はまだ不十分」として、「さらなる慎重審議」を求め、その方法として「ひろくコメントを求める手続を踏むべきである」と提案している。

 これを受けて委員長も、さっそくコメントを求める手続をとったが、司法省が承認を発表している事情もあり、迅速に措置する意向を示し、協力を求めた。

■FCCと司法省はここ数年間、いくつもの巨大合併を次々に承認

 共和党政権の誕生以来、FCCと司法省は数多くの通信会社の合併を流れ作業のように次々に承認してきた。

 電気通信事業者の合併については、司法省独禁局が独禁法の観点から審査するとともに、FCCも公益に合致するかどうかの視点から審査することとなっている。

 FCCによる合併の審査権限の根拠は、1934年通信法第214条(線路の延長:Extension of Lines)であり、電気通信事業者はFCCから事前に「新規の通信回線の建設、譲受、延長が公衆の利便と必要に適う旨の認証書(Certificate)を取得しなければならないとされている。
合併審査は、通常、「免許の譲渡」の申請の審査の形をとる。一部には、FCCの合併審査は司法省独禁局の審査と重複するのではないか、また、FCCの審査に時間がかかりすぎるという批判もある。

最近のFCCが審査した大型合併案件
FCCの承認年月 合併案件
2005年8月 SprintによるNextelの合併
2005年10月 SBCによるAT&Tの合併(160億ドル)および
VerizonによるMCIの合併(66億ドル)

■SBC/AT&TおよびVerizon/MCIの合併のケース

 先の二件の大型合併では、司法省は、2005年10月27日に、この二つの合併は一部の都市部の主としてビジネス顧客市場で、関係する4社以外の有線事業者がいなくなるため独占の恐れがあるとして、取引差止めの訴訟を提起するとともに、いくつかの都市部で4社が一部の設備を切離し別の事業者に売却する(divest)という条件付きで合併を認めるとした。結局、4社と司法省は、その線で同意審決(consent decree)の形で合意に達した。

 これに引き続き、FCCも多くの条件をつけて認可することとなった。これらの条件は、形としては事業者側が提示した「自発的な約束」としている。FCCは、2000年前後のベル系地域電話会社の長距離通信事業への進出の認可の際も、同様に条件をつけて認可している。FCCは、ベル系地域電話会社からこのような申請が出る都度、認可を「劫だね」として、認可から生ずるベル系地域電話会社の強力な立場から懸念される独善的な行為の抑止をはかる一方で、FCCの欲する譲歩をベル系地域電話会社から引き出してきた。二件の合併での条件は、「一定期間を限り料金値上げをしない約束」や「FCCのインターネット規制方針を遵守する約束」などであり、しかもそれが遵守されなかった場合には、罰金等の強制是正措置を伴うものである。

 これらの条件や約束が十分に守られたかどうかについて、現在もなお連邦裁判所で審理が行われている。

二件の合併を承認したFCCの論拠

 FCCがSBC/AT&TおよびVerizon/MCIの合併を認可した主たる根拠は、巨大合併で事業運営の効率がアップしコストが下がり、サービスも多様化し、消費者もその恩恵に浴することにあるが、さらに以下の事情も背景として挙げている。
?ケーブル(CATV)、携帯電話、VoIP等のPSTNとは異なる業界からの競争が広がってきたこと [異業種間(inter-modal)の競争の進展]
?テクノロジーの進歩が早く、規制面も大きく変わりつつあること

 消費者団体や小規模競争事業者団体等は、二件のFCC認可は、料金値上がりと競争事業者の枯死に繋がるとして反対したが、FCCとしては、共和党系の委員長だけでなく民主党系の委員も含め、全員が認可に賛成した。

不振に喘いでいた長距離通信会社の救済の背景も

 先の二件の合併が承認されたのには、当時、AT&TおよびMCIという二大長距離通信会社が極端な業績不振に喘いでいたのを救済する必要という背景もあったといえよう。

 当時のSprintも加えた長距離通信3社は、お互いの顧客の奪い合いですさまじい(cut-throat)料金値下げ戦争で体力を消耗していた。さらに携帯電話やIP電話に顧客を奪われていた。

 さらに、1984年のAT&T分割以来、ベル系地域電話会社は長距離通信事業を厳格に禁止されていたのが、1996年電気通信法により「市内網をライバル参入者に十分に解放した」と州当局とFCCが認定した場合には、例外的に州単位に長距離通信事業に進出できるようになり、順次認可を得て2004年ごろまでに全米でベル系地域電話会社が長距離通信をも手がけるようになった。市内通信とのワンストップ・ショッピングで有利な立場に立ち、長距離通信会社から顧客を奪い始めていた。

 また、長距離通信会社は、地域網で通話を発信/終端するために地域電話会社に支払う巨額のアクセス・チャージを節減するため、1996年電気通信法が設けたアンバンドリング(UNE)制度により既存地域事業者の設備を規制下の低廉な事業者間料金で借り受けられるのを追い風として、地域サービスにも参入し始めていた矢先、FCCの変節でこの制度の利用を厳しく絞り込まれたことも加わり、破産寸前の状況に追い込まれていた。

 しかし長距離通信の大口利用者である国防総省やFBI等が長距離通信会社の救済を強く求め、その受け皿として、業績が手堅いベル系地域電話会社が浮かび上がったという図式である。

■AT&T/Bell Southの合併には議会にも懸念

 今回の合併についても、競争の減退による料金値上がり等を消費者保護団体が懸念しているのはいわば当然としても、「州当局者、僻地関係者、消費者保護団体、競争事業者、さらに数千名の個人もこの案件に十分なFCCによる審議を求めているところである。」(前出、FCCの民主党系二委員の委員長あて書簡)

 また、議会でも、下院の司法委員長のRep. James Sensenbrenner, R-Wisと議会の他のメンバーは、この案件を、先の(SBC/AT&Tの合併、Verizon/MCIの合併という)二件の大型合併の認可の条件/約束が守られていないとする訴訟での連邦判事の決定が出るまで保留すべきであるとしている。[Yahoo/AP (2006/10/11)]。今回のAT&T/Bell Southの合併に懸念を提起したFCCの二名の民主党系委員も、慎重審議を求める理由の一つとして「この点についての裁判所の審理も終了していないので、FCCはその結果も斟酌すべきだ」としている。

■司法省の承認が難題

 冒頭に触れたように、AT&T/Bell Southの合併は、FCCの決定に先立ち司法省独禁局が
「問題なし」としてあっさり承認してしまっている。これまで大型合併が次々とスムーズに承認されてきた経緯もあり、3月の発表当時から「規制当局の承認は間違いなし」との見方がほとんどであった。SBC/AT&TおよびVerizon/MCIの合併審査では、民主党系の2名の委員も含めて5名の委員全員一致での承認であった。

 ところが今回は最終段階で民主党系委員の姿勢がすっかり変わった。Adelstein委員は、「司法省は競争と消費者保護の責任を放棄した」と非難し、Copps委員も「テレコム最大の合併に司法省は、一項目の条件だにつけず、荷物を丸めて消費者や小企業の頭の上を歩き去った」と手厳しい。[Yahoo/AP (2006/10/11)]

■この先のFCCでの審議の見通し

 共和党系のKevin Martin委員長は合併賛成の命令案を回覧し始めていた。共和党系のDeborah Taylor委員の支持は間違いなかろう。最近任命されたばかりの第三の共和党系委員のRobert McDowellが注目されているが、前職がAT&T等の大手事業者と競争する中小通信事業者協会だったため、彼はこの案件の審理から除外される。[Yahoo/AP 2006/10/11)]

 Martin委員長は前任のPowell委員長とは異なり、信条にこだわらず柔軟な態度をとるとされている。今回も民主党系委員の顔を立て、日限はきったがコメントの手続を受け入れた。また、これまでにも、委員長自身も合併に関して提示されたいろいろな懸念に対して様々な対話を熱心に行ない、これらの懸念を緩和するための方途を模索してきており、民主党系委員もそれなりに評価している。民主党系の二名の委員も条件次第では承認に回る可能性がないわけではないとの観測もある。

■「あまりに巨大化しすぎる」合併に懸念、軌道修正か。

 今回のAT&TによるBell Southの併合構想に対しては、1984年以前の「ベル・システム」への逆戻りではないかとする批判も出ている。たしかにこの合併が認められれば、AT&T分割で誕生した7社のベル系地域電話会社のうち4社が「新AT&T」となる。さらにベル系地域電話会社は長距離通信事業を禁じられていたのに、長距離通信会社の最大手2社は既にベル系地域電話会社2社に呑みこまれてしまっている。止め処のない合併の進展に懸念が出てくるのも当然といえる。

 しかし、司法省が既に合併の承認を発表してしまっている以上、FCCがこれまでの合併承認の流れを逆流させて、承認しないというのも難しかろう。

 結局は、FCCは何らかの一段厳しい条件を付けて承認することとなるのではあるまいか。
いずれにせよ、FCCは難しい局面に立たされたのは事実であろう。今後の推移に注目したい。

【資料】

AT&Tのプロファイル

[規模等]

  • (米国)アクセス回線   4,710万
  • (米国)高速インターネット回線  820万
  • (米国)Bell SouthとのJVの携帯電話事業であるCingular Wireless
    100市場でGSM/GPRSインフラ、加入者5,870万
  • (グローバル) バックボーン・ネットワーク 137か国に1,700MPLSノード
    535,000 Route miles
  • (グローバル) 従業員数 179,420

[CEO] Edward E. Whitacre Jr.

[合併/買収]

  • SBC(1984年のAT&T分割で誕生した7社のベル系地域電話会社の一つ
  • SBCによる兄弟会社等の買収
        
    • 1997年:Pacific Telesis Group(ベル系地域電話会社)
    • 1998年:Southern New England Telecommunications(旧ベル・システム)
    • 1998年:Ameritech Corporation(ベル系地域電話会社)
  • 2005年11月、SBCが元の親会社である長距離通信会社のAT&Tを168億ドルで買収。その名称を引継ぐ。

Bell Southのプロファイル

  • 年間売上高 200億ドル
  • 資産    570億ドル
  • 従業員   63,000
  • CEO : Duane Ackerman

AT&T/Bell South合併合意発表のプレス・レリーズ(2006.3.)

  • 「この合併は、両社の顧客と株主に大幅な利益をもたらす論理上当然な帰結となるステップである。」とAT&Tの会長兼CEOのEdward E. Whitacre Jr.は言っている。「この合併は、顧客に対しては新しいサービスと拡充されたサービス能力で利益をもたらすこととなる。

  • 合併後の新会社は、より一層大きな財務面、技術面、研究開発面、そしてネットワークとマーケティング・スタッフが消費者と大規模ビジネス顧客の双方により良いサービスを提供できるようになる。新サービスや新商品の導入も促進される。

  • この合併で、ビジネスおよび政府関係の顧客には、軍関係や国防機関も含め、米国に基盤を持つ統合され信頼でき高品質のさらには競争に耐えうる低料金でのサービスを全世界で提供できる信用できる事業者が誕生する。

  • AT&TとBell Southは、地域通信、長距離通信、ビデオ市場で現実には競争相手ではなく、Bell Southは企業市場でAT&Tに対する重要な競争相手でもないので、この合併によりこれらの市場のいずれにおいても競争が削減されることはない。

  • この合併は、現在それぞれが独立して運営されている3社、すなわち、AT&T、Bell SouthおよびCingular Wirelessを束ねることとなる。AT&TとBell Southは合併後早々に取引完了後の2年目に年ベースで20億ドルを超えるシーナジー 効果を見込んでいる。シーナジー 効果の合計は180億ドルにも達する。シーナジー 効果の主要な部分は、事業運営でのコストの削減、従業員の節減、さらに生産性の向上からもたらされる。コスト節減の半分はネットワーク運営とITから来る。すなわち、設備とその運用の統合とトラヒックの単一のIPネットワークへの移行である。さらなる節減は、従業員の機能の統合および広告やブランド関係の経費の節減である。現在では3社が個別に広告キャンペーンを行っているが、今後はAT&Tという単一ブランドに集約される。

ニューヨーク・タイムズ(2006/3/6)

AT&Tは昨日Bell Southを670億ドルで買収すると発表した。

 新会社は、売上高1,200億ドル、従業員317,000、21州でのローカル顧客数7,100万、広帯域加入者1,000万は、かって分割されたAT&Tの再生とも言える。

 この合併で、ベル系地域電話会社はVerizon(売上高900億ドル)とQwestとあわせ3社に絞られる。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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