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ICR View
2010年5月10日掲載

ブロードバンド・インフラだけではないICT総合戦略を期待する。

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 昨年12月30日に閣議決定された「新成長戦略(基本方針)」では、情報通信技術という用語が30ヶ所以上頻出して今後の成長戦略上、情報通信=ICTの重要性に言及しています。このことについては、2月に本欄ICR Viewで“新成長戦略(基本方針)とICT産業”と題して報告しました。
 加えて、昨年末の同時期に発表された、いわゆる“原口ビジョン”では、ICT活用による政策達成目標として

  1. すべての世帯(4900万)でブロードバンドサービスを利用―光の道、2015年に前倒し
  2. 持続的経済成長の実現―ICT関連投資倍増で2020年以降約3%の成長
  3. 環境負荷軽減―2020年時点CO2排出量25%削減のうち10%以上をICTパワーで実現

と提示していてICTの利活用が政府レベルにおいて大きなテーマになっています。これは従来の公共事業中心、輸出産業重視の産業政策に対し新しい視点をもたらした画期的なものと言えます。なかでも当面具体的な政策議論として、“光の道”として話題になっているブロードバンド・インフラ構築議論が盛んに行われています。ただ、それに関し気懸りなことがあります。即ち、ブロードバンド・インフラの構築というと光ファイバー回線だけが取り上げられ、また、エリアカバー率ではなく普及率が政策目標に取り上げられていることです。そもそも物理的な設備だけで利用が進むものではなく、ましてや、100%の世帯で契約が行われる=普及するのは不可能です。設備がないために契約できない、サービスが受けられない者(世帯)を無くすのなら分かりますが、全世帯に契約を強制することは出来ません。このことは光の道を高速道路に例える議論がありますが、そのアナロジーで考えればよく分かります。国の公共事業によって高速道路のない地域を無くすことはできても、全国民に高速道路の利用を強制することはできません。

 また、国家の政策でサービスを強制する(利用させる)、あるいは個別の世帯まで設備を設置するためには、法律を背景とした国家の強制力が必要となります。さて、問題はブロードバンドサービスは国家によるサービスなのかどうかです。当然、国営事業でもないし、ましてや国家による直接のサービス提供でもありません。我が国は、社会主義でもなければ、計画経済でもありません。自由主義・市場経済体制にある日本では、光の道もサービス提供エリアをどうやって100%に持ち上げるのか、民間の資金面、財務面、経営面の負担(及びリスク)を国や公的機関がどうやって軽減し支援していくのか、即ち、公的な補助や負担軽減の問題となるはずです。現在の議論がこの点について十分行われていないことは誠に残念です。ここ数年、市町村によるIRU方式での光ファイバー回線の構築が進められて、かなりの水準までブロードバンド・インフラのエリア拡大が進められています。こうした国の施策の一層の拡充・継続が望まれるところです。エリアカバーの拡大のためには、さらに個々の市町村の行政レベルの努力が必要であり、個別のプロジェクトを支援する国及び県レベルの施策も併せて重要です。つまり、インフラ構築だけでなく、今やこれをどう使っていくのかがポイントなのです。各世帯でのサービス需要の喚起はもちろんのこと、さらにブロードバンド・インフラを活用した新しい取り組み、例えば、遠隔での定期健康診断や日常の健康相談、地域の安全・防犯のための遠隔監視カメラ、在宅勤務・作業の普及のための設備やソフトウェア構築、行政機関との申請・通知等の双方向の連絡など国や地方自治体が公的に補助したり、負担軽減措置を取るべき案件は数多いし、併せて、それぞれの地域で産業を誘致したり、文化やサービスを起こす際に必要な施策や仕組みが制度的に求められています。

 一方、国家レベルで見るとブロードバンド・インフラだけにこだわったICT戦略では、もっと重要なプラットフォーム・レイヤの国際競争に遅れを取ることになりかねません(現実に既に遅れを取っています)。俗に、ガラパゴスと言われている日本の携帯サービスでも、インフラは3G、HSPA、モバイル・インターネット網など世界最高水準にあるものの、上位レイヤにおいては、インターネットサービスを中心に米国発のプラットフォーム・サービスに実権が移ってしまっています。固定であれ、携帯であれ、インフラは日本の事業者によって提供されていても、肝心のプラットフォーム・レイヤは、グーグル、アマゾン、アップル、ツイッターなど米国にサーバーを置く米国事業者によって運営されています。米国内のサーバーによって配信、検索、情報処理がなされていることをもっと認識すべきでしょう。まだ、モバイル市場では、iモード、Ezwebなど日本発のプラットフォーム・サービスは存在しますが(これもガラパゴスと揶揄されていますが)、固定のインターネットでは、検索のグー、SNSのミクシィ、映像のニコニコ動画など日本勢の存在は米国勢に比べると小さなものです。これこそ新しい情報流通世界での覇権主義現象と言えるものではないでしょうか。例えば、昨年大きな議論となったグーグル・ブック検索があります。残念ながら、グーグルが情報流通させる世界には日本の法律による保護(管理権)は及びません。プラットフォーム・サービスが米国内で行われている場合、私達の個人情報や企業の機密情報、さらには国家レベルの情報まで米国プラットフォーム・サービス企業の管理下=米国法の支配下にあるのです。

 私は、プラットフォーム・サービスはそもそも国境を越えるサービスなので、情報流通を鎖国してすべて日本国内に留めるべし、となど言う気はありません。国際協調の時代です。資本もサービスも本来自由な市場経済に委ねられるべきです。ただ、そうであっても最低の安全措置は取られるべきではないでしょうか。例えば、リアルの世界では、食品安全、製品の安全基準など種々の配慮が実施され、外国に対しても主張しています。しかし、バーチャルな世界のプラットフォーム・サービスではほとんど政策的配慮はなされていません。電子メール等に含まれる個人情報や企業の機密情報は外国で処理される場合、どこまで日本の法律は私達を保護してくれるのか、著作権はどうなのか、違法コピーの取り締りは十分なのか、など私達はあまりに無頓着です。ICTを活用する総合戦略を検討するに当たって、製品・サービスやインフラだけではない、上位レイヤまで含めた公的な補助や負担軽減などの支援策に加えて情報流通基盤となる法整備や外国との利害調整など広い分野の総合戦略が必要です。

 ICTに関する国際競争力が話題になると、すぐに輸出競争力がないとの指摘がなされて来ましたが、これからの国際競争力の中核である上位レイヤ・サービスには本質的に国境がないので、むしろ日本国内のサーバーやデータ・センターで検索や編集、ユーザ管理などの情報処理を行うことが競争力の源泉となります。つまり、ソフトウェアやアプリケーション開発だけでなく、ユーザーの獲得方法(マーケティング)からブロードバンド回線や電力の利用(料金)、加えて立地による負担まで含めた多面的で総合的なICT政策が急務なのです。

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