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2012年4月10日掲載

ピーク抑制とオフピーク活用の必要性
−節電から学ぶ通信トラフィック節約の教訓−

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 2012年度に入り、いよいよ電力市場の改革論議が盛んになっています。当面のところでは、東京電力の問題として、電気料金の値上げ、原子力損害賠償支援機構からの出資と賠償資金の支援、総合特別事業計画策定などが議論となり、結局、1兆円の出資に伴う公的管理のあり様が取り沙汰されています。さらに、根本的には原子力発電所の再稼働を巡る問題、国のエネルギー政策のあり方が問われていて、東電だけではなく、全電力会社、さらには電力産業・エネルギー産業全体が問われる事態となっています。ただ残念なことに、この問題が供給サイドの論議に終始しており、加えて選挙民や地元の動向を強く気に掛ける政治的思惑と原発事故被害の救済措置とが複雑に絡み合って解けない状況となってしまっています。

 私は東電の事業計画や値上げ問題、また原発事故被害補償問題をここで取り上げるつもりはありません。差し迫った問題だけに責任を持つ当事者のリーダーシップと最終決断とに従うというフォロワーシップの姿勢です。

 ただ、今後の国のエネルギー政策において、電力需給が取り上げられる際にどうしても供給サイドの議論が優先されてしまい、需要サイドの施策の分析や評価がおろそかにされていることに異を唱えたいと思います。

 電力市場が貯蔵が難しい同時同量需給サービスであることから、これまではいかに電力需要に発電量と送電系統とを合致させるかという供給サイドの取り組みにより対応されてきました。従って、今後の原発稼働再開をどうするのか、再生可能エネルギーの活用をどうするのかなどの議論もこの範疇でしか捉えられていないのが実情と思われます。しかし、昨年の夏の現実はどうだったのか、貴重な経験から得られた教訓は何かをここで考えてみます。

 昨年夏、結局のところ私達は節電に挑戦し、なし遂げたのです。それも、いつが電力使用のピークなのか、何がどの程度の電力を使用しているのか十分な把握ができないまま、手探りの知恵と工夫で乗り切ったのです。こうした需要サイドの取り組みをもっと統計的に分析評価して、各種の施策内容とともに教訓を導き出しておく必要があるのですが、喉元を過ぎた今、東電問題だけに関心が集まってしまい、折角の節電方策に結びつく論議が見られないのが残念でなりません。

 ここで電力の世界で起こったことが通信の世界でも起きていることを忘れてしまってはいけないと考えます。大震災やその後の原発事故のような直接的な契機はありませんでしたが、モバイル通信の世界でスマートフォンやタブレット端末が急増するに及んで、トラフィックが急増して(毎年倍増とも5年で20倍とも言われている。)、ネットワークが逼迫し混雑してつながりにくくなることはもとより、我が国のNTTドコモやKDDIの事例のように通信障害事故に直接間接につながるケースが世界各国で見られる事態となっています。

 電力市場の需給が同時同量で成立していて、ピーク時の発電(設備)容量が問題となるのと同様に、通信市場においてもトラフィックのピーク時に必要となる処理能力をネットワークが保持しておく必要があります。さらに言えば、電力市場が電気エネルギーといういわば単一のサービスで構成されているのに対し、通信市場は音声、データ、映像など多様なトラフィックの集合物を扱う複雑な市場であり、かつイノベーションが盛んでサービス内容や構成が大きく変動する市場となっていることに注目しておく必要があります。しかし、通信サービスの生産者たる通信会社も市場関係者や規制当局も、設備容量やトラフィックの処理能力ばかりに眼をうばわれ、需要サイドに何が起こっているのか、どう変化しているのか、特にトラフィックが発生するメカニズムに立ち入ってコントロールする方策には十分手が及んできませんでした。収入はトラフィック量をベースにした従量制料金の時代から、契約数がベースとなる定額制料金主体に依拠するようになっても事態は変わらず、供給サイドの見方が主流のまま今日に至っています。本来、定額制料金となれば使っても使わなくても同じ、いくら使っても一定額の支払いとなるのですから、それこそ“湯水”の如く無尽蔵にトラフィックを生み出してもおかしくない訳です。

 通信事業の先人達は、1972年(昭和47年)の通話料金制度の改訂、すなわち市内度数制の廃止論議の際、人と人との音声通話に加えて時代の流れから機器対機械の通信が増加することを予想して、つなぎ放題となることを防止し通信設備の健全性維持を目指して、広域時分制(従量制)料金の採用を果しました。これにより、機械対機械通信(今日のデータ通信)の市場経済化が図られたと言えるでしょう。

 電力市場において需要コントロール、節電に貢献する取り組み、すなわちDemand-side Managementの重要性が認識されるに至っている今日、通信市場こそ、ネットワークにやさしい、トラフィックピークを回避する需要サイドの取り組みにもっと光をあてて方策を検討すべき時ではないでしょうか。IT技術の進歩は止まることを知らず、まだまだ続いて新しいサービスや製品を生み出すことでしょう。しかし、ネットワークの改良改善(世代交代)と設備容量増加には時間とお金がかかります。供給サイドだけでは対応が困難となることは目に見えていますので、需要サイドのトラフィック節約の取り組みが必要です。

 ピーク時のトラフィックを平準化してネットワーク設備容量の増大を押さえるように需要サイドが取り組むためには、トラフィックの処理能力や処理量の現実をもっと広く利用者に知らせる必要があるし、トラフィックのピークを削減し得る方策=ピークの平準化やトラフィック使用効率の高度化を図る技術開発が求められます。さらに、料金政策上もデマンド・コントロール型の料金制度の導入やトラフィックピーク時の負荷とならないサービス開発に支援策を講じたり、トラフィックの発生を平準化し抑制するソフトウェアやアプリケーション開発に有利となる資源(収入)配分を導入するなど、通信設備全体の容量を節約して効率的な経済社会としていく努力が求められていると思います。

 通信も、今後の電力市場と同様に、トラフィックが生ずるだけ単純に設備を用意するというのではなく、需要サイドの効率性、効用を意識してバランスのとれたネットワーク構築を図る時代を迎えていると考えます。

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