トレンド情報-シリーズ[1998年]

[IT業界レポ]
[第3回]ERPとサプライチェーンについて

(1998.6)


IT業界レポート  今回は、ERPに次いで注目を集めているSCM(Supply Chain Management)とERPについてお話をしたいと思います。

 この頃、相次いでサプライチェーン・マネージメントやサプライチェーン・プランニングという言葉や書籍が話題になりつつあります。サプライチェーンが複雑系理論に関係あるためか注目度は非常に大きいものがあります。サプライチェーンやERPは、海外で成功し、日本に参入してきましたが、企業経営に関連するシステムとして、まずERPとSCMはどう違うのか理解しておく必要があるかと思います。 ERPは現在、各周辺モジュールを統合する動きをしています。図にしてみました。

[fig]

 オラクルはOracle APに以前から提携していたi2 technologyのRhythmをOracle Rhythmとして、ERPに統合化することを発表しました。People SoftはRedPepperを買収し、SAPは独自開発をしています。ERPが提携、買収、開発などの手段でSCMをERPに取り込んで行っています。

 こうなると、ERPとSCMとの違いはと言われると困ってしまいます。
 このことは、CTIやSFA、OLAPなどの周辺テクノロジーにも言えます。
 まさに、ERPの成長と進化が加速度的に全世界で進行しています。

 第一回第二回とERPについて、お話してきましたがサプライチェーンをお話しする上で、これまでのERPとサプライチェーンの歴史についてちょっと整理しておきます。

 ERPは、まず製造モジュールのMRPからMRPIIへと発展し、さらに業務モジュールを拡大しERPに発展しました。1960年代に企業業務の製造系の手法として提唱されたMRP( Material Requirements Planning )は資材所要量計画として、部品表(BOM)から展開された資材の所要量を、発注、購買、在庫管理など効率的に計画するためのものでした。1980年代MRPはMRPIIへと発展します。MRPIIのMRPはManufacturing Resource Planningで60年代のMRPとは違います。MRPIIは、MRPの資材所要量計画に、要員、設備、資金など製造に関連するすべての要素を統合して計画・管理するものです。計画・管理の対象が資材から人間、設備、資金と拡大し、さらに人事、会計、販売、マーケティングなどの業務に対象が拡大しERPが登場しました。現在、ERPを考える時に更に重要な点があります。MRP以前からMRPの基礎となる研究がありました。第二次世界大戦の時、アメリカやイギリスで対潜水艦の攻撃や防空体制の設定、船団の護衛方法などの軍事研究に数学者、心理学者、自然科学者など合同研究チームがいくつも作られました。戦争後、研究スタッフは民間企業に移り企業経営の意思決定の問題にも同じ手法を適用し始めました。1940年代から現在までに、数々の数理的手法が考案され、具体的経営に利用されました。線形計画法、ゲーム理論、ベイズ決定理論、シュミレーションなど数理的モデルが次々と生み出されました。これら「OR/オペレーションズ・リサーチ」の数学的手法は、1960年代のMRPの中に取り込まれています。計画の部分の計算・シュミレーション、在庫計画、物流計画と数理理論を現実の企業業務に適用し、最新の数理的研究成果が、数ヶ月でERPモジュール化される時代になりました。サプライチェーンもこの数理的理論の現実利用という歴史の上にあります。非線型理論としての制約の理論(TOC/Theory of Constraints)を利用しているサプライチェーンも数理的理論適用の具体例です。
 ここに、アメリカの国防省がBPRやERP、SCMの研究に関係して来る理由があります。ORを日本では経営科学とも呼ぶようですが、「あらゆる組織体における経営の問題の数学的分析と解決」に研究が向けられており、その歴史は第二次世界大戦から続けられてきました。

 つまり、ERP、サプライチェーンなど新しく登場したグローバル・ソフトウェアはORの膨大な数理理論をそのソフトウェアの中に取り込ながら、今も成長し続けています。
 そして、SCMは今日話題の複雑系理論TOC(Theory of Constraints)や人工知能研究の成果も取り込んだアルゴリズムのなかで計画シュミレーションが可能です。

 ちなみに、i2テクノロジーの創設者シデュー氏は、元テキサス・インスツルメントの人工知能研究所のスケジューリングソフト開発プロジェクトリーダーで1992年にRtythmを開発しました。

 この頃、日本では大学の理科系学生も数学が苦手だと聞きます。これからの経営者や経営コンサルタントに必要な知識は、経営理論とテクノロジー知識と数理理論になるでしょう。
 これまで、経営コンセプトだけを語り、具体的実現方法を明確にしなくてよかった時代は終わりつつあります。ERPやSCMの登場によって、具体的にどのERPとどのSCMを選択するべきか、現在のコンサルタントは、提示しなければならなくなりました。当然ERPでないならその理由も問われてくるのです。

 また、研究機関(理論の研究)、IT企業(理論の具体化)、一般企業(理論の適用)の連携が世界規模で拡大しています。理論の具体化、適用、効果測定は1年かからないほどに速くなりました。
 それを図にしてみました。
 欧米一般企業に天才達はいなかったけれども、天才の頭脳を反映するソフトが企業に導入されていたわけです。

[fig]

 さて、今回のサプライチェーン・マネジメントの中心とも言えるTOC(制約の理論)ですが、これが米国で提唱されたのは1980年代で、エリヤフ・ゴールドラットにより開発され1984年の著作「ザ・ゴール」はその当時200万部以上売れたと言います。

 1960年代のMRPと発注点方式の論争、1965年のジョセフ・オキーリーの「独立需要と従属需要の原則」、1980年代アンドレ・マーチンは、従属需要概念を物流在庫管理に適用し、ロビン・クーパー、ロバート・カプランの「ABC原価会計」やゴールドラットの「制約の理論」、「スループット会計」も現在より15年以上も過去に、米国で提唱されたものです。(今ごろ騒ぐ日本はいったい何なのでしょう?)

 このような歴史を背景に、欧米の経営研究者やソフトウェアベンダーは、ERPやサプライチェーンを現在の状況まで進化させてきました。

 サプライチェーンと言っても、具体的ソフトウェアはいろいろあり、ERPの状況と同様にどれがサプライチェーンなのかということはできません。
 代表的なものは、次の通りです。

SCMベンダー企業
  • i2 Technology
  • Logility
  • Manugistics
  • Red Pepper(People Soft)
  • Berclain(Baan)
  • Through-Put Technology
  • American Software
  • Numetrix

 例えば、日本にすでに参入しているi2,Manugistics,Logilityなどの導入はまだ始まったばかりですが、SCMのPlanning & Schedulingの事例にはデルコンピューターがあります。注文からお届けまで全世界で通常50日のリードタイムを7日に短縮しました。また、年間在庫回転率は52回という信じられないスピードの経営をi2 のRHYTHMが可能にしています。

 マニュジスティックスの場合は、国際的な企業の販売予測を25%向上させ、輸送費は12%、在庫維持費は25%、製造費は15%削減が可能と言っています。実際にジョンソン&ジョンソンで物流センターが12ヶ所から7ヶ所に削減でき、BMW AGは需要予測精度が30%も上昇したといいます。

 いずれも、SCMの機能を支えるERPが前提になっていることは言うまでもないことです。ERPとSCMによるスピードの経営は、企業に考えもしなかった利益をもたらしつつあります。
 SCMの数理理論の解説は、またの機会にゆずりますが、ERPが基幹業務の統合による企業運営の基礎を確立したときに、企業の戦略としてのスケジューリングやプランニングの部分にSCMが登場しました。

 ERPやMRPが企業の業務を対象にしているのに対して、SCMは企業のサプライチェーン、つまり全世界に点在する資材購入企業数千社と製造部品数十万点、製造拠点数十工場、製造工程数百工程、人員数万人、物流企業数千社、販売企業数万社、小売店舗数十万店舗、これらの要素の最適な組み合せを時間という要素(分、時間、日、週、月、年とSCMはスケジューリングできる機能がある。)をさらに加えて答えを提示してくれます。

 ERPは、数十の言語、通貨に対応しています。同じオフィスで中国人、韓国人、日本人米国人が同じ業務をそれぞれの言語で行うことが可能です。ERPはどの国家でどの言語で、どの通貨で使うという制約を受けません。OracleのERPの人事モジュールを例に上げれば、GEの全世界22万人の人事、ブリティシュテレコム8万人の人事、そして米国国防総省の200万人の人事をパッケージで可能にしています。そして、SCMは企業の全世界市場を前提に、全世界の資源配分の最適化を可能にします。  ERPやSCMは、もうすでにGlobal Resource Planning GRPなのかも知れません。

 ここまで、お話すると何が今の日本に足りないか、お分かりになると思います。
 日本には、理論研究とその実現、実証のサイクルがないのです。欧米の企業の強さは、シリコンバレーの技術者の問題でもなく、政府の方針でもなく、人類の英知とも言える天才達の研究を具体的に実現し、現実の企業経営の効果検証していくサイクルが確立していることだと思います。

 勉強は社会に出ると役に立たないという人がいます。学問や理論は実際とは違うという意見もあります。日本人は、経験を重んじるあまり科学的方法の有効性を忘れたのかもしれません。第二次世界大戦で日本はなぜ欧米に敗れたのか?明らかにOR研究の実戦適用の結果でした。そして今もう一度、OR研究の歴史を持つERPに敗れようとしているのは偶然でしょうか?

 今後の日本の活路は、もう一度世界に学ぶことなのかもしれません。ERPやSCMはそのいい機会であり、きっかけだと思います。

中嶋 隆

(入稿:1998.5)

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