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ブロードバンドフューチャー
2001年月掲載

ブロードバンドで変わるコミュニケーション

■軽視されてきた個人間コミュニケーションの重要性

 本稿4月号でも取り上げたように(*1)、配信型有料コンテンツビジネスの現状は今だ不透明であり、映画や音楽がキラーコンテンツであるという論調も一時期に比べるとややトーンダウンした感がある。一方で、「オンラインのコミュニケーションがもっと多様に、安価に、その場の心境に応じて使い分けられるようになる」というこれまで軽視されてきた個人間コミュニケーションの重要性が見直されるべき時期に来ているようである。

*1:InfoComニューズレター「ブロードバンドの意義と市場構造」(2001.4)

 今日インターネット世帯浸透率を40%台(*2)にまで引き上げ、一般消費者にまでインターネットの利用を促してきたのは、実はコミュニケーションツールとしての面白さである。各種調査でもインターネット利用者の大半がeメールの利便性に大きく依存していることが判るほか、iモードを初めとする携帯インターネットの成長においてもメールの利用頻度が圧倒的に多いと言われている。若年層を中心としたチャット、インスタントメッセージ利用の伸びも特筆すべきである。こういった現象は決して一斉配信型メディアとしての形態ではなく、1対1(または多対多)の個人間コミュニケーションなのである。

*2:インターネット白書2001

■ブロードバンドで変わるコミュニケーション

 ブロードバンド環境では従来のオンラインコミュニケーション経験が大きく変化することになる(図1)。メールで画像ファイルを添付する習慣は既に一般化しているが、簡易カメラやスタジオなどハードの普及と並行して、今後は音声や映像を添付するスタイルが日常化することになるだろう(後述)。また、主だったインスタントメッセンジャーサービス(以降IM)も既に音声通話機能を提供しており、PC-to-PCでは無料、PC-to-PHONEでも通常の電話よりかなり安価に利用できるようになっている。今後はマイクロソフトがWindows Messenger(MSN Messengerの時期バージョン)で目指しているように、映像を交換する形でのリアルタイムなビデオチャットサービスへと進化を遂げることは想像に難くない。更にこうした個人発の映像コンテンツが流通するようになれば、公衆向け、特定相手向けを問わず、必然的にパーソナルキャスティングのコンテンツが充実することになる。

■コミュニケーションの放送化(パーソナルキャスティングの本質)

 パーソナルキャスティングを直訳すると“個人放送局”となり、目立つことを嫌う一般消費者にとっては敷居の高いサービスのようにとられがちである。しかしパーソナルキャスティングは何も“ネットアイドル”を目指すような公衆向け本格的放送局である必要は全くなく、個人がごく簡単なチャネルを持った段階で立派な放送局、コンテンツとなりうる。ここで言うコンテンツとは、「今日の私の独り言」でも構わないし、チャネルとは「メールや高速アクセス、オンラインストレージ」などで十分であろう。

 米国では一部コミュニティサイトやISPが1メニューとしてビデオメールサービスを開始している。これはウェブ上に設定したディスクスペースに一旦映像ファイルを送信し、ブラウザ上から知らせたい友人や同僚にURLをメールで送信するというサービスである。メールを受信した利用者はURLをクリックするだけで、ブラウザからストリーミング形式で映像を視聴することができるため、利用者側のアクセス環境がまちまちである過渡期においては、こうした形態が主流となる可能性が高い。例えば最近では一人で複数のメーリングリスト(ML)に加入することもあまり珍しくなくなってきているが、多数の参加者が情報を共有し、各々の潜在意識に介在するという意味でMLは既に立派な“メディア”としての特性を備えていると考えるべきであり、これに映像が乗るということのインパクトは想像以上のものがある。このようなメディアの中から突然世界的に注目されるトピックが誕生し“マスメディア化”することも、これまでのインターネット社会の延長線上にある現象であり、確かにパーソナルキャスティングの一つの側面となるが、ここにばかり注目していると、パーソナルキャスティングの本質的な価値を見誤ることになる。あくまでも「パーソナルな」コミュニケーションツールの延長として、新しいメディアの発展が期待されるのである。

■世界最大のインターネットカフェで見たもの

 ニューヨークのど真ん中、タイムズスクウェアの近くに世界最大と言われるインターネットカフェ「easyEverything(*3)」がある。800台のPCが並ぶ様は圧巻で、狭い間隔でひたすらディスプレイと受話器が並んでいるためちょっと窮屈な感じはあるののの、夜遅くまで大いに繁盛している。通路を後ろから眺めて歩くと、単なるウェブサイトや映像コンテンツの閲覧ではなく、ウェブメールやチャット、掲示板、インターネット電話などの利用が目につく。“人種のるつぼ”ニューヨークでは、故郷や母国の家族、友人と密に連絡を取りたいという需要が極めて大きいと指摘されているが、まさに「便利な連絡手段」「安い国際電話」として故郷の人たちと連絡をとる外国人も多いとのことである。彼らは主にコミュニケーションを目的として、カフェという物理的な場所へわざわざ出向き、少額ではあるが料金を支払っているのである。こうしたカフェでも、いずれはカメラを通じてFace-to-Faceの会話を楽しむ光景が一般的になるに違いない。

*3:http://www.easyeverything.com/

■インスタントメッセンジャー(IM)の急成長

 米マイクロソフトは2001年4月に入り、同社のMSNメッセンジャーサービスがユニークユーザ数で3,200万人に到達し、AOLタイムワーナーのAIMを上回ったと発表した。一方、AOLタイムワーナーも翌月には、同社のIMサービスの一つであるICQの登録者が1億人を突破したと発表するなど、IMを巡る事業者間競争が激しさを増してきている。これほどの利用者数の獲得に成功しているにも関わらず、現時点では広告以外に収益化の道が確立しておらず、IMサービスの将来に懐疑的な見方があることも事実であるが、Yahoo!を含め、米国のウェブ視聴率獲得競争で上位を独占するポータル3社が、IMサービス分野でも火花を散らしていることは決して偶然ではない。爆発的に普及しているIMに利用者が費やす時間が増えれば増えるほど、相対的にはブラウザを通したウェブ視聴が減少する可能性が高く、IMが“コミュニケーションポータル”として台頭するというシナリオが見えてくるのである。

■テキストからボイスへ、ボイスからビデオへ

 米Yahoo!は2001年5月にYahoo! Messengerの新バージョンを公開し、従来の米国内通話サービス(PC-to-Phone)に加え、国際電話サービスも提供することを明らかにした(国際通話料金は、1分当り4セント程度からとなっている)。また既にビデオチャット機能にも対応しており、50ドル程度の安価なカメラを購入してPCに接続すれば、Yahoo! Messengerを通して映像を交えた会話を楽しめるようになっている。

 マイクロソフトは、音声通話品質を向上させるだけでなく、映像も交換することができる“Windows Messenger”を次期OSのWindowsXPにデフォルトで組み込むことを既に発表している。Windows Messengerには他にも、利用者の接続速度を検出して、適切な品質を提供する機能や、映像通信の際に双方の顔を表示する機能などが盛り込まれており、通信サービスとしての存在感が更に高まることは必至である。

■日本の状況

 一方日本では、2001年4月時点でのIMサービスのユニークビジター数が321.7万人とされており(ジュピターメディアメトリックス社)、2000年7月と比べ、102.5万人の増加となっている。米国と異なる特徴としては、MSNがトップを快走する一方、インターネット接続サービス同様、AOLの存在感が希薄であることだ。MSNの対抗勢力としてはYahoo!ポータルやYahoo! BBを通じてエンドユーザとのコンタクトを重視するYahoo!メッセンジャーが浮上してくる。

 Yahoo!JAPANは7月末にYahoo!メッセンジャーの新バージョンをリリースした(*4)。これによりIMからチャットスペースを検索して参加できる機能や、株価ポートフォリオ、ニュース、天気など最新情報を表示する機能、オークションなどで予め設定した値に基づいてIMにリアルタイムに通知を送ったり、メールの新着を知らせるアラート機能などが追加された。ファイル転送、音声通話、ビデオチャットにはまだ対応していないが、「常時接続環境の整備と並行して日本でも提供していくことになる(同社柳沼卓志プロデューサー)」との方針である。Yahoo!メッセンジャーの強みは、「Yahoo!へのウェブトラフィックが大きいので、他のコンテンツ、コミュニティと連携が図れること(柳沼氏)」であり、同社では今後IMがユーザインターフェイスとして重要になるという認識が共有されている。

*4:http://messenger.yahoo.co.jp/

 一方のマイクロソフトは、2001年7月末時点で加入者数を更に200万人にまで伸ばしている模様である(*5)。同社MSN事業部の志賀健シニアプロダクトマネージャーはこの要因について、「ユーザ同士の口コミによる影響が非常に大きい。今後常時接続環境が整うことを考えると、利用者数はまだまだ拡大する」と強気の姿勢を見せている。MSNもYahoo!メッセンジャーのアラートに相当する“通知機能”を強化しており、「自分にしか意味のない情報(志賀氏)」を提供しながら、MSNショッピングサービスや後述するHailStormの各種サービスと連携させていく意向である。

*5:http://messenger.msn.co.jp/

 また5月末には、イッツ・コミュニケーションズ(*6:旧東急ケーブルテレビジョン)を初めとする関東の私鉄4社が、9月にIPテレビ電話の試験サービスを開始するとの報道が一部新聞紙上で掲載された。記事によると、2002年にも事業化する同サービスの料金は、インターネット接続料込みで月額5,000から6,000円程度を想定しており、IPテレビ電話部分は実質2,000円弱となるとのことであった。同社は現時点ではこの報道について否定しているが、低下傾向をたどる接続料収入を補う付加価値サービスとしての期待は高く、今後ISPがテレビ電話やビデオチャットサービスを提供する事例が増えることはほぼ間違いないだろう。

*6:http://www.itscom.jp/

■Microsoftの.NET、HailStorm構想が意味するもの

 2000年6月にマイクロソフトが発表した「.NET」構想、及び2001年3月に公開されたサービス群の「HailStorm」は、同社のASPモデルへの抜本的な転換を意味する重要な指針であるが、これはMSN MessengerやMicrosoft Passport(ユーザ認証システム)と密接に関連しており、特に後者を「.NET」における中核的、戦略的なプラットフォームとして強力に推進している。HailStormの大きな目的は、従来のアプローチとは逆に個々のユーザプロファイルをセンター側で集中管理することにある。ユーザはPassportに対応したメンバーズサイトへは個人情報を個別に登録する必要がなくなり、Passportを通じたシングルログインが可能になる。そしてADSLなどの常時接続環境が整えば、“常時”起動されているIMにリアルタイムな情報が配信されるようになるため、Windowsメッセンジャーがインターフェイスの一つとして重要な位置を占めることになる。同社は既にオークション最大手のeBay、チケット販売のExpedia、クレジットカードのAmerican Express、ウィルス駆除のMcAfeeなどと提携を結んでいる。eBayで狙いをつけておいた商品の入札状況を随時IMでチェックしながら落札と同時にPassportで購入という光景や、ECサイトで見つけた商品の詳細をIM経由の音声チャットで問い合わせ、疑問点がクリアされればその場で購入といった利用方法、パターンファイルを自ら更新しなくてもサーバ側からウィルスの検知と駆除の通達が届くといった世界が現実のものとなり、この一連の流れ全てをマイクロソフトが提供するという戦略である(こうした履歴はカレンダーや、ストレージなどその他14のWebサービスとも連携される)。米Yahoo!も有料電話サービスの利用に際して、“Yahoo!Wallet”という電子財布システムの登録を求めており、支払い情報や通話記録などがSSLで暗号化され、パスワードによりいつでも閲覧できる機能を提供している。

 各社はこうした電子財布機能を組み込むことにより、膨大な利用者ベースを誇るIMサービスを、いよいよ本格的な収益を生み出すプラットフォームへ移行させようとしているのである。コミュニケーションポータルとしてのIMと認証、課金機能としてのユーザプロファイル、電子財布が融合し、利用者にとって「グローバルIDを基にしたシングルログイン」と「ワンストップの支払い」が実現することの意味は重要である。今後これらの企業が既存の通信市場や、成長著しいEC市場をも飲み込み、更に影響力を拡大する可能性も決して否定できない。

■ピアツーピアの発展形

 米国ではナップスターに関わる一連の裁判が「著作権保有者の権利を無視した無料ファイル交換サービスは違法」という判決で一応終息し、人気楽曲を無料で扱えなくなったことで、同サービスへのログインユーザ数は最盛期に比べて90%以上の減少となっている。この機に乗じて日本の音楽レーベルも、楽曲の削除を求める書簡をナップスター側へ提出し、日本人にとっての“使い勝手”も一気に低下することとなった。しかし一度利用者が体感したピアツーピア技術の有効性や利便性を完全に諦めさせることは困難であり、今後も同種サービスへの乗り換えという形でいたちごっこが続いていくことになるだろう。最近ではナップスターに代わってAudiogalaxyやFasttrackなどのサービスが人気を集めており、Fasttrackの技術を使ったKaZaA(*7)ではビデオクリップの検索、ダウンロード、再生ができるだけでなく、信頼性を高めるために複数リソースから同時にダウンロードする仕組みを取り入れるなど、技術面でもナップスターと異なる特徴を打出している。ブロードバンドの普及拡大により、やはり今度は音楽だけでなく、数MBの映像ファイルも簡単に送受信することができるようになるため、同様の混乱がテレビや映画業界を巻き込んで表面化することが十分に予想される。

*7:http://www.kazaa.com/

 またマイクロソフトは前述の.NETにおいてP2PソフトのGroove Networksとも提携を発表している。Grooveは日本のP2P推進コミュニティのJnutella.orgが定義するF2F型(Few-to-Few)サービスの代表格である。つまり関心や仕事を共有する特定のメンバー、グループ内でファイル交換のみならず、チャット、音声通話やホワイトボード、カレンダー、ウェブブラウジング画面などを共有できるというグループウェアの進化形なのである。トランザクションは全てHTTPで行われるため、社内LAN上のファイヤーウォールを超えて協業が行えるという優れものだが、現段階ではやはりCPUパワーや帯域の細さという制約から自由ではない。今後ブロードバンド環境の拡大に伴って、こうしたコラボレーションツールの利用価値も急激に高まる可能性があるが、このことの意義は、“放送サービス”のようなものとは一線を画している。“常時接続”であることの利便性は、“ブロードバンド”で更に付加価値の高いものとなるはずだ。

■まとめ

 インターネット、ブロードバンド環境の拡大という技術的進歩に伴い、メディアとしての選択肢が無限に増える状況の中で、益々忙しくなる現代人が限られた時間や可処分所得を費やすだけの価値を見出せるものは何か、という視点が大切になってくる。一斉配信型サービスにおいては、確かにPCとテレビ、専用端末を相互に接続させることも可能となり、“通信と放送の融合”という方向性も考えられるのだが、「居間でリモコン片手に簡単操作」というテレビのインターフェイスをあまり複雑化してしまったり、テレビと同様のコンテンツをPCに流用するだけでは、結局は一般消費者には受け入れられない技術となってしまうかもしれない。一方で、メールを中心とするキーボード、PCインターフェイスは、家庭や職場、学校において既に必需財として認知されており、個人間コミュニケーションという特性を更に追求することで、テレビとの住み分けは将来的にも十分可能となる。「気がつけば1時間おきにメールをチェックしている」「メールやチャットで返事が来ると何だか妙に嬉しくなる」「気分がいいと誰かに電話したくなる」というような方々には、人間にとってコミュニケーションのもつ大切さが、身をもって理解できるのではないだろうか。ブロードバンドがこうしたコミュニケーションを更に豊かなものにできるとすれば、今後利用者にとって不可欠なメディアとしての地位を確立していくことになるだろう。
通信事業研究グループ 宗岡 亮介

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