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2011年8月4日掲載

電気通信事業の内外規制差が競争力を制約

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 今年3月1日、昨年のICTタスクフォースにおける議論を受けた各種課題の検討の継続及び市場環境の変化を踏えた競争政策のあり方を検討するために、総務省の情報通信審議会電気通信事業政策部会の下に、「ブロードバンド普及促進のための競争政策委員会」と「電話網移行円滑化委員会」の2つの専門委員会が新たに設置され、本年12月の答申に向け活動が始まっています。


 今回はこのうち前者の“競争政策”委員会の検討テーマに、モバイル通信市場の競争促進が含まれており、既に事業者ヒヤリングも実施されているので、この問題の中から最近の事業戦略、特に国際競争に着目した課題を取り上げてみたいと思います。

 それは、我が国電気通信事業における競争政策上の各種の規制が主として国内向けのものとなっており、かつ、行政府の管轄権限(いわゆる所轄官庁)の問題から規制が国内外や業界内外でアンバランスになっていたり、公平性を欠いてしまっている問題に関するものです。具体的には、モバイル通信事業者に課されている広範囲の相互接続と接続義務の厳しさ、過重な禁止行為規制の2点から国内外と業界内外で事業者によって規制差が生じ、国内の一部の事業者に過大な負担をもたらして、我が国全体の国際競争力を発揮しにくくさせている現状を生み出していることを指摘したい。

 第一に、モバイル通信事業者の相互接続義務では、我が国では限定的な拒否事由に該当しない限り応ずるという厳しい義務が課されていますが、この点、欧州では単に妥当なアクセス要求であれば応ずる義務となっていて、その妥当性の立証はケースバイケースとされています。さらに、米国ではそもそもこうした相互接続義務が存在しません。

 加えて、相互接続義務を負う範囲が我が国ではMVNOにまで及んでおり、こうした広範囲な接続義務を課しているのは日本だけで欧米には見られません。これは、日本国内における新規事業者の参入に応ずる形で既存事業者(MNO)に対して義務が課されて来たもので、議論の過程においてもほとんど国内通信市場のみに着目して規制が行われて来たと言ってよいものです。また、規制の根拠が電気通信に関する事業法にあるので、対象とならない上位レイヤのサービスプロバイダー、それも海外の事業者にはまったくと言ってよい程に規制の手が及んでいない実情にあります。

 こうなると、明らかに国内外での競争力に差が付くことになります。例えば、外国の事業者(通信キャリアであれ、上位レイヤ・サービス提供者であれ)がMVNOとして我が国に参入する場合、我が国のMNOは接続を拒否できず、価格も適正な原価に適正な利潤を加えたもので提供する義務が課されています。従って、MVNO側からのビジネスプラン(事業計画や収入見通し)を聴取する範囲が限られ、ましてや収益保証を求めることは認められていません。その一方で、典型的に米国における実例で明らかになっていることですが、米国には接続義務がなくMVNOに対してもちろん特別な扱いはありませんので、米国キャリアは当然の如く、MVNO事業に参入しようとする事業者に対し、自社利益の減少がないかどうかを確認し、具体的には価格は言い値の卸売り価格を設定し、中長期のビジネスプランの提出を求め、最低収益保証(ミニマニ・コミットメント)を要求して来る、とのことです。米国においては、市場経済のもと当然の行為が行われているのに対し、日本ではMNOたるモバイル通信事業者は誠に不利な立場に置かれています。この点、MVNOは日本市場には入り易い事業形態ですが、逆に米国では結構ハードルの高いビジネスとなっています。

 本来、相互接続は概ね対等のネットワーク設備を有するMNO同士が事業者間接続するという趣旨であったものが、我が国では単純に広くMVNOにまで拡大したので、こうした内外規制差が生じているのです。このままでは、上位レイヤ・サービスをMVNOの形で世界に展開しようとすると、守るべき日本の市場は広く開放しているが、外国の市場は自由市場に置かれ厳しい参入障害に直面することになります。ICT産業のグローバル化を図る上でも、規制面で内外無差別、レシプロシティの追及が政策的に必要な時です。

 第二は、禁止行為規制における非対称規制の問題です。現在、電気通信事業法第30条によって、接続情報の目的外利用・提供、不当な差別的取扱い、製造・販売業者等への不当な規律・干渉の3点が禁止行為として市場シェアの高い(25%超)事業者、ここではNTTドコモに対して事前規制が課されます。その一方で、すべての事業者に対して、同じく電気通信事業法第29条は前記と同様の行為があった場合には、総務大臣は当該事業者に対し業務改善命令を出せると規定しています。これらはいわば二重規制とも言えるものですが、禁止行為規制が事前規制として事業者に非対称に適用されていることで、現実に事業面でいろいろなネックが生じています。

 例えば、米国アマゾン社の電子書籍リーダー「Kindle」に対しては、AT&T他がネットワーク回線を提供しており、かつ、AT&Tはこの卸回線契約付きKindleを全米の直営店で販売していますが、日本国内でNTTドコモが同様のことを行おうとすると、他の事業者の提供する端末も、要求があればドコモショップにおいて同等の条件で販売する必要が生じます。また、現実にグローバルMVNO事業者が世界でサービスを展開している事例が目立っていますが、NTTドコモの場合には他のMVNO事業者から要望があれば同条件で相互接続を提供する必要があります。これらのことから分かるように、特定の狙いを有する事業者からするとNTTドコモと業務上の取引や提携をすると、他の事業者にも当該取引条件が同等に適用されてしまうのでアライアンスを組む利点がなくなり、市場競争面で事業展開、特に国際展開上不利な立場となっています。こうした状況では我が国ICT産業の国際競争力に支障が生ずるとともに、サービス面でユーザの利便性が損なわれている懸念があります。

 結局、このような厳しい事前規制が、諸外国のモバイル通信事業者のようにMNOがMVNOと提携したり、他の事業者にネットワーク回線を卸提供したりするビジネスを戦略的に展開する途を狭めてしまっています。「支配的事業者」に対して非対称規制を事前規制として二重に課すことは、日本国内に閉じた競争政策としては今日までの新分野の事業の進展を見る限り、強力に機能していることは十分に認められるところですが、一方、市場競争は既に日本国内に止まらず、さらに上位レイヤに主役が移行していることを考えると、この電気通信事業法第30条の禁止行為規制がもたらすものは「支配的事業者」の扱いを受ける事業者に対して、その提供するネットワークのいわゆるダムパイプ化を進行させる効果を果しているとさえ言えるのではないでしょうか。

 規制が事前とか事後とかいう文言や単純な適用時点の差ということではなく、事前規制が非対称規制の有力な手段となっているところが、市場の変化に柔軟に対応する途を塞ぐ結果をもたらし、国内外と業界内外での規制差を生じて、日本のICT産業の競争力を制約するとともにサービスの多様化に影を落としていることに懸念を持っています。

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