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ICR View
2011年7月6日掲載

大震災を、企業価値への社会的責任の反映の契機に
―企業の公共的・社会的責任推進のために―

経営研究研究G
グループリーダー 市丸 博之
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 今回の東日本大震災では、電力、水道、鉄道・道路・港湾等運輸、通信などの社会インフラシステムが、大きな被害を受けた。こうした社会インフラは、公民営問わず、そのほとんどが事実上の地域独占供給体制にあるが、唯一の例外が、通信特に携帯分野である。携帯各社は、通信業の性格上、全国でサービスを提供しているため、当然今回の被災地でも競合してサービスを提供している。
 一般の企業では「災害等への備え」は、自社のBCP(事業継続計画)として検討されるべき性格のものである。しかし社会インフラを担う企業では、それ以前に公共的責任である。株式会社としての利益(効率)最大化と社会インフラとしての公共的責務達成(コスト)の間には財務上はトレードオフ関係にあるから、インフラ企業において利益追求で公共的責任が疎かにならないよう、政策上、公共的責任の遂行の担保のために規制(ガイドライン等)が設けられる。しかし、その規定の細目の程度は、インフラとしての重要度、災害発生時の影響度などにより違ってくる。

 通信分野における災害対策については、設備収容建物は「堅固で耐久性に富むものであること」、停電対策としての「自家用発電機又は蓄電池の設置」などが総務省令で規定されているが、電力持続時間などその具体的程度については、事業者の判断に任されている。更に、通信業は地域独占の他インフラとは違い、激しい市場競争下にあるため、利益追求と公共的責任のバランスのとり方は、他のインフラ産業以上経営者自らの判断が求められる。社会的インフラを担う企業の場合、公共的責任が企業利益に優先すべきと一般には考えられるけれども、実際はマスコミで報道された通り、通信各社のこの判断、災害対策の程度に大きな差があったことが今回の震災で明らかになった。

 利益偏重から公共的責任遂行が不十分であったからといって、当該業界に特定の手法を一律義務付けるような規制はイノベーションを阻害する(注)。災害対策にも技術進歩や効率化の工夫の余地がある以上、株式会社として公共的責任遂行も効率的に果たすような仕組みが望ましい。それが、「会計開示」による社会的モニタリングである。そしてその検討の参考になるのが、CSR(企業の社会的責任)の議論である。
 企業は、株主のみならず様々なステイクホルダーへの責任(社会的責任)を果たすべきというCSR論は、今やISO26000の制定にみられるごとく世界の潮流となっており、経営の課題は従来の利益最大化に加え、社会的責任遂行の両立にある。とすれば、経営者は各ステイクホルダー利害を個々に説明するのに加え、トレードオフにある複数の利害をどうバランスさせたか、どう調整したかを説明する責任がある。
 株式会社である企業は、財務諸表という形で自らの財務業績を株主(投資家)に開示し、投資家はそれに基づき資本市場を通じて、株価という形で当該企業を評価する(利益最大化の株主モニタリング)。一方CSRの場合は、社会的責任への貢献度は、CSR報告書という形で社会に開示される。(社会的責任へのステイクホルダー(以下社会的ステイクホルダーと呼ぶ)のモニタリング(以下社会的モニタリングと呼ぶ))
 しかし多くの場合、社会的責任への貢献度の測定が定性的であったり、非財務数値で表されているから企業利益への連関は不明であり、社会的責任への貢献が財務業績の細目として株式市場で評価されることはない。
 CSR(社会的貢献)をいくら行っても財務業績が上がらず、株価も上がらないと言われる。社会的貢献を理由に当該会社の製品購入が増え、売上高や利益が増え財務業績が上がって初めて株価は上昇する。逆にCSR上の不祥事で社会的糾弾を受けて、売上高が落ちると業績が悪化し株価が下がる。それゆえ企業では一般にCSRは「企業の評判を落とさないための必要経費」と考える見方が今だ強いと言われるが、その一因はこの利益とCSRの関係の不明瞭さにあるのではないか。

 利益とCSRをリンクさせる仕組みが「会計開示」である。CSR報告書で環境問題に関しては、環境省による環境会計ガイドラインに基づき、多くの企業が環境保全のための投資額や費用とその効果を開示している。この環境対策の定量化と開示により、各企業は、自らの社会的責任の遂行について企業利益との関係を認識し、取り組みへの指針を得るとともに、開示により社会的ステイクホルダーのみならず株主へも、その利害のバランスについての説明責任を果たしているのである。従って、株式市場は、当該企業の利益(財務業績)をその社会的貢献(コスト)を認識したうえで、その社会的貢献の効率性を含め評価することになる。その場合、株主は自己の利害だけでなく、効率性のチェックという点から社会的責任へも貢献すると言えるかもしれない。(更に、公共的・社会的責任コストを負担した上での利益(財務業績)で株価を評価するということ自体が、投資家はコストを払って社会的責任に貢献しているとも言えよう。)(下図参照)

図:企業利益と社会的責任のリンクによるCSRの企業価値内部化

 この例に倣い、社会インフラの防災対策という公共的責任(NTTなどではCSRに含めている)についても、規制ではなく社会的モニタリングで推進するため、通信各社も、防災計画の具体的な内容(例えば電源車の台数、配置状況等)に加え、それにかかる設備投資額や年経費を開示する(AT&TではDisaster Recovery Programの毎年の投資額を開示している)。これにより当該企業の毎年度の利益額と公共的責任コスト(ここでは防災対策コスト)の関係が明確になって、インフラ企業の公共的責任への取組みへの社会的モニタリングを通じた推進に加え、利益最大化の観点からの株主は、防災計画自体、言わば公共的責任セグメントの効率性(費用対効果)をモニタリングすることが可能になるのである。

 しかしながら、経済的利益と社会的公共的責任遂行(コスト)の関係を明らかにしても、投資家が依然として経済的利益のみを評価する意識に留まっていたのでは、「企業価値」を表す株価には反映されず、企業行動へのインセンティブは働かない。(既存のCSR報告における環境会計でも決算財務諸表との連関が今一つはっきりしないこともあり、IRなどでは話題にならないと言われる)

 今回の震災前後でも、携帯各社の株価トレンドの相対差に目立った変化はみられなかった。しかし東北地方の携帯電話機純増数のシェアは、震災後その対応の差に従った逆転が生じている。ただ他の地域ではこうした動きは現れておらず、各社の東北地方の売上ウェイトは低いことから各社の全体財務への影響は低いとみられる。
 一方、今回の震災では、多くの企業から多額の義援金が被災地に贈られたが、各社の株主総会でももっと義援金をだすべきとの提案がなされる例がいくつもあったという。また企業のBCPへの関心も高かったと聞く。                    

 こうした震災を契機とした企業の社会責任への株主の意識変化を、未曾有の大災害に接した際の一次的なフィランソロピー(篤志)的なものに終わらせず、CSRの企業価値(株価)への取り込み(内部化)へ繋げるため、経済的利益追求と公共的責任・社会的責任遂行の関係を明確にする公共的責任会計、社会的責任会計の、その開示方法(効果的なのはCSR報告書なのか決算財務諸表なのか等)も含めた制度の検討を今こそ進めるべきではなかろうか。

(注)米国では、2005年のハリケーン・カトリーヌの災害後、FCCが携帯電話基地局に一律8時間のバックアップ電力を義務付けようとしたが、携帯事業者の費用負担が大きいことなどを理由に政府は拒否した。

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