2016年6月21日掲載 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

通信ネットワークのソフトウェア化・仮想化が突き付ける課題-信頼性と安心安全



少し前のことになりますが、2月下旬にスペイン・バルセロナで開催されたMobile World Congress 2016 (MWC 2016) のテーマは「MOBILE IS EVERYTHING」でした。なかでも、モバイル通信業界のトレンドとしては、ネットワークとビジネスモデルをどのようにしてIoTに対応していくのかが課題に取り上げられていました。まず、5GやLPWAといった無線通信方式の開発・展開動向やサービス適用分野など、これまでのモバイル通信の拡張・発展から来たる時代の環境変化を追求する流れがありました。同時にまた、通信とITの競合を指摘する動きも見られました。実際、MWC 2016の開始同日に、EricssonとAWSがクラウド分野で提携すると発表がありました。これは、従来見られていたIT機器ベンダーから通信機器ベンダーへのIT汎用機器の提供に止まらず、クラウド事業者による通信事業者へのコアネットワークの提供を意味していて、AWSのクラウドサービスが通信のコアネットワーク領域に脅威を与える存在となっていることを明らかにしました。いまやベンダー間の競合に限らず、通信事業者が提供する通信サービス分野にクラウド事業者の影響が及ぶ情勢となっています。これを通信事業者側から見るとネットワークのソフトウェア化・仮想化(いわゆるNFV)が大きく進むと予想されていて、ベンダーの領域はもちろんサービス領域でもクラウド事業者と競合する動きとなります。つまり今後の通信業界を展望するとクラウド事業者とその基盤を形成するIT汎用機器・ソフトウェアに注目が集まります。市場競争ということで、どうしてもクラウド事業者に、なかでも圧倒的な存在感を持つAWSに関心が集中しがちですが、ここでは少し原点に立ち戻ってIT汎用機器とソフトウェアの利活用が持つ課題を取り上げたいと思います。

通信ネットワークに、コスト面や建設・保守の容易性と柔軟性、サービス導入の迅速性などからIT汎用機器が導入されてきています。サービス競争の進展から当然の帰結であり、5GやIoTの時代のコアネットワークとして、より一層IT汎用機器提供が進むことになります。併せて、そのことは機器の汎用性が故に、ソフトウェアの比重がますます高まっていくことを意味しています。こうしたIT汎用機器を大量に使ってソフトウェアでネットワークサービスを提供するとなると、結局のところクラウド事業者の出番、それもインフラとなるコアネットワークの規模を踏まえるとAWSの独り舞台となってもおかしくありません。ここで2つの大きな課題に直面します。

第1はネットワークサイドでの故障やバグへの不安、つまり汎用機器とソフトウェアに対する信頼性の問題です。通信サービスではありませんが、去る3月末に起こったANAの国内旅客システムの障害による窓口手続きの大混乱と多数の欠航便の発生は信頼性についての懸念を増大させました。機器故障やソフトウェアバグは避けられないものですが、それによって航空サービスというインフラが停滞しうることは肝に銘じておかなくてはなりません。故障やバグが避けられない以上、事前にどのような対策を講じておくべきなのか、新しい環境に応じた措置が必要です。端的には、機器だけでなくソフトウェアも含めて二重化することに尽きます。利用するクラウド事業者も複数の会社と契約(二重化)する必要があるでしょう。

第2はサービスサイドの管轄、規制(監督)の問題です。クラウド事業者から通信のコアネットワークの提供を受けるとなると物理的な通信機器類(通信設備)と分離してサービス提供が行われることになりますが、その場合の通信事業免許はどうなるのか、事業運営の継続性の保証をどう担保するのか、加えて最も難しい問題として通信の秘密の保持や個人情報保護などの基本的問題が不透明のまま残されています。通信事業として国の監督のあり方を巡っては、過去にインターネット上の検索広告に関して日本のヤフーと米国のGoogleとに対して通信の秘密保持規制で事実上取り扱いに格差が生じてしまったという苦い経験があります。その時も通信事業者の免許規制とネットワーク機器・装置の存在場所が問題となって、規制格差が生じたと記憶しています。そもそも、通信事業者のコアネットワークの機能をクラウド事業者から提供を受けて(調達して)通信サービスを提供することは、現在の通信法制では想定されていません。これこそ新しい時代の課題ですが、通信ネットワークやサービスがその国にとっては基盤となるインフラであり、国民生活にとっては皆が使えるユニバーサルサービスに直結するものだけに、機能安全規格・認証や国家安全保障、さらには前述の通信の秘密の保持、個人情報保護など国益が絡んだ複雑な国家間の調整が必要となります。実例として、MVNO事業としてソラコム社がAWSのクラウドサービスを利用してサービスを提供しています。これから、さらに多くの通信事業者がクラウドサービスを利用していくことになると思います。IT分野では、汎用機器である限りもはや所有するものではなく、クラウドサービスを利用するものであるとの認識が広がっています。通信事業者も例外ではありません。通信事業もまたIT業界が経験してきた、汎用機器化、クラウド化、サービスの垂直統合化を経て、ソフトウェア化・仮想化に及ぶ環境変化の途上にあります。

ソフトウェア化・仮想化を具体化するNFVの市場は、モバイル通信で5Gが始まる2020年に向けて本格的に拡大していくものと予想していますが、当面のところは通信事業者によるネットワークの効率化・多様化・柔軟化・強靭化に貢献する取り組みが中心となっています(例:NTTのNetroSphere)。今後はMVNOサービスの拡大に応じて、クラウドを利用してコアネットワークを構築するMVNO事業者が増加していくと想定しています。モバイル市場の成熟化に伴い、MVNOによる格安スマホ・格安SIMの販売をはじめサービス網の充実が進んでいますが、こうしたモバイルアクセス網のオープン化の活用だけでなく、いよいよコアネットワークのソフトウェア化・仮想化にまで環境変化が及ぶことになります。その先に、通信網本体をIT汎用機器で構成する時代が来るでしょう。5Gを見据えた設備投資の時はもちろんですが、それ以前に展開・普及が予想されるIoT対応のネットワーク構築において、通信業界はIT技術に依存することになりそうです。通信事業がITに代替されて通信網がバイパスされてしまうことが最大のビジネスリスクです。通信事業者にはインフラ事業者としてネットワークやサービスの信頼性を高め、維持してきた過去の経験と歴史があります。もちろん、それらは専用のハードウェアを中核としたものですが、経済的・社会的に信頼性をどう判定・判断していくのか、この積み重ねこそノウハウであり、通信事業者の貴重な財産です。そして、大切なノウハウを有する人材の確保・育成が求められます。クラウドを活用した通信サービスの提供に際し、IT業界にないノウハウが生きると思っています。

残る大きな課題はソフトウェアの障害、バグやマルウェア・ウィルスの問題です。ソフトウェアにバグは付きもので完全に防ぎ切ることは不可能です。緊急サービスや国の安全保障に係るインフラサービスで事象が発生することが懸念されます。マルウェアやウィルスによる外からの攻撃もまたハードウェアにない不安材料です。モジュール化、二重化(複数ソフト化)などコストと効率性を考慮した新しい仕組みや工夫が必要となっています。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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