ホーム > ICR View 2011 >
ICR View
2011年10月7日掲載

電力は失敗、通信は成功
−エネルギーと通信の協調−

[tweet]

 東日本大震災で発生した福島第一原発事故、その結果生じた原子力発電に対する危惧や不安のため、被災した福島第一原発だけでなく、定期点検後の原発再開の目途が立たず、各地域の電力会社管内で電力不足をもたらしています。

 我が国の電力事業は、これまで高品質の電力を安定供給するという高い評価を得ていましたが、今回の事故でその信頼が一変しただけでなく、現実に需要に対し供給が不足する事態を生じて、国民・利用者の行動・考え方に大きな影響を与えました。電力会社への不信の念は、さらに、電力料金が高い、電力会社の経営が非効率、また、行政との関係などにまで批判が向いています。さらに、産業政策として、経産省(旧通産省)の取り組みに対しても、電力業界の監督のあり方、原子力発電の推進と安全管理とのバランスなど厳しいマイナスの評価がなされる現状にあります。

 一方、この間、比較の上でプラスの評価として登場して来たのが、通信事業とそれを支えた産業政策でした。いわば、電力事業は失敗、通信事業は成功という訳です。つまり、電力事業が重大事故の発生から、供給力不足、高価格、非効率などの事例が指摘されるのに対し、通信事業では、少ないトラブル、高品質で多様なサービス、価格低下、効率経営が成功の要素として取り上げられています。

 加えて、特徴的なのは、(地域)独占の下にある電力事業では、発送配電網が極めて閉鎖的に運営されていて新規参入の余地が少ないのに対し、通信ネットワークは、1985年の通信事業の自由化と電電公社の株式会社化以降、経年的にオープン化が進められて、数多くの新規参入事業者が登場して競争的市場が形成されている点が大きく違っています。オープン化の違いが当然、事業競争の有無となっていて、価格低下とサービス多様化の差となって現れています。その結果、価値があった高品質の安定供給への信頼が、電力不足(例えば、計画停電、電力使用制限令の発動など)や節電の要請によって一夜にして失われてしまい、現在に至っています。

 ここで、世界に眼を向けると、また違った姿が見えて来ます。欧米先進各国では、電力事業の自由化・競争化が進められて発電と送配電とは分離され、多数の発電事業者が参入し競争市場が形成される一方で、送配電網への設備投資が進まず、米国でしばしば見られるように配電が不安定になり小さな停電が多発するばかりでなく、大停電すら引き起こす事態を生じています。競争参入、価格低下では成果がでているものの、安定供給面では問題含みというのが実情ではないかと思われます。
一方、通信事業は、先進各国では、1980-90年代に同様のプロセスで、独占企業体(国営や公営)の民営化と競争導入から始まり、その後、ネットワークのオープン化が進められ今日に至っています。この間、インカンバンド(既存)事業者には、当初、料金や事業領域、オープン化など種々の規制が課されていましたが、その後次第に規制が緩和されて来たのが、ここ四半世紀の歴史であると言えます。経験的に言えることは、インカバンド事業者が既に通信ネットワークを完成していた固定通信事業では、設備競争よりむしろ、オープン化によるサービス競争に力点が置かれ、強い非対称規制が課されたのに対し、新たに事業が開始されたモバイル通信事業では、周波数免許とネットワーク建設が新規に複数事業者で並行的に進められて競争的な市場が形成されて来ました。

 日本の通信事業も世界の潮流ではほぼ同様のなかにありますが、残念ながら、先頭に位置して自由化、競争化、民営化が始められ、オープン化が進められたのに比較して、規制緩和の方はあまり進展していないようです。この点、電力事業については、世界からは異質なまま今日に至っていると言えます。規制緩和ではなく、オープン化すら進んでいません。

 結局、日本の電力事業には、原子力発電をどうするのかという新しい課題だけではなく、そもそもCO2削減対策や再生可能エネルギー買取制度の導入など、サービス面、運営面を含めて根本的なイノベーションが求められています。今日的な課題として、マスコミ的には、再生可能エネルギーの開発、特にメガソーラーなど太陽光発電が話題になっていますが、より現実的に考えると、現状、供給力が需要に追いついていないことを踏まえると、先ずはいかに需要を押さえるのか、国際競争力に直結する産業用はもちろんですが、家庭用、一般業務用の節電のため、いかにデマンドをコントロールできるのかにもっとイノベーションの眼を向けるべきだと考えます。再生可能エネルギーの開発同様、節電コントロール方策の位置付けを高め、技術開発や製品普及の助成といった従来型の方策に加えて、スマートメーターとICTによるデマンドコントロール、小型(家庭用)畜電池、小型交直変換コンバーターと安全な直流配線、さらには、電力料金のデマンド・レスポンス制など、単なる節電努力ではない電力(エネルギー)利用イノベーションの促進を併せて行わないと、現在の電力事業の構造改革、効率化は進められないし、国民・利用者の納得を得られないのではないでしょうか。

 通信事業が成功と評価されている根拠のひとつに、過去四半世紀の間に、通信の主役が電話からインターネットに変化し、インターネットを基盤としたイノベーションが急激に進展したが、通信事業側もこの流れに合わせて通信の高度化・高速化・多様化を並行して進めて来たことが挙げられます。つまり、ITと通信の一体化、即ち、ICTの進展が図られて来たことです。量的拡大中心であった電力事業との違いはそこにあったと思います。

 電力事業と通信事業とは、公益事業、ネットワーク産業という共通項を持ちながら、ここ四半世紀の間、イノベーションのあり方も産業政策も異質なものとして、事業的にも政策的にも取り扱われて来ましたが、インターネットが通信産業にもたらしたような変化を、今後は、スマート化による節電・蓄電と分散発電が、電力事業にさらに強い影響を与えることになると想定しています。そこに、エネルギーと通信の協調の世界が広がるものと考えます。

 成功・失敗を評価する時、産業政策的に何を目指して来たのか、変化に柔軟な対応が可能な方策なのか、国際競争力はあるのか、消費者・利用者の声や満足度はどうなのか、など供給者と消費者・利用者双方の眼から判断する必要がありそうです。

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。