アメリカのケーブルTVの業界団体NCTAによれば、2010年6月末時点でケーブルTV加入者数は6,110万。これに、衛星放送(3,308万)、IPTV(571万)を加えると、約1億世帯が有料多チャンネルTVの契約者だ。アメリカの世帯数を1億2,000万とするとペイTV(有料TV)の普及率は83%となる。
そんなアメリカにおいて、最近、ユーザの「ペイTV離れ」を示唆するニュースが散見されるようになってきた。
多チャンネルTVの業界紙「Multichannel News」の8月23日号に、「今年の第2四半期(4月〜6月期)に、ペイTVの加入者数が史上初めて純減した」という記事が掲載された。公式統計ではなく、上場しているペイTV事業者の公表数値を基に推計したものではあるが、これが業界全体のトレンドを正確に現わしているとすれば大きなニュースだ。
アメリカのケーブルTVの加入数は2001年の6,690万をピークに減少に転じているが、それはあくまでも競争によるもの。人口が毎年1%程度ずつ増えていることもあり、衛星放送やIPTVを合計した「ペイTV全体」では、これまで右肩上がりの成長を続けて来た。その加入数が純減に転じたとすれば、歴史的な転換点になる。
Multichannel Newsは加入者の減少について、長引く不況の影響や、夏休み前の解約(長期休暇を取る人や帰省する学生の解約)、そして、地上波テレビのアナログ停波(2009年6月)をきっかけにペイTVに切り替えたものの、お金を払うだけの価値を見出すことができずに解約する人の可能性などを指摘した。
記事の中では明確に言及されてはいなかったが、それ以外に、ネットの影響も当然あるだろう。
テレビの人気番組を無料で視聴できるHulu、月額7.99ドルで映画が見放題になるNETFLIX、iPod/iTunesモデルを映像分野で再現しようとするアップルTV、テレビ放送とネット・コンテンツをシームレスに統合するグーグルTV。
ネットを通じた映像配信の試みはたくさんある。その中のどれがメインストリームになっていくのかはまだ分らないものの、いずれにしても新しい選択肢の増加はペイTVにとって脅威に違いない。
そのようなトレンドの変化を受けて、アメリカの大手通信事業者ベライゾンのサイデンバーグCEOは、9月にニューヨークで開催されたとあるイベントにおいて「ペイTVビジネスに関わるすべてのプレイヤーは、今後数年間で中抜きされる可能性がある」と語った(Multichannel News 9月27日号)。ベライゾンは2005年に「FiOSTV」の提供を開始し、現在約350万加入を獲得しているが、「それらの顧客をいつまでも維持できるとは考えていない」という。
さらに、行政の側もペイTV時代の終焉に備え始めたというニュースがある。
ニューヨーク市は現在、同市内でケーブルTVサービスを提供している2事業者(タイムワーナーケーブルとケーブルビジョン)と、免許の更新に向けて交渉中なのだが、今後10年間の契約の中に、「フランチャイズ料金がピーク・イヤーと較べて22.5%減少した場合には、市が合意を撤回することができる」という条項を付け加えた。
フランチャイズ合意は、自治体が管轄する行政区域内において、ケーブルTVの提供に必要となる道路使用権などを認める代わりに、事業者側が従う条件をまとめたもの。フランチャイズ料金として売上の5%を自治体に納めることや、設備の整備/提供するサービス品質の基準などが盛り込まれる。
その約束の中に、「フランチャイズ料金が減少したら合意を撤回できる」という条件が入ることは極めて異例であり、「全国初の事例」と紹介されている。
報道によればこの条項は「コンテンツ配信がケーブルTVから新しい他の技術に大きくシフトした場合に、市が条件を再交渉し、フランチャイズ収入を守ること」を意図しているという。
「ブロードバンドの普及により通信回線上で動画配信がスムーズに実現できるようになれば、テレビのビジネス・モデルは変わらざるを得ない」と指摘されて久しいが、テレビ大国アメリカにおいて、この業界を揺るがす大きな構造変化がいよいよ始まろうとしている。