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ICR View
2011年11月7日掲載

グローバルマネジメントの実践
−ICT産業のグローバル展開−

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 日本の産業界では、円高の進行や電力供給への懸念などから、これまでにも増してグローバル化が各方面で進められています。ただ、これまで進められてきた従来型の海外進出や国際取引とは様相を異にしているのも事実です。製品・サービスの原材料の調達や生産から販売まで、日本企業にとってはマザーカントリーとしての日本を意識しつつも、国境を越えて、生産やサービス拠点、物流・研究開発拠点、さらには本社管理機構まで、世界のどこに配置したらベストなのかを考えて実践していく流れになっています。もちろん、こうなると日本国内の雇用や研究開発力が失われて、いわゆる産業の空洞化が起こることが心配されます。

 しかし、問題の本質は空洞化現象にあるのではなく、もっと大きく、特定領域(例えば、技術水準や品質など)での思い込みや過信、また従来から続く意識面の慣性から、本来、市場を通じて実現される、世界を意識した最適な機能配置を歪めてしまってきたことではないかと考えます。“グローバル”には、本来、内と外とか、国境とかいう概念はなく、地球や世界全体を表わしています。これは、私達日本国内の一人ひとりが考えるべき国内問題なのです。日本国内市場であれ、世界の市場であれ、ビジネスをはじめ農業、医療、福祉などあらゆる面でグローバルを意識しないと取り組めない時代となっています。

 グローバル市場でみると、ICT産業分野では、新興国の巨大化と米国企業の上位レイヤサービスの成長・拡大が目につきます。特に、モバイル通信事業者では、日米欧先進地域の携帯契約数が成熟段階になっていて契約数では既に影が薄くなっており、中国、中南米、インド、アフリカでの規模拡大が目立っています(世界最大のモバイル通信事業者は、契約数6億の中国移動)。一方、成熟段階に達した地域では、モバイルやブロードバンドを活用したアプリケーションや検索、SNSといった上位レイヤサービスが次々と生まれて拡大しています。すべての新サービスが成功する訳ではなく、多く生まれて多くが消滅する中で、短期間で世界中に広まるサービスが出てくることがICT上位レイヤサービスの特色でもあります。アップルのiPad、iPhoneなどの新しいデバイスとアプリケーションサービス、グーグルの検索サービス、SNSのフェイスブックなどイノベーションとともに新製品・新サービスを世界に拡げています。モバイルとブロードバンドインフラの成熟がグローバルレベルでの条件を整えているので、こうした上位レイヤサービスがグローバルに発展しているのです。

 一方で、新興国のモバイル通信事業者の拡大に伴って、そのネットワークの監視、維持メンテから建設までを一括して請負うマネージド・サービスであるNWアウトソース事業が盛んになっていることも特徴にあげられます。そこでは、欧州の巨大ベンダーであるエリクソンとノキア・シーメンス・ネットワークがグローバルにサービスを行っていて、それぞれ、4.5億、3億のエンドユーザーをサービスしています。世界最大のモバイル通信事業者である中国移動に次ぐ、モバイル通信設備管理会社となっていることに驚きます。

 以上のように、ユーザー数規模では新興国が、設備管理では欧州勢が、新しい上位レイヤサービスでは米国勢がグローバルで影響力を増している構図となっています。この中でのポイントは2点に整理できます。第一は、先進地域の通信事業者は、グローバル展開では必ずしも好業績を達成していないこと、特に、モバイル通信事業では英国のボーダフォンとスペインのテレフォニカが熱心にグローバル展開を行って新興国の成長を取り込んではいるが、他の通信事業者は業績を上げているとは言えないこと、第二は、マネージド・サービスの欧州ベンダーも、上位レイヤサービスの米国IT企業も、それぞれマザーカントリーでの取り組みではなく、初期の段階からグローバルな活動を行ってきたこと、つまり、サービス拠点や製造拠点はグローバルな観点でベストな組み合わせを構築することで成功を導いたと言えることです。

 ICTの成熟地域にある通信事業者の多くは、マザーカントリーを核に周辺地域に同じレイヤのサービスを拡大してスケールメリットを活かす方策をとってきましたが、必ずしも業績向上につながっていないのが実情です。成長過程のスケールメリットだけでは、すぐに成熟段階に到達するか、あるいは、多数事業者間の激しい競争に晒されるかなので継続した発展や業績の向上は経済的、政治的に難しくなっています。結局、ITインフラからアプリケーションとマネージド・サービスまで、あるいは、ネットワークインフラからプラットフォームとコンテンツまでを、成長地域から成熟地域までを組み合わせて事業ポートフォリオを上手に展開していかないといけないということです。この点、アプリケーションやプラットフォームをインフラ上に革新的に展開した、あるいは、ベンダーのノウハウをアウトソーシングビジネスとして活用した、米国の新しいIT企業と欧州の既存大ベンダーがグローバルな勝者となりました。

 これらの現実を整理してみて教訓となるのは、市場を意識した活動と人材、グローバルマネジメントの実践に尽きると思います。日本国内のサービスレベルや技術水準の高さは、絶対品質に対する自信過剰を生み出し、現実のユーザー・消費者の体感品質を無視して、いわゆる海外進出を進める基調を作り出したのではないかと思います。我が国のICT産業各社においても、グローバルな事業構造、組織運営、市場分析、人材確保・配置になっているのかが疑問です。

 最後に、新興国、特にアジア地域の経済成長にいかに自らを合わせていくのか、競合・競争だけでなく事業者間での提携・アライアンスにより、アジアを中心にした貿易やサービス流通のGravity Model(引力の法則)を追求する途を探る時にあると考えます。特に、インフラやプラットフォームビジネスでは、多数の複数事業間の提携やアライアンスによって大きなGravityを生み出すことが可能です。その意味で、日本のICT立地の国際競争力を強化すること、その環境整備を政策的に、事業的に行うことが求められています。規制緩和や税制その他の政策的支援が必要です。日本からグローバルなICTのハブがなくなるようでは、スマートフォンやタブレットをベースとしたクラウドビジネスは、いよいよ米国勢、さらには、これからは近隣の大国の風下に立つことになるでしょう。

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