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Global Perspective 2013
2013年4月3日掲載

ソフトバンクのSprint買収と中国製品に対するアメリカ政府の要求:安全保障の観点

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁
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ソフトバンクが2012年10月に発表したSprint Nextel(以下Sprint)の買収計画について、アメリカ政府が承認の前提として、Sprintのネットワークで中国メーカーのHuaweiやZTEなどの機器を購入しないかをアメリカ政府が監視できることを承認の条件とすると報じられている(※1)。昨年10月にソフトバンクがSprint買収を発表した際に、弊社レポートにおいて、今後の課題として国家安全保障の観点からも買収審査がなされるだろうことを分析したが、それが具体的な内容として現れてきている。

ソフトバンクもSprintも中国製品を導入する意向はない

アメリカ政府が中国製品に対して不信感を抱いており、ソフトバンクがSprintの買収を発表したのと同時期の2012年10月に米下院情報特別委員会は華為技術(Huawei)および中興通訊(ZTE)がアメリカに対する国家安全保障上の脅威であるとの文書を公表した(参考レポート)。中国メーカー側は事実無根であると主張しているが、アメリカは中国製品に対する強い不信感を持っているため、今回のような要求が出てくることは自然なことである。

このような要求が出てくることをSprintもソフトバンクも想定していたことだろう。買収計画を発表した後の2012年10月18日に、ソフトバンクの孫正義社長とSprintのダン・ヘッセCEOがニューヨークで行ったインタビューにおいて、Sprintは中国製品の通信機器は導入しない意向を伝えている(※2)。

ヘッセCEOは、「Sprintはアメリカの安全保障上の懸念を抱かせる製品は絶対に使わない。過去の業者選定時にも安全保障上の懸念のある製品を外したことがある。」と述べた(※3)。孫社長は、「アメリカ政府がこの問題に敏感になっていること、国家の安全保障の重要性をよく理解している。アメリカ政府が『(中国製品を)利用するな』と言うのであれば、ソフトバンクはその判断に従う。HuaweiやZTEの製品を導入しているのは、ソフトバンクグループの子会社の1つだけだ。」と述べた(※4)。

Sprintにとってもソフトバンクにとっても買収を成功させることが重要であり、プライオリティであるから、中国製品を導入することによって買収計画が阻止されることは避けたいはずだ。そのためアメリカ政府が中国製品を排除するような勧告を出せば、それを拒否することはないだろう。ネットワーク機器が中国製品でなくとも、例えばエリクソンやNSN(Nokia Siemens Networks)といった代替品があるから、それらを利用すればよいだけである。2012年10月の買収発表時に上記のようなコメントを両社社長がすかさず出していることからも、中国製品を利用することによってアメリカ政府の反感を買う方が面倒であることを如実に現わしている。
 現在、買収計画については連邦通信委員会(FCC)による審査が進んでいる。まだこれから司法省(DOJ)、国土安全保障局(DHS)、連邦捜査局(FBI)による審査が予定されいる。そのためにも両社は買収にとって不都合になることや疑義はクリアにしておきたいはずだ。両社はアメリカ政府を敵に回してまでも中国製品を導入するようなリスクを冒すことはないだろう。

総合安全保障としてのサイバーセキュリティ

アメリカ政府が中国製のネットワーク機器に対して不信感を抱いているのは、アメリカが中国から多くのサイバー攻撃を受けているからである。米中のサイバー攻撃の問題はオバマ大統領と習近平国家主席との議論のアジェンダにもなっている。アメリカはサイバー攻撃によってアメリカの情報窃取やシステム破壊などを恐れている。特に民生インフラとはいえ、通信事業者のインフラは国家の防衛とも多いに関係してくる。政府関係者や軍関係者の多くもSprintのネットワークを利用しているだろう、さらに国民の多くも同社のネットワークを利用している。アメリカ政府の立場からすると、あらゆる懸念や将来危機に発展しそうなことは事前に無くしておきたいと考えるのも無理はないだろう。

中国のネットワーク製品のアメリカからの締め出しは完全に安全保障の観点からだと言えるだろう。代替品としてスウェーデンのエリクソンやフィンランドのNSN(Nokia Siemens Networks)といった企業が有名だが、アメリカ企業ではないことから自国の経済、産業保護を目的としていないこともうかがえる。
 かつての冷戦期であれば、敵国(例えば旧ソ連)から民生インフラの機器をアメリカの事業者が導入するということは考えにくかった。しかし現在のようにグローバル化が進展している社会においては、そのようなケースはどの産業、国家でも多くある。特に情報通信技術を基盤として構成されたサイバースペースは脆弱性の塊であり、その脆弱性を突いた攻撃を仕掛けてくるのがサイバー攻撃である。アメリカには世界中のサイバー攻撃の事例が情報としてあがってきている。先日の韓国での大規模サイバー攻撃やサウジアラビアの石油施設を標的としたサイバー攻撃などの事例を目の当たりにして、自国が同様のケースに陥らないように対策をとる必要があることを十分理解している。

国際政治学者中西輝政氏は現在の米中の軍事対峙の本質を「冷戦的」であると指摘しており、冷戦について、以下のように定義している(※5)。
 「冷戦とは、政治、軍事、イデオロギー、そして経済を含む総合的な国家(群)間の長期にわたる覇権争奪の総称であり、その大国間の恒常的対峙は実際の全面戦争を除く、あらゆる対立の形態を含むとともに、ときに応じて緊張の激化期とデタント(緊張緩和)期を交互に間を挟むもの」

また同書において、筆者は中国の政治について以下のように指摘している(※6)。
 「日本人からすれば想像できないだろうが、中国ではロシアや北朝鮮以上に国策の中心に諜報活動がある。それが中国文明の本質とさえ言ってもいい。孫子の時代から、政治とは諜略であり、諜報を伴わなければそれは政治ではない、というほどである。」

サイバー攻撃による情報窃取も必要不可欠な政治手段として捉えることができるのではないだろうか。アメリカだけでなく諸外国はサイバー攻撃から自国を防衛することがますます重要になってきている。

そして、国際政治学者の衞藤瀋吉・山本吉宣は総合安全保障について以下のように定義している(※7)。
 「総合安全保障とは、国家が守るべき対象は領土、人民、財産の三者であるとしても、国家の安全保障を考える場合、目標として、たんに他国からの軍事的な侵略に備えることだけではなく、より広く、経済など他の分野の目標も安全保障との関連で高度に重要な国家目標として掲げ、さらにそれらの目標を達成するにあたって軍事的な要素を最小限に抑え、非軍事的な手段を最大限に活用する、という政策(行動)原理を指すものである。」

そして、「総合安全保障は国際システムの変化ならびに一国の国際システムにおける政治的、経済的、軍事的な地位、また国内状況の変化によって、目標(の組み合わせ)そのもの、そして手段の選択・組み合わせが変化するものである。総合安全保障の内容は理論的に一義的に決定できるものではないとしても、しかし現実の世界においては、国家は一定の目標を設定し、それを達成するための手段を講じていく」ものと指摘している(※8)。

同書では、非軍事的な手段として治安維持能力、経済力、イデオロギー、国際世論などを挙げている。今後は自国の「サイバースペースの保全」、すなわち情報窃取やシステム破壊の被害に遭わないための対策と危機管理は総合安全保障の観点から非常に重要な要素になってきている。

【参考動画】

(参考)

*本情報は2013年4月2日時点のものである。

※1 CNET(2013) Mar 27,2013,  ”U.S. approval of Sprint-Softbank deal may hinge on China”
http://news.cnet.com/8301-1035_3-57576718-94/u.s-approval-of-sprint-softbank-deal-may-hinge-on-china/
Sprintおよび同社が完全買収をめざすClearwireのネットワークにも同条件が適用されると思われる。

※2 Financial Times(2012)Oct 19,2012 “Sprint rules out using Huawei equipment”
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/f588b482-1957-11e2-9b3e-00144feabdc0.html

※3 同上、原文:“Sprint is a big supplier to the US government and that aside, I wouldn’t put in any equipment that would raise any security concerns.” “Sprint has crossed this bridge before and chose not to use equipment in our network that raised any security concerns,” said Mr Hesse, “so we would always, regardless of the approval process before or after, be very sensitive to that issue.”
http://www.ft.com/cms/s/0/f588b482-1957-11e2-9b3e-00144feabdc0.html#ixzz2PDsUoMnu

※4 Bloomberg(2012)  Oct 19,2012” Huawei May Surface in U.S. Review of Softbank-Sprint Deal”
http://www.bloomberg.com/news/2012-10-18/huawei-may-surface-in-u-s-review-of-softbank-sprint-deal.html
原文:”I am aware in the U.S., the government is sensitively looking at it, and we understand national security,” Softbank President Masayoshi Son said in an interview yesterday. “So if the U.S. government decides, don’t do it, we would comply.”  “It’s only one of our group subsidiary companies using Huawei and ZTE,” Son said. “It’s never our main investment.”

※5 中西輝政『迫りくる日中冷戦の時代:日本は大義の旗を掲げよ』(PHP新書 2012)pp37-38

※6 中西、前掲書 p106

※7 衞藤瀋吉・山本吉宣「総合安保と未来の選択」(講談社 1991)p67

※8 衞藤・山本、前掲書 p72 

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