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Global Perspective 2013
2013年4月30日掲載

米中サイバーセキュリティ共同歩調に向けて:両国の思惑は一致しているが

(株)情報通信総合研究所
グローバル研究グループ
佐藤 仁

2013年4月21日から5日間にわたって中国を訪問していたアメリカ軍のデンプシー統合参謀本部議長は22日、中国人民解放軍の房峰輝総参謀長と会談を行った。尖閣諸島や台湾への武器売却、朝鮮問題、南シナ海の問題など多数のアジェンダが議論されたことは日本でも報道されたので周知の通りである。その中でサイバーセキュリティの問題について話し合われた。

米中のあらゆる階層で話し合われるサイバーセキュリティ

米中の会談ではオバマ大統領と習近平国家主席のトップ会談から国務長官、国防長官などあらゆるレベルでサイバーセキュリティがアジェンダとなり議論されている。両国それぞれが自分たちはサイバー攻撃の被害者であり、自分たちは攻撃をしていないと主張を繰り返している。サイバーセキュリティは他の安全保障分野と異なり、可視化することができないのでそれらの主張を立証するのは非常に難しい。それでも両国は協議を行う度に協力をしていくことを述べている。また2013年4月にケリー国務長官が訪中した際には、米中でサイバーセキュリティに関する作業部会を設置していくことが話し合われた(参考レポート)。

今回もデンプシー統合参謀本部議長と房峰輝総参謀長の間でもサイバーセキュリティがアジェンダとしてあがり、両国は協力しあっていくことが確認された。中国の房峰輝総参謀長は、サイバーセキュリティをめぐる攻防は核兵器と同じくらい深刻な問題になりかねない、と指摘し米中でのサイバーセキュリティで協力する「メカニズム」が必要であると述べている。一方で同氏は、「サイバースペースは誰がどこから攻撃をしたのかわからないから、どのような協力を推進していくのか非常に難しい」、と述べている(※1)。
両国は共同歩調を行っていく方針は見えても、具体的な対応策は見られなかった。それでも米中はサイバーセキュリティについては常に議論をしていかなくてはならない。

米中両国の思惑が一致するサイバーセキュリティでの共同歩調

米中の思惑が一致する
 現在の米中およびアジアを取り巻く国際関係を見てみると、米中はサイバーセキュリティをめぐって思惑が一致する。アジアでは朝鮮半島、南シナ海、尖閣諸島、台湾など様々な問題がある、すなわちリアルな熱戦になりそうな要素が多い。米中としてはサイバーセキュリティをめぐって、これ以上問題を深刻化したくない。米中それぞれの抱える事情を見ていきたい。

中国国防白書でのサイバーセキュリティ
 2013年4月16日、中国は2年ぶりに国防白書を発行した(※2)。その中においてはサイバーセキュリティについても少しだが触れている。上海に中国人民解放軍関連の12階建てオフィスビルがサイバー攻撃の発信源であると2013年2月18日にNew York Timesに報じられた(※3)参考レポート)。しかし、白書の中では、「中国はサイバー攻撃をされるまでは攻撃することはない。そして攻撃されていることを確認したら、報復を行う」と述べ、サイバースペースを領土と同じ空間として見ている(※4)。そして多数の中国国外の報道にあるような「中国自身によるサイバー攻撃」については触れていない。
現在の中国には国内の民族問題、朝鮮問題、南沙諸島、尖閣諸島、台湾問題の他に国内の経済格差、環境問題などサイバーセキュリティ以外に対応しなくてはならない喫緊の問題が山積みの状態である。

これ以上の予算を使いたくないアメリカ
 米国防総省は2013年4月10日、2014会計年度(2013年10月〜2014年9月)の国防予算案を発表した(※5)。その中でもサイバースペース攻防の予算は昨年の39億ドルから47億ドルと20%増加した。また予算発表時に公表したガイドラインでもサイバースペース運営(「Cyberspace Operations」)に関わる重要性と予算配分について多くのページで述べている(※6)。基本予算(一般経費)は、要求ベースで前年度比約0.2%増の5,266ドル(約52兆億円)で、財政難の中でもアジア太平洋、サイバーセキュリティでの抑止力を維持する姿勢を示した内容だった。ヘーゲル国務長官は今回の予算について、『予算削減の要求が厳しい中でもアジア太平洋に軍事力の重心を移す「リバランス」(再均衡)を柱とした新国防戦略の実施とサイバーセキュリティのような重要分野に投資した』ことを強調している(※7)。

限られた国防予算をどのように配分するかが重要になってきており、アメリカの国防予算には制約があり、予算全体の1%未満ではあるが、サイバーセキュリティ分野では20%増の投資を行うことから、サイバーセキュリティに対するプライオリティの高さが窺える。但し、今回の予算案は、今後10年間で約1兆億ドル国防支出を削減するよう義務付けた強制歳出削減を反映していないため、議会との協議次第では、承認される支出額が予算案より少なくなる可能性もある。

つまりアメリカはこれ以上、どのような分野であれ余計な予算は使いたくないのだ。サイバーセキュリティは重要であるから現時点では「余計な予算」ではない。しかし回避しようと思えば回避できる分野では回避すべき方策を講じた方が良い。アメリカはアジア太平洋へのリバランスの他にも中東、アフガニスタンなど他にも安全保障の問題を抱えている。さらに国内の経済問題など他にも必要な予算がある。

米中はサイバーセキュリティで共同歩調できるのか?

中国にとってもアメリカにとってもサイバーセキュリティは重要な問題であるが、両国とも国内外に他にやらなければならいこと、使うべき制約された予算がある。
 そのためにも米中ではサイバーセキュリティで相互に刺激しあって衝突することとそれに伴って予算が増加することは回避したい。もちろん、相互にサイバー攻撃しないことに合意したとしても、サイバーセキュリティの防衛が不十分であってはならない。

米中でサイバーセキュリティに関する基底の思惑は一致しているものの、今後どの程度両国で合意し、具体的にどのような協力を実施していくかは、まだ不明である。サイバーセキュリティは可視化しにくいうえに、たとえ政府間で合意されても、誰が攻撃してくるかわからないことから、これからも両国は予算と人員を充てるだろう。
 米中は経済で相互依存関係にあるからサイバーセキュリティでも共同歩調を合わせることができるかもしれないが、現在のように個人の生活、社会、経済だけでなく軍事、安全保障もサイバースペースに依存するようになった社会ではサイバーセキュリティは安全保障の重要な分野である。安全保障の分野で米中両国が共同歩調を進めていくにはまだ時間がかかるのではないだろうか。

【参考動画】

*本情報は2013年4月29日時点のものである。

※1 THE New York Times(2013) “U.S. and China Put Focus on Cybersecurity” Apr 23,2013,
(原文)senior Chinese general pledging to work with the United States on cybersecurity because the consequences of a major cyberattack “may be as serious as a nuclear bomb.” Fang Fenghui, said he would be willing to set up a cybersecurity “mechanism,” but warned that progress might not be swift. “I know how difficult it is,” General Fang said. “Anyone can launch the attacks — from the place where he lives, from his own country or from another country.” http://www.nytimes.com/2013/04/23/world/asia/united-states-and-china-hold-military-talks-with-cybersecurity-a-focus.html

※2 英語版は以下で閲覧可能。http://www.china.org.cn/government/whitepaper/node_7181425.htm

※3 THE New York Times(2013) “Chinese Army Unit Is Seen as Tied to Hacking Against U.S., ,Feb 18,2013  ”http://www.nytimes.com/2013/02/19/technology/chinas-army-is-seen-as-tied-to-hacking-against-us.html

※4 原文、下線筆者:(前略)protect national maritime rights and interests and national security interests in outer space and cyber space. "We will not attack unless we are attacked; but we will surely counterattack if attacked." Following this principle, China will resolutely take all necessary measures to safeguard its national sovereignty and territorial integrity.

※5 DoD(2013), Apr 10,2013 “DOD Releases Fiscal Year 2014 Budget Proposal”
http://www.defense.gov/releases/release.aspx?releaseid=15921
概要は以下参照:http://www.defense.gov/news/2014budget.pdf

※6 “UNITED STATES DEPARTMENT OF DEFENSE FISCAL YEAR 2014 BUDGET REQUEST April 2013”  http://comptroller.defense.gov/defbudget/fy2014/FY2014_Budget_Request_Overview_Book.pdf

※7 DoD(2013) 原文:“Even while restructuring the force to become smaller and leaner and once again targeting overhead savings, this budget made important investments in the president's new strategic guidance -- including rebalancing to the Asia-Pacific region and increasing funding for critical capabilities such as cyber, special operations, and global mobility,” said Defense Secretary Chuck Hagel.
http://www.defense.gov/releases/release.aspx?releaseid=15921

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