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電子投票のすべて
2002年9月掲載

電子投票 法制度からの考察

 公職選挙法には、投票に関する原則として「単記自書投票主義」が明記されており、選挙人は投票用紙に自ら候補者一人の氏名等を『記載』することとされている。電子投票では、もちろん「投票用紙」はなく、選挙人も候補者の氏名等を「記載」するわけではない。
 このような、電子投票の実施にあたって制度上の障害となる事項を考慮して、2001年12月、「電磁記録投票法(地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律)」が公布された。
 本稿では、この法律によって、選挙を行う上でどのような点が変わったのか、どのような点が加えられたのかについて概観し、電子投票を検討する地方公共団体や、電子投票機を製造するメーカーが把握しておくべき事項についてまとめる。

    1. 電磁記録投票法の趣旨
    2. 使われる用語の定義
    3. 対象となる投票(特例法第3条)
    4. 電子投票機の具備すべき条件と電子投票機の指定
    5. その他
    6. まとめ

【投票に関する原則】
「選挙における投票は、選挙の当日に選挙人が…(中略)…交付を受けた投票用紙に、自ら候補者の氏名を記載し、投票箱に投函することによって行われるのが原則である。」
●単記自書投票主義
 選挙人は投票用紙に自ら候補者一人の氏名等を記載し、これを投票箱に入れなければならない。

(公職選挙法より抜粋)

 この法律は、情報化社会の進展にかんがみ、選挙の公正かつ適正な執行を確保しつつ開票事務等の効率化及び迅速化を図るため、当分の間の措置として、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等について、公職選挙法の特例を定めるものとする。(特例法第1条)

 情報化社会の進展により、様々な分野でIT(情報技術)を活用してサービスの高度化や業務の効率化を進める動きが加速しているが、選挙事務についても同様のことが言える。
特に多大な時間と労力が掛かる開票作業については、2001年7月の参議院議員選挙で実施された「比例代表非拘束名簿式」など、選挙制度の多様化とも相俟って、人海戦術で真夜中から朝方まで時間と手間を掛けて行っているという実情がある。もちろんITを活用することで、投票者にとって投票しやすくすることや、読みにくい(識別しにくい)字の投票による疑問票や無効票をなくすというねらいもある。
 こうした背景を受けて、地方公共団体が自ら条例で定めることによって、議会の議員および首長の選挙について、電子投票を行うことができるようにすることを目的として定めたのが、「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」(以下、「特例法」という)である。

 電子投票で利用する端末機器(投票するための機械)は、“電子投票機”とか“電子投票端末機”、“電子投票マシーン”など、様々な呼び名があっても良いと思うが、特例法ではこれを「電磁的記録式投票機」、データを保存するフロッピーディスクやMO等の記憶装置(投票箱に該当するもの)を、「電磁的記録媒体」として、この法律の中でそれぞれ定義されている。以下にそれぞれの概要を示す。

用語 定義
電磁的記録媒体 電子的方式や磁気的方式など、人の知覚によって認識することができない方式で作られる記録で、コンピュータによって読み書きされる記録媒体をいう。FD、MO、CD、フラッシュメモリなど。新見市ではCF(コンパクトフラッシュ)という媒体を利用。

電磁的記録式投票機

当該機械を操作することによって、当該機械に記録されている候補者を選択し、かつ、候補者を選択したことを電磁的記録媒体に記録することができる機械。現在、国内の主要メーカーが製造している投票機については、記事「システム解説」を参照。

 以下、本稿では、簡略化のため便宜上「電磁的記録媒体」を「記録媒体」、「電磁的記録式投票機」を「電子投票機」と表記することとする。

 地方公共団体がこの法律で対象とすることのできる選挙は、地方公共団体(都道府県および市町村)の議会の議員および長の選挙であり、中でも電子投票が可能なのは、投票日当日の投票所における投票に限られ、点字投票・不在者投票・郵便投票・仮投票については認められていない。記事「新見市の電子投票レポート」にも記載したが、実際にこれらの自書式の投票分は、全体の割合からみると1割程度に過ぎないものの、その開票・集計作業には、大変な労力が掛かるため、特に不在者投票の電子投票化は今後希求されることになりそうである。
 また、指定都市や都道府県の選挙も認められているが、それぞれ次のような規程がある。
 指定都市の選挙では、条例で「電子投票を行わない区」を定めることもでき、条例で定めた「電子投票を行わない区」以外の区において、電子投票を実施することができる。
 一方、都道府県の選挙は、電子投票の実施に関する条例を定めた市町村および指定都市の中で、当該都道府県の条例で定める区域内の投票区に限られる。つまり、市町村の条例はもちろん、都道府県においても条例を定めることによって、都道府県の議会議員と首長の選挙を電子投票で行うことができるのである。

 特例法では、第4条において、電子投票機の具備すべき条件等として、以下の8つの項目が定められている。また、これらのほかに、電子投票機は電気通信回線に接続してはならないという旨も明記されている。

◆電子投票機が具備すべき条件等
  1. 選挙人が一の選挙において二以上の投票を行うことを防止できるものであること。
  2. 投票の秘密が侵されないものであること。
  3. 投票を記録する前に、選択した候補者の氏名を電子投票機の表示により選挙人が確認することができるものであること。
  4. 投票を記録媒体に確実に記録することができるものであること。
  5. 予想される事故に対して、投票の記録媒体の記録を保護するために必要な措置が講じられているものであること。
  6. 投票の記録媒体が電子投票機から取り出せるものであること。
  7. 権限を有しないものが電子投票機の管理に係る操作をすることを防止できるものであること。
  8. 前各号に掲げるもののほか、選挙の公正かつ適正な執行を害しないものであること。

 以上8つの条件を満たしていれば、具体的にどのような電子投票機を採用するかは、実際に電子投票を実施する市町村の選挙管理委員会が指定することとなる。
しかし、電子投票機は機械的なトラブルによってデータが消失したりシステムが停止した場合に社会的に与える影響が甚大であるため、8つの条件以外にもシステムの安定性や堅牢性、信頼性などを確保できる仕組みであることが必須である。
 総務省の「電子機器利用による選挙システム研究会」は、市町村の選挙管理委員会が電子投票機を導入する際の指針として、ならびに電子投票機を設計・開発するものが設計・開発を行うにあたっての指針として、「電子投票システムに関する技術的条件および解説」を示した。技術的条件は、「機能要件」、「ハードウェア条件」、「ソフトウェア条件」および「セキュリティ条件」の4つから構成され、それぞれの条件を満たす実施例とともにまとめられている。

◆技術的条件および解説の構成
技術的条件及び解説の目次構成 技術的条件解説の記載例
技術的条件
I.位置付け
 1.目的と性格
 2.前提条件
 3.構成と記述方針
 4.用語定義
II.技術的条件
 1.機能要件
 2.ハードウェア条件
 3.ソフトウェア条件
 4.セキュリティ条件
III.その他留意すべき事項
 1.運用管理規程の必要性
 2.検査・監査の考え方
 3.書類の考え方
技術的条件解説
 1.機能要件
 2.ハードウェア条件
 3.ソフトウェア条件
 4.セキュリティ条件
1.機能要件

[大項目] 1.共通機能
[中項目] 1.電子投票システム
[小項目] 1.運用記録


1.1.1.1
条件:電子投票システムの起動から終了までの作動を事後に読み出し可能な記録として残すこと

(1)主旨・内容
(2)実施例
(3)法律上の条件との関係
(4)留意事項
(5)参考

◆技術的条件における各項目の概要
条件 概要
(1) 機能要件 選挙事務を支障なく、公正、適正に執行するために、電子投票システムが備えるべき機能についての要件
(2) ハードウェア条件 電子投票システムで用いられるハードウェアが備えるべき物理的性能や信頼性確保のための条件
(3) ソフトウェア条件 電子投票システムで用いられるソフトウェアが備えるべき信頼性確保のための条件
(4) セキュリティ条件 想定される電子投票システムに対する脅威に対応し、電子投票システムが備えるべき安全性確保のための条件

電子投票システムに関する技術的条件及び解説
(要旨)http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/020201_1.html
(本文)http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/pdf/020201_1.pdf

 その他、従来の自書式投票からの変更にあたって、新たに設けられた事項や、内容が改められた項目として、以下のようなものがある。

(1)代理投票、操作補助制度(特例法第7条)
 従来の投票方式においても、自ら投票用紙に候補者の氏名等を記載することが困難な(身体の不自由な、あるいは文盲の)選挙人に代わって代理者が投票用紙に記載する「代理投票」が認められている(公職選挙法第48条)。同様に、電子投票でも選挙人に代わって電子投票機を用いた代理投票を行うことができる。
 もちろん、「身体の故障又は文盲により、自ら電磁的記録式投票機を用いた投票を行うことができない」という要件に合致しない選挙人は代理投票を行うことは認められないが、自ら電子投票機を操作することが困難な選挙人は、操作補助制度によって、電子投票機の操作についての補助を受けることができる。
 以下に、代理投票と操作補助制度の手続の概要を示す。


代理投票 操作補助制度
(1) 選挙人による申し立て 自ら電子投票機を用いた投票を行うことができない選挙人は、投票管理者にその旨を申し立てる。 自ら電子投票機を用いた投票を行うことが困難な選挙人は、投票管理者にその旨を申し立てる。
(2) 投票管理者の承諾 投票管理者は投票立会人の意見を聴いて、当該選挙人の投票を補助すべき2人を定める。 投票管理者は投票立会人の意見を聴いて、当該選挙人の投票を補助すべき2人を定める。
(3) 代理投票・操作補助の実施 操作を補助すべき者のうち1人に、当該選挙人が指示する候補者に対する投票を行わせ、もう一人を立ち会わせる。 操作を補助すべき者のうち1人に、電子投票機の操作についての助言、介助等の必要な措置を行わせ、もう一人を立ち会わせる(選挙人に代わって投票することはできない)。

(2)記録媒体の複写(特例法第10条)
 電子投票では、投票データは電磁的な記録媒体に保存されるが、先述の技術的条件を満たした、どんなに信頼性や安定性の高いものであっても、データの消失や破損などの可能性が100%なくなるというものではない。こうした情報システムの脆弱性や、記録媒体を紛失した場合を考慮して、投票データを「複写」することが規程されている。
 もし、記録媒体が破損または紛失した場合には、開票管理者が開票立会人の意見を聴いて、投票を複写した記録媒体を使用して開票を行うこととされている。

投票管理者は…(中略)…投票の電磁的記録媒体に記録された投票を他の電磁的記録媒体に複写しなければならない。(特例法第10条)

(3)国の援助(第20条)
 電子投票の円滑な実施に向けて、特例法では国が地方公共団体に対する助言やその他の援助の実施に勤めることとされている。具体的には、下記のようなものが考えられる

  1. 電子投票機が具備すべき条件についての、より詳細な技術基準の情報提供
  2. 事務処理体制の構築や事務処理マニュアルの作成等に関して必要な助言を行う
  3. 電子投票の導入団体に対する必要な財政支援

 また、総務省は下記の要領で財政支援を行っている。

【地方選挙電磁的記録式投票補助金】
(株式会社 情報通信総合研究所 調査)
目的 地方選挙における電磁的記録式投票の円滑な導入の支援
実施主体 法律に基づき、電磁的記録式投票に係る条例を制定した地方公共団体
補助対象 電磁的記録式投票システムを導入するために必要な機器等の購入、またはレンタルへの助成
補助率 電磁的記録式投票システムを導入するために必要な経費の1/2以内

(4)施行令と施行規則
 電磁的記録式投票法の施行に関して必要な事項を定めた施行令および施行規則がある。以下、その中でおもだったものを取り上げる。

(i)錠の設置(施行令第2条第3項)
 電子投票機ならびに記録媒体は、それ自体が従来の記載台および投票箱に相当するため、できるだけ堅固な構造としなければならない。特に、投票データが保存される記録媒体が不正に取り出されることのないよう、電子投票機には記録媒体の不正取出しを防止するための「錠」を設けなければならないとされている。

(ii)封印(施行令第2条第5項)
 投票の終了や電子投票機の故障時などに、電子投票機を投票できない状態にした場合は、投票管理者が記録媒体を取出し、封印してできるだけ堅固な容器に入れて鍵をかけることとされている。また複写した記録媒体についても同様であり、それぞれ開票所に運ばれる。

新見市で使われた記録媒体の送致箱
新見市で使われた記録媒体の送致箱

投票所における記録媒体の封印
投票所における記録媒体の封印

(iii)投票所ごと集計の禁止(施行令第4条第2項)
 開票・集計にあたっては、投票所ごとや記録媒体ごとに得票数が集計されることのないよう配慮しながら行うことが規定されている。方法としては、開票所において開票・集計用の装置を用いて記録媒体のデータを読取る際に、すべての記録媒体を読取った後に結果を画面に表示する仕組みとすることなどが考えられる。

(iv)投票録・開票録・選挙録
 その他、電子投票に係る投票録・開票録・選挙録の調製について、施行規則において示している。

 以上、電子投票の実施に係る電磁的記録式投票制度について、おもに電子投票を検討する地方公共団体や、電子投票機を製造するベンダーが把握しておくべき内容を中心にまとめたが、今回の特例法は、第1条にあるように、あくまでも「当分の間の措置」である。
 つまり、将来的には地方公共団体における議会議員および首長の選挙だけではなく、国政選挙など対象となる選挙を拡大することや、現在電子投票が行われていない「不在者投票」を電子投票で実施することなど、今後の電子投票の可能性を残しているとも言える。
 特例法の施行によって実現した新見市およびそれに続くであろう地域のトライアルを受けて、電子投票が国民にとって、より一層便利に使いやすくなるよう、電子投票制度のさらなる「進化」に期待したい。

社会公共システム研究グループ
研究員 鹿戸 敬介
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