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2001年5月掲載 |
ブロードバンドの現在地点と今後の展望前回の第1号トピックでは 「ブロードバンドの意義と市場構造」と題して、宗岡から総論的な問題提起を行った。これに引き続き、今回のトピックでは、これまでの通信事業者、特にIPキャリア・ビジネスがどのような変遷を辿って現在のブロードバンド・ブームへと至っているのかを簡単に振り返り、現在地点を確認するとともに、今後の展望を概観したい。■基本的な視座電話会社を中核とする大手通信キャリアは、その経営環境が構造的に大きく転換するトランスフォーメーションの荒波に直面している。最も大きな構造的変動要因は、「電話網」の時代から「インターネット網(IP網)」の時代へとネットワークのアーキテクチャーそのものが変化しつつある点に集約されると考える。さらにはこのIP網の世界においても、エンドユーザがウェブサイトにアクセスするだけでなく、自らが大量の情報発信を行う形態も増大している(意識しないで利用している場合も多いと思われるが)。このような外部的な業界構造の激しい変動期において、数年先の事業環境を「予測」することは極めて困難であり、さらにいえば、こうした1点予測に基づいた経営戦略は、予測が外れた場合のダウンサイド・リスクが甚大なものとなり得る。このため、我々は「シナリオ・プランニング」と呼ばれるアプローチを基本的な視座とし、予測ではなく、構造的な変動要因にフォーカスした外部環境の分析を行っている。この業界で事業展開を行う各プレイヤーは、自社の内部環境・ビジネスモデルの分析を行った上で、こうした構造分析に基づく複数の将来シナリオに自社が適合できるか否かを検討し、将来に向けた戦略オプションを導出することができる。■データセンター事業の本質筆者は1998年12月に「通信キャリアのポータル戦略−相次ぐポータルとの提携における新しいビジネスモデル」を本サイトに掲載した。詳細は本文をご参照いただきたいが、1998年頃から米国の大手通信キャリアはデータセンター事業への参入を開始した。当時のデータセンター事業への参入は、人気の高いウェブサイト、具体的には大手ポータルサイトを自社IP網に囲い込むことを目的としており、それによってIP網の相互接続ビジネスにおける相対的な影響力を高めることを目指した(Tier1ステータスを確立すれば他のバックボーンと無料でのトラヒック交換、すわなちピアリング接続を結ぶことが可能となり、結果的に低コストでの広域バックボーンを構築できる)。その後のデータセンター建設ラッシュはあらためて解説する必要もないところであるが、参入プレイヤーも通信キャリアばかりでなく、独立系ISP(Exodusなど)やSI系事業者(IBM、EDSなど)もそれぞれの将来ビジョンに基づき、積極的な事業計画を展開してきた。個々の事業の分析等は次号以降で機会があれば触れたいが、これらのデータセンター事業に取り組むプレイヤーは、以下の1点において、共通の要素をもっている。すなわちインターネットの構造が、情報配信を行う「サーバー」と、情報の受動的な受信を基本的な利用用途とする「クライアント」から構成されるC/S方式を基盤としており、今後もこの方式に準じていくとする外部環境に対する認識 である。このサーバー側環境をインフラストラクチャー面から支援するのがデータセンター事業である。これは、ホスティングするコンテンツが、消費者向けのウェブサイトであっても企業向けのエンタープライズ・アプリケーションであっても、構造的には変わらない。 ■ブロードバンドのボトルネックと新興ビジネス現在、ブロードバンドという言葉が意味しているのは「アクセス回線」の広帯域化(ADSLやCATVインターネット、FTTH等のサービス提供)であり、いわゆる「ラストマイル」部分にフォーカスされている。しかしながら、これはブロードバンド・サービスのバリューチェーンの1部分に過ぎないことに留意すべきである。上述のデータセンター事業、すなわちC/S方式のモデルにおけるバリューチェーンが、サーバー側のウェブ・コンテンツをクライアント側のエンドユーザに配信する形態とすれば、ブロードバンドのボトルネックはラストマイルの他にも(1)サーバー回りの負荷分散やバックボーンへの直結ルートに関連する「ファーストマイル」、(2)複数バックボーン同士の接続ポイントであるIX(インターネット・エクスチェンジ)/NAP(ネットワーク・アクセス・ポイント)、(3)バックボーン・ネットワークそのものの帯域幅などが挙げられる。これらの点がブロードバンド・コンテンツ伝送におけるボトルネックとなり得ることは、数年前から指摘されていたことではあるが、米国ではアクセス回線の広帯域化(ADSLとCATVインターネットの普及:2000年末現在で500万加入超)に伴い、これらのボトルネックを回避、あるいはそれを解消する新興ビジネスが台頭してきた。例えば、バックボーンの帯域幅を拡張するために、光ファイバーのDWDM技術などが順次導入されているほか(新興系オプティカル・ベンダーなど)、IXやNAPでは、公衆的な接続ポイントではトラヒックの混雑を回避できないことから、プライベートNAPとして高品質なコネクティビティを専業的に提供するプロバイダーも台頭している(InterNAPなど)。また、これらのボトルネックをフルにバイパスするモデルとしては、コンテンツをエンドユーザにより近いロケーションから配信するCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)プロバイダーが最近特に大きな注目を集めている(Akamai、Digital Islandなど)。 今、日本では世界に先駆けた10Mbps〜100Mbps級のFTTHサービスが本格的に始まろうとしている。上述のデータセンター・モデルを基本的なネットワーク・アーキテクチャーとする以上、これらの超高速アクセス回線に対応したバリューチェーン上のボトルネックを解消していく取組みが必須となる。現在、データセンターとバックボーンの直結ルート(ファーストマイル)やIXでの相互接続環境は、1Gbps級へとアップグレードされつつあるが、これまでもファーストマイルでは10Mbps〜100Mbps級のアクセス回線が利用されてきた点は、今後のブロードバンド環境を検討する上であらためて確認しておきたい要素である。 情報配信を行うサーバー側では、既に10Mbps〜100Mbps級のブロードバンド・アクセスを利用している。今起きている衝撃は、エンドユーザがこれに匹敵するブロードバンド・アクセスを利用できるようになることである。 ■ネットワーク・アーキテクチャーとしてのPtoPこのC/S方式の対極に位置するのがピア・ツー・ピア(PtoP)方式である。上位のサーバーと下位のクライアントという階層構造を本質とするC/S方式に対し、PtoP方式では対等のホストが相互に通信するモデルとなっている。インターネットの黎明期においては、むしろPtoP方式が通常の接続形態であったが、商用ISPの発展に伴い、エンドユーザは基本的に「受動的」なクライアントとして位置付けられるようになってきた。2000年から、Napsterによる音楽ファイル交換等の人気が急上昇し(2000年末時点で米国のPCの約4割がNapsterをインストールしている)、俄然PtoPに対する注目が高まった。Napsterは、サーバーを一切介さないでPC同士でファイル交換を行う「ピュアPtoP」モデルではなく、音楽ファイルの検索性などを高めるために一部サーバーを活用しているが、やはりエンドユーザのPCが情報配信する点で、これまでのC/S方式とは根本的に異なるネットワーク・トラヒックが生じている。つまり、PCが受動的な情報受信をするクライアントとしてだけでなく、大量の情報を配信するサーバーの役割も担うということである。Napsterは現在、法的な問題の渦中にあるが、音楽ファイル交換はあくまでPtoPの利用用途の1つであり、こうしたネットワーク・アーキテクチャーを基盤にした新しい利用用途の発掘・開拓は、今後の大きな事業機会になり得ると考えられる。このようなPtoPアプリケーションが急激に普及したことは、エンドユーザよりもむしろ、通信キャリアに驚きを与えるとともに、発想の転換を迫るものとなるだろう。なぜなら、従来のADSLやCATVインターネットのネットワーク設計思想は、下り回線速度を重視しており、エンドユーザが大量の情報配信を行うことを基本的に想定していなかったためである。このため、英国のCATVインターネット大手NTL社は、利用者にNapsterの利用を禁止した。理由は「利用者がサーバーを運用することは認めていない」ためという。通信事業者のこうした対応は、従来型のC/S方式を今後も堅持しようとするものであろう。むしろ、このような将来シナリオも考慮し、ネットワーク・アーキテクチャーに、PtoP方式にも対応できるような「拡張性」を事前に組み入れていく発想が必要と考える。 PtoPネットワーキングによって、エンドユーザが大量の情報を配信する潜在的可能性は、脅威としてではなく機会として捉えるべきである。 むろん、人気が高くアクセスが集中するウェブサイト(ストリーミング・コンテンツを含む)を堅牢なデータセンターが支援していく事業は今後も新しい発展を遂げていくことは間違いないと思われるが、それと同時に新しいタイプの情報配信サイトがエンドユーザの中から出現してくる可能性、また、PtoP技術を基盤とするキラー・アプリケーションが世を席巻する潜在性も否定はできない。 ■ブロードバンドのキラー・アプリケーション各家庭がブロードバンド回線を導入する時、確かに現在注目を集めているストリーミング・メディアやオンライン・ゲーム、VOD(ビデオ・オンデマンド)等のエンターテイメント系アプリケーションが、その需要を牽引する可能性は極めて高いといえるだろう。しかしながら、家計が支出する通信関連費用を大幅に増加させるシナリオは想定しにくいこともまた事実である。我々はむしろ、企業側が支出する可能性のあるアプリケーションに、長期的な活路を見出すことができるのではないかと考えている。 それは一言でいえば生産性の向上であり、今後企業が真剣に検討しなければならない知識社会におけるナレッジワーカーの組織的活用方法に関するものである。これは、「個」としてのナレッジワーカーに焦点を当て、その協働によって新しい知を創出するものとなるだろう。この意味からすれば、現在既に「Eメール」がインターネットのキラー・アプリケーションの地位を確立しているといえるだろう。Eメールによって様々な業務上のコミュニケーションが著しく効率化し、日々の仕事において不可欠となっていることは事実であろう。また、無料のメーリングリスト(ML)も容易に利用できるようになり、問題意識を等しくする仲間と情報交換することによって新たなフィードバックが生まれ、新しい知の創造に大きな力となっていることは、筆者も常に体感していることでもある。しかしそれと同時に、膨大な数のメールの処理が煩雑となり、逆に日常業務に支障をきたしている場合もあり得る。 こうした観点からブロードバンドのキラー・アプリケーションを検討した時、筆者はPtoP技術を基盤とした情報共有ソフト『Groove』の方向性に大きな潜在性を感じている。一般的なユーザからすればPtoP技術を使っているか否かよりも、その設計思想とインタフェースに魅力を感じるかもしれない。同社のCEOによれば、「情報は適切なコンテキスト(文脈)の中に位置付けられることによって活用可能な知識となる」という。つまり、従来のEメールが「情報」とすれば、Grooveでは他にもインスタント・メッセージやチャット、掲示板、ファイル交換等のコミュニケーション手段によってもたらされる「情報」を『ワークスペース』というチームによって共有し、そのチームのミッション(方針)や個々のタスク、スケジュールなどのコンテキストの中に適正に位置付けることができる。ここでPtoP技術を活用していることによるインパクトは、必ずしも高額なサーバーを必要としない点である。このことは企業にとってのコスト削減可能性を示唆している。また、このような情報共有ソフトがどうしてブロードバンドと関係があるのかと問われれば、現時点においては「常時接続」環境さえあれば当面は対応可能と応えざるを得ないが、今後の方向性としては膨大な情報量を有する図面データの交換や、あるいはコミュニケーションをさらに促進するためのビデオ・コンファレンス機能の組み込み等がブロードバンドに対する需要を牽引する可能性が考えられるだろう。しかしここで強調しておきたいのは、このようなアプリケーションの導入は、企業にとってもはや「コスト削減」を追求するためのツールではなく、自律的なナレッジワーカーの育成やこれらの自律単位が組織の価値創造にいかに貢献できるかを支援するツールとして「企業のコンピタンス開発」を目的として位置付けられるべきであるという点である。 ■結びに本稿のはじめに指摘したように、我々は将来を「予測」しようとしているわけではない。業界の構造的な変動要因に焦点を当てて、潜在的に起こり得る複数の「将来シナリオ」を描こうとしている。この作業は、日々錯綜するニュースと情報の中から、いかに重要な事象を認知できるか否かにかかっている。インフラ事業に携わる人間にとって、想定すべき時間枠は比較的長期であるため、特にこのようなアプローチによって認知の枠を拡大し、将来の戦略オプションの選択可能性を広げておく必要があるだろう。今後の本シリーズでは、我々なりの視点で認知された事象について、その潜在的な将来シナリオについて解説していく方針である。<参考文献/ウェブサイト>シナリオ・プランニング
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政策研究グループ リサーチャー 杉本幸太郎 |
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