2024.4.11 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ICT雑感:イーロン・マスクとシリコンバレーの人間模様

IT業界(に限らない)きっての風雲児であり異端児、イーロン・マスク氏の初の“公式”伝記とされる『イーロン・マスク(上・下)』(文藝春秋、2023年)が面白い。同氏にまつわる書籍としては、アシュリー・バンス氏による『イーロン・マスク 未来を創る男』(講談社、2015年)も「イーロン・マスク初めての本格評伝」として有名だが、昨年刊行されたほうは、世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』(講談社、2011年)の伝記作家として知られるウォルター・アイザックソン氏が著した。それぞれ味わい深さが違いつつも、読み比べるとマスク氏の人柄や生い立ち、首尾一貫した信念、野望がより鮮明に浮かび上がってくる。マスク氏のマスク氏たるゆえん、今に至る道のりが並大抵でなかったこと(異様さと言ってもよい)は、本書を10分の1読み進めるだけでも伝わってくる。

特に、GoogleやAmazonの創業者をはじめ、シリコンバレー界隈の重要人物が、マスク氏のビジネスの重要な節目や転換点で登場する事実は非常に興味深い。今回は快作『イーロン・マスク』を繙きながら、時代の寵児とも、悪魔的とも、さまざまに評されるマスク氏の交友関係、ひいてはマスク氏によるIT分野のキーパーソンの見え方を紹介する。ネタバレにならない程度に――。

なお、本稿では便宜上、2015年版を「EM15」、2023年版を「EM23」と呼びたい。

両書、そして世間一般におけるマスク像

マスク氏が新聞やテレビのニュースで取り上げられる際、「起業家のイーロン・マスク氏」として紹介されることが多い。もちろんそれは間違っていない。ただ、十分でもない。

起業家という顔一つ取っても、既に電子決済のPayPal、EV(電気自動車)のTesla Motors、宇宙産業ベンチャーのSpaceX、生成人工知能(AI)のOpenAIとxAI、「脳科学×コンピューター」のNeuralinkと、マスク氏が立ち上げた企業・団体のうち、代表的なものだけを挙げても片手に収まらない。シリアルアントレプレナー(連続起業家)というよりむしろ、パラレルアントレプレナー(並行起業家)として実績を残し続けるマスク氏に対し、「イーロンを目指せ」と憧憬を抱くシリコンバレーの野心家は少なくない。

起業家に加え、イノベーターでありディスラプター、億万長者としてよく取り上げられる一方、気性の激しさでも知られ、アスペルガー症候群や双極性障害を自認さえする。身近な存在の妻は「彼の心のどこかに子ども時代のイーロンがいる」と指摘しつつ、「悪魔モード」のイーロンが頭をもたげることも多いと述懐する。

そうした多面的なマスク氏の人となりが醸成されたのには、父親エロール・マスク氏から受けた苛酷とも言える幼少年時代のしつけが、少なからず影響していると両書からは読み取れる。その父親こそ感情の起伏が激しく、EM23では「多重人格」といった表現がなされる。

マスク氏本人は、自分をどう見ているのか。

「僕のこと、正気じゃないと思っているだろう」――。EM15の冒頭、インタビュー中のマスク氏からそう問い掛けられた著者は、その言葉がマスク氏自身の自問であると受け止めたという。

サム・アルトマン

マスク氏が創業に携わった企業のうち、今最も話題を呼んでいる1社は、ChatGPTのリリースで生成AIの大ブームを巻き起こしたOpenAIだろう。OpenAIの名付け親がマスク氏であることは意外と知られていない。

EM23では、マスク氏が「懇意にしているアントレプレナー」として、OpenAIのサム・アルトマンCEOが登場する。SpaceXの工場を案内してもらったアルトマン氏は「ロケットの細かなところまで理解している彼はすごいと思った」とマスク氏を評価する。意気投合し、2015年に非営利のOpenAIを立ち上げた。

しかし、GoogleのAI開発に後れを取っているとして、マスク氏はTeslaによるOpenAI買収というテコ入れをアルトマン氏に持ち掛けた。しかしこの提案は、OpenAIの取締役会をはじめ総スカンを食らう。マスク氏は居場所を失い、同社を去ることとなる。今は自らAI企業「xAI」を立ち上げ、「宇宙の真理の究明」を目指す独自の生成AI「Grok(グロック)」をX(旧ツイッター)の有料ユーザー向けに展開している。

マスク氏の買収提案を拒んだOpenAIは、非営利から営利へと舵を切り、雌伏の期間を経てChatGPTで大ブレイクを果たす。ただ、AIの学習データの著作権をめぐる訴訟など山積する問題に加え、2023年11月にはアルトマン氏の電撃的なCEO解任があり、内憂外患のリスクが顕在化してもいる。解任劇は結局2週間としないうちに同氏のCEO復活という形で幕を閉じたが、一息ついたのもつかの間、2024年3月には、マスク氏がOpenAIとアルトマン氏らを提訴するという一報が入ってきた。

ラリー・ペイジ

Googleに対する焦燥感混じりの対抗心に端を発した、アルトマン氏へのOpneAI買収提案は失敗に終わったマスク氏だったが、当時のGoogle CEOで創業者のラリー・ペイジ氏とは実は昵懇だった。かなり込み入った相談もできる間柄として知られ、EM15、EM23の両方でペイジ氏は登場する。Teslaが資金難で倒れそうなとき、Googleからの資金援助、つまり買収による延命策を講じようと、マスク氏がペイジ氏に打診した内幕が綴られている。

ただ、直後にTeslaの業績が急回復し、資金繰りが改善したことから買収話は立ち消えとなった。そうした話が漏れ聞こえてくるように2人の浅からぬ関係は、容易に推察できよう。シリコンバレーにある米カリフォルニア州パロアルト市にあるペイジ氏の自宅に泊まるほどの仲睦まじさで、10年来の付き合いだったとされる。

しかし、すべては過去形だ。マスク氏のあるビジネス上のディールがペイジ氏を激昂させた。前述のOpenAIの2015年の創業に際し、GoogleにおけるAI研究の中心人物、イリヤ・サツキバー氏を引き抜いたことなどが、“裏切り”と映ったのだ。「ラリーはすごく腹を立てていた。付き合ってくれなくなった」。そうEM23で振り返るマスク氏は、OpenAIが発足して以降、ペイジ氏と言葉を交わすこともなくなっていった。

背景には、AIの進化に対する価値観の違いがあったとされる。EM15でも、ペイジ氏とマスク氏は親友同士と表現され、マスク氏はその親友が「Evil的なもの(AI)をつくりかねない」として夜も眠れないと、著者に吐露する場面があった。

AIに対する悲観論と楽観論は今後もシリコンバレーをはじめ、世界中で賛否が割れ続けるテーマだろう。

ジェフ・ベゾス

GAFAMの一角、Amazonの創業者ジェフ・ベゾス氏についても、マスク氏による人物評が開陳されている。宇宙ビジネスをめぐって繰り広げられる両者の熾烈な争いは、時にSNSなどで感情をむき出しにして場外乱闘に発展し、世間を賑わせている。

EM23によると、2人が最初に顔を合わせたのは2004年とされる。土地、エネルギー、食糧など、地球資源の有限性に照らせば、人類は太陽系に踏み出すしかない――。そういった両者の思い、「宇宙観」は少なからず重なっていた。

そうした背景から、マスク氏がベゾス氏に対し、「SpaceX」の工場を見に来ないかと誘った。しかし、2人のボタンの掛け違い、不仲は既にここから始まっていた。見学後、マスク氏は「こっちは誘ったのになぜ(ベゾス氏の宇宙ベンチャー)Blue Originのシアトルの工場に招待してくれないのか」といら立った様子のメールを送ったという。マスク氏があえてマウントを取りに行こうとしたと捉えられなくもないが、その後は両者も両社も、宇宙産業を舞台に関係悪化の一途をたどる。

EM15でマスク氏は、Blue OriginがSpaceXの優秀な人材を「2倍の給与をちらつかせて」引き抜こうとしていたことに腹を立て、「余計なことしやがって。無礼千万」とベゾス氏をこき下ろす。「正直言って全然面白くない男」とにべもなく、両氏が火星に行くという共通の夢を語ること自体が夢物語であるほどに関係はこじれた。

※ ※ ※

ここまでの紹介だけでも、マスク氏の敵の多さがよくわかるだろう。さらに、Meta Platforms(旧Facebook)の創業者マーク・ザッカーバーグCEOとは、上記のエピソードに輪をかけたような犬猿の仲とされる。SNSビジネスの分野でかち合い、たびたび舌戦が禍根を残し、2023年には肉弾戦での決着がまことしやかに囁かれた。

降って沸いたOpneAI訴訟など、マスク氏の突飛とも思える、しかし彼の中では計算ずくの言動から、今後とも目が離せなそうだ。

参考文献:

  • 『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン、文藝春秋、2023年)
  • 『イーロン・マスク 未来を創る男』(アシュリー・バンス、講談社、2015年)

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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