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ICR View
2011年1月7日掲載

2011年 情報通信分野でもっと議論を深めたいこと

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 皆様、明けましておめでとうございます。2011年新しい年となりました。本年も、このICR Viewでは、情報通信に関する問題をさまざまな角度から、時には、反骨的な臍曲りな見方を含めて、取り上げて参りたいと思っていますので、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 2011年最初の本欄では、昨年、話題になりながら、議論や理論が十分に深まったとは言えず、将来に問題を先送りした感のある問題を5点取り上げてみたいと思います。もちろん、これ以外にも数多くの問題は存在しますので、本件は、私の問題意識に拠っているものであることを誤解のないように予め言っておきます。
情報通信分野での昨年の最大の話題は、何と言っても総務省に設置されたICTタスクフォースにおける議論と結論、それを受けての総務省における基本方針の決定だったと思います。今後の日本の情報通信のあり方を巡る議論が利害関係を含めて、熱っぽく語られたことは記憶に新しいところです。昨年12月に、総務省(政務三役)から基本方針が示され、結論となったものと理解しています。

 私は、ICTタスクフォース合同部会の最終報告を含めて、この最終結論に加えて、今後のためにさらに議論や理解を深めておいた方がよいことを5項目述べておきます。

 第一は、「光の道」という用語の使用と光ファイバーの位置付けについて、さらなる戦略的判断が求められていることです。超高速ブロードバンド網の整備・普及が「光の道」と呼ばれるが故に、光ファイバー・インフラの印象が過度に強くなり、括弧付きで括られることは、超高速ブロードバンド網のインフラ構築にとっては、とても不幸なことです。無線インフラの役割を後退させる感があり、また、無線インフラは光ファイバーの整備・普及にあたっての“補完”との位置付けとされています。本来、両者はどちらかひとつという補完関係ではなく、両方とも必要となる重層(オーバーレイ)的な関係として成立するものです。どちらかあれば、超高速ブロードバンド・インフラは成り立つと言うものではありません。ブロードバンド・サービスは、ユビキタス・サービスと融合し一体となってこそ、機能を発揮するものです。「光の道」構想では、いつでも、どこでも、に加えて、今だけ、ここだけ、というユビキタス・サービスを十分に取り込んではいないようです。

 無線トラフィックの急増対策、無線周波数不足・確保対策、過疎地向けを含めた新たな無線通信技術の開発、無線鉄塔(サイト)の確保支援策など無線ブロードバンドにおいても、課題は数多くあります。有線と無線をオーバーレイして、両者を組み合わせ・融合化してこそ、超高速ブロードバンドの本当の役割が発揮できるのです。

 第二は、いわゆる機能分離の問題です。マスコミを含めて議論が白熱化した、NTTの構造分離・資本分離問題は先送りされ、機能分離の方向が示されています。基本方針は、3年後に、その有効性・適正性について包括的な検証を行うとされていますが、本件に関しては議論の過程において制度的措置のみが着目され、いわゆる取引コストの問題が十分に取り上げられて来なかった嫌いがあります。言葉の上では、設備競争とサービス競争の適切なバランスが謳われていますが、本質は、そのバランスをどう取るのか、経済学の立場から議論が十分尽くされたのか、と言うことにあると考えます。設備競争もサービス競争も、その両方をバラバラに追求することは政策的には誠に困難です。機能分離等サービス競争に求められる措置は、企業組織の分断や運営面での隔離など、一方で非効率性を強制することになるので、そのコストは、競争事業者にもユーザーにも及ぶことになることを忘れてはいけません。オープン化、約款化においても取引コストの発生やイノベーションへの阻害要因となり得るので、どこまで行うのか、経済学の立場からの十分な研究を待つ必要があると思います。本格的な経済学上の議論が高まることを期待したい。米国では、垂直統合のメリット、デメリットの評価を巡ってハーバード、シカゴ、ポストシカゴ学派などと呼ばれて、政策に影響を与えてきたところでもあります。

 第三は、周波数オークションについてです。私は、かねてより、全面的な周波数オークション導入については疑問を呈して来ました。それは、周波数利用の整合性や入札額に対する政治的思惑への懸念がベースになっています。今回、周波数オークションの考え方を取り入れた制度とする方向性が示されていますので、ここでは、一歩進めて、オークション制度に付きまとう問題の解決が図られることを期待したいと思います。

 即ち、オークション市場は、必ずと言ってよいほど、オーバーシュートするか、アンダーシュートするかという性質を持っています。無線インフラが国民生活に不可決な社会システムとなっている以上、オーバーシュートを単純に、競争の結果だから止むなし、と割り切るには無理があるように感じます。特に、入札額自体に、財政収入上の思惑が働く情勢では、本件をオーバーシュートに放置することは回避すべきです。ここは、オークション制度運用についての諸外国や過去の事例などの分析や、最近著しい進展を見せるゲームの理論や行動経済学の応用など、経済学やこの分野の専門家による十分かつ慎重な研究が進められることを期待したいと思います。

 次に、第四は、ICTの利活用促進に関してです。本来、90%のエリアカバーなのに契約率が30%なのは、利活用促進策が不十分だから、国、地方、及び事業者など全体として何らかの促進策が求められている、との認識から議論がスタートしたものだと思っていました。しかし、残念ながら、今回のICTタスクフォースの最終報告でも、基本方針でも利活用に関してはほとんど触れられず、目新しいものは見られませんでした。私は、この問題の本質は、個々の政策の優劣を論ずることではなく、国の役割を明確化し、具体的な体制として、国内外に打ち出すことにあると考えます。この点、今回の一連の議論が、国家の役割についての認識を深めるという点ではほとんど機能しなかったことに、私は、正直、落胆しています。諸外国のデジタル化・ブロードバンド化国家戦略プランでは、この点が前面に出されていることと対比されます。例えば、政府CIOの配置やICTについての省庁再編、個人情報保護のための第三者機関の設置、各種様式やデータベースの標準化・統一化への指導性の発揮、ICT化への国民満足度の積極的な把握など国の役割についての体系的な明示が望まれるところです。

 最後に、第五番目は、市場経済を支える現行株式会社体制への理解促進についてです。現在の情報通信サービス市場には、NTTという特殊会社が存在し、他の一般の競争市場とは少し趣きを異にしています。NTT法と電気通信関係事業法の下、管理・統制下にあると言えるかと思います。NTTに対しては、各種約款の認可・届出、役員や事業計画の認可などが義務付けられているだけでなく、政府が株式を1/3以上保有することも定めています。これらは、電話をあまねく公平に、ユニバーサル・サービスとして提供することと電気通信に関する研究開発機能を果す、ための措置となっています。

 その一方で、NTTはその発足当初から会社法に定める株式会社であり、株式の上場後は多数の株主を有する、その時価総額、株式数とも我が国有数の会社となっています。上場先も、東京だけでなく、ニューヨーク、ロンドンと世界を代表する株式市場であり、株主との関係は日本国内に止まらず、世界の市場関係者から注目を集めるところです。

 従って、構造分離、資本分離、会社分割といった株主の立場に抵触する議論は、同時に、株主の立場をどう守るのか(少なくとも損害を与えない)の配慮とともに行われるべきものです。少なくとも、我が国は株式会社制度をとる資本主義経済の下にあるのですから、この基本認識は一致していないといけません。1985年(昭和60年)に公社形態から株式会社へ、そして政府保有株式の売出=政府の財政収入、上場、と進められて来た政策の歴史を踏まえたものであることが必要です。政府と言えども、大株主及び利害関係者の一員として情報開示を含めて資本市場で適切な行動をとることが求められます。

 以上、情報通信分野で基本的・構造的に議論を深めておきたい点について述べてきましたが、2011年はこれら市場構造問題のほかに、製品やサービス面では、スマートフォン、電子書籍、SNS,コグニティブ無線ルーター、 WiFi、WiMax、LTEなどいろいろと話題の多い年になりそうです。

 1869年(明治2年)に電信サービスが、1890年(明治23年)に電話サービスが我が国で開始されて、それぞれ142年目、121年目を迎えます。大きな変化が目白押しの現在、競争当事者の利害関係を離れて、法律・経済・社会・技術についての学者・専門家による、より深い理論的論争が行われて、現実の政策選択の幅を広げていくことが大切な時です。新年早々、私達、シンクタンクの役割も一層大きくなるものと想定しています。

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