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2011年6月1日掲載

我が国情報通信産業の新たな懸念
―地震大国日本のリスク―

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 今回の東日本大震災で明らかになったICT分野におけるリスクは、NWインフラの被害、データセンターへの電力供給不安、通信の輻輳の3点に大別出来ます。これに対する備えは、次のとおり、

  1. 建物・構築物の耐震性強化と津波対策
  2. 設備、電源、回線ルート等の多重化
  3. 防災機器の配備及び燃料等必要物品の備蓄
  4. 復旧体制の構築―人員確保、マニュアル、訓練など
  5. 広域分散配置

などがあげられます。このうち、1.と2.はリスクの発生を事前に防止しようとするものであり、3.と4.はリスクが起きた時にどうするかと事前に決めておくものです。また、5.はその両方の意味を持つ総合的対策と言えます。

 これまでの地震災害対策では、まず1、2の事前対策が中心となって危険を予測(想定)して各種の施策に取り組み、かなりの成果をあげてきたところです。今回の東日本大震災でも、また、阪神淡路大震災や中越地震でも、通信建物が地震で倒壊するような事例は発生していません(建物被害は津波によるものです)。これは、想定が適正で施策が妥当だったことを示すものです。ただ、私達日本人があまり得意でないのは、リスクが起きた時のことを事前に決めておくこととの指摘があるように、前記の3、4の大切さ、有用性に改めて気付かされたところです。例えば、直接の通信・IT機器ではありませんが、電源を確保するために必要となる発電機の燃料の補給が極めて重要であることが教訓として残っています。

 今回の大震災における通信インフラの復旧に際し、さすがNTTグループと、NTT東日本とNTTドコモの対応の迅速さと統制力が注目され賞賛を集めています。これは想定(予測)外に対する危機想像力に基づくもので、結局、人間力に拠るものと言えます。通信インフラ事業者に根付くDNAと言われていますが、通信事業者が第一に備えておくべき本旨でしょう。事故や災害が発生した時にどう対処するのかを事前に準備し、研修・訓練しておく重要性を再認識したところです。

 一方、今回の震災の特徴として、1)被害が広域に渉ったこと、2)電力供給の断(大規模停電)及び不安定化、があげられていますが、そのために電力会社の供給地域をまたがる広域の分散配置を意識せざるを得ない事態となりました。さらに、こうなると東京近郊が震源だったらどうなるのか、また、今回は東京湾内で1.3mの津波が観測されたので、もし東京が大津波に襲われたらどうなるのか、これまでほとんど想定してこなかった事態への懸念が生じています。

 我が国の場合、通信をはじめICT産業では圧倒的に東京及び関東圏への集中が進んでいます。特にインターネット・サービスにその傾向が顕著です。海外の法人ユーザーからは、この東京一極集中こそ日本のICT産業のリスクとして捉えられているようです。通信事業者に対してだけではなく、ISPに対しても同様のリスクを感じています。この結果、外国企業を中心に、海外を含めて東京以外に拠点を設ける判断も現実のものとなりつつあります。

 大震災後、総務省において「大規模災害等緊急事態における通信確保の在り方に関する研究会」が始まっています。その中でも、我が国のICT産業が東京一極集中型となっているので、緊急時にも稼働することが可能なネットワークを作ることが課題となっています。日本の通信ネットワーク構造は経済性からますます東京集中が進む現実にあり、ISPのデータセンターも関東圏に多く立地しています。このような東京集中型のネットワーク構造になったのは、急激なトラフィック増加に比べて収益が横ばいであったこと、即ち、いわゆる“ホッケースティック・カーブ”が原因であり、ICT産業全体のコスト削減のしわ寄せの結果だと言えると思います。インターネット・サービスのユーザー負担のあり方、プロバイダーとの役割分担など根本的問題を改めて議論しておく必要がありそうです。これは、通信ネットワークのあり方、データセンターの配置のあり方にも及ぶ根本的な問い掛けです。例えば、日本国内のデータセンターの約7割は関東圏に集中しており、関西圏の増強が言われていても現実には約2割に止まっています。その上、関東圏と言ってもコスト面から東京湾岸に多くが立地していて、震源や通信回線を含めて津波対策が十分なされているとはとても言えない状況です。電力供給体制を含めて広域の分散配置が急務と言えます。

 加えて、事故や災害で発生した危機に対してすみやかに対応するためには、通信インフラを担う事業者はもとより、ISPサービスの提供者も、自分達の本社や災害対策部門それ自体が被災して統制・指揮機能が失われることも予想しておく必要があります。企業組織の幹部が一斉に被害に遭い、また連絡が取れずに統制・指揮がとれなくなることもあり得ます。物理的な設備などの広域分散配置だけではなく、体制や人員の広域配置、即ち、前述の「人間力」の分散配置も心掛けておくべきでしょう。

 このように設備や体制、人員の広域分散配置を追及していくと、東日本、西日本という程度の広域分散に止まらず、世界全体、特に東アジア、太平洋地域への広域配置に発展していくことが予想されます。データセンターの分散、企業データの分散保存・二重化が進められていますが、さらに通信インフラ自体の国を超えた提携・支援(バックアップ)を視野に入れたグローバル化を検討する時代ではないかと考えます。通信事業者はそれぞれの国の事業免許、許認可に準拠していますが、広域の事故、災害では国をまたがる通信事業者相互の協力や支援活動をあらかじめ定めて備えておくこともグローバル化時代の危機管理と言えるでしょう。サービス提供面の国際的なアライアンスのみならず、単に善意に基づく義援活動だけではない、事業サイドから見た危機管理の国際的な提携(注)も必要となっていると思います。

(注)例えば、防災対策や災害復旧情報・経験の共有化、施設の一部分散、設備や機器等備品の共用、また、人員の応援などが考えられます。

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