中国におけるロボット産業の進展
はじめに
中国のロボット産業は、産業政策の後押し、完備されたサプライチェーン、豊富な人材リソースなどを背景に急速な発展を遂げている。2024年の売上高は2378.9億元(約5.2兆円)に達し、2020年から倍増した。ロボットの活用領域も、製造業の現場だけでなく日常生活や、さらにはスポーツ・運動領域にまで拡大している。本稿では、中国のロボット産業における発展の現状と活用動向などを考察した上で、その急速な成長を支える要因と今後の課題などについて分析する。
中国におけるロボット市場の現状
ロボットの生産量
中国国家統計局の公表データによれば、2025年3月から10月までのロボット生産台数は前年同期比45.3%増の1,152万台となり、月次ベースで増加が続いた(図1)。内訳はサービスロボット[1]が1,098万台、産業用ロボット[2]が54万台であった。また、国際ロボット連盟によれば、産業用ロボットについては、2024年における中国の導入台数は29万5,000台(日本は4万4,500台)に達し、世界最大の市場となるとともに、世界全体の導入台数の54%を占めると予測されている[3]。
注目される技術動向
中国のロボット産業は、AI技術との融合によって大きく進展しており、中でも近年特に注目されているのが「エンボディドAI(Embodied AI)」という概念である。エンボディドAIについては業界内で様々な解釈が存在するが、中国情報通信研究院のレポートでは、「ロボットなどの物理的実体を通じて環境と相互作用し、環境認識、情報認知、自律的な意思決定と行動実行が可能で、さらに経験からのフィードバックを通じて知能の成長と行動の適応を実現する知能システム」と定義されている[4]。また、2025年の政府活動報告では、初めてエンボディドAIに関するイノベーションおよび産業育成について言及された。
エンボディドAIは、主に感知、意思決定、行動制御、フィードバックという以下の4つの要素から構成される。
①感知
視覚センサーやLiDAR、力覚センサーといった様々なセンサーを組み合わせることで、ロボットの環境認識能力は飛躍的に向上している。中国企業は、LiDARや視覚センサー分野において世界的にも高い競争力を有している。
②意思決定
大規模言語モデル(LLM)や視覚言語モデル(VLM)の応用により、ロボットの認知能力と意思決定能力が向上している。これらのモデルは、自然言語による指示の理解、複雑なタスクの計画、状況に応じた判断などを可能にする。
③行動制御
強化学習を活用した全身運動制御技術により、人型ロボットの歩行、走行、階段昇降、バランス保持といった基本動作が大幅に改善されている。
④フィードバック
経験フィードバックに基づく学習と適応は、エンボディドAIの主要な特徴である。ロボットは失敗の経験から学習し、継続的に性能を向上させることができる。この領域ではオンライン学習や転移学習などの手法が活用されている。
エンボディドAI技術の進展により人型ロボットの性能は大幅に向上している。特に中国では「エンボディドAIロボット」は高度な人型ロボットとして位置づけられており、関連分野への投資が過熱している。
主要プレイヤー
中国のロボット市場には多くの企業が参入しており、2025年8月時点でロボット関連企業は約100万社に達している。「エンボディドAI」が政府活動報告書に初めて明記され国家戦略として位置づけられたことを受け、人型ロボット企業への注目が一段と高まっている。米投資銀行大手モルガン・スタンレーが2025年2月に公表したレポート「The Humanoid 100: Mapping the Humanoid Robot Value Chain」[5]では、人型ロボットの発展に重要な役割を果たす世界トップ100社がまとめられており、そのうち、約3割を中国企業が占めていた。
様々な企業による競争が激化する中、AI² Robotics、Unitree Robotics、UBTECH、AgiBotの4社は、その技術的優位性などからエンボディドAI分野の「四小虎(4匹の小さい虎)」と称され、中国市場で主導権を争っている。これら4社の技術的・事業的特徴は表1のとおりである。
4社は、それぞれ異なる技術的アプローチと市場戦略により、ロボット事業を展開しているが、ターゲットはいずれも法人市場に集中している。現時点では、産業用途の方がロボットの導入・実装が進めやすいためと考えられる。また、2023年に設立されたAI² RoboticsとAgiBotの2社が短期間で商用化を実現したことは、中国のロボット産業における技術実装スピードの速さを象徴している。
活用動向
2025年8月、中国で開催されたロボットの業界イベント「World Robot Conference」の開幕式において、中国電子学会は「人型ロボットの十大潜在活用シーン」を公表した(表2)。
これらの活用領域が注目される背景には、社会的課題の解決や産業高度化への期待がある。例えば、災害救助分野ではロボットが煙感知器やガス検知器、熱画像カメラを搭載し、災害現場のデータ収集を担うことで、救助活動を支援し、人的リスクの低減が可能となる。さらに、船舶製造における研磨作業や石油化学プラントの巡視など、人の健康に影響を及ぼす可能性のある環境下での作業代替も期待されている。また、高齢化に伴う介護人材不足や、育児・家事の負担軽減といった課題に対しては、家庭用サービスロボットが有力な解決策となる。例えば、高齢者の転倒検知、服薬リマインダー、掃除や片付けといった家事支援により、生活の質向上が期待される。製造業においても、産業用汎用作業や、自動車製造、3C製造などの分野で、単純作業の自動化や、人間を上回る精度と一貫性を持つ品質検査が実現され、産業の高度化と生産性向上に貢献している。
社会的な課題解決や産業高度化に向けた活用シーンに加えて、スポーツ領域でもロボットの実装が進んでいる。2025年4月に開催された人型ロボットハーフマラソンでは、北京人型ロボットイノベーションセンターが開発した人型ロボット「天工ultra」が優勝し、走行能力の高さを証明した(図2)。マラソンのほか、ボクシングやサッカーなど、様々なロボットによるスポーツの大会も開催されており、新たな観戦コンテンツが創出されている。また、スポーツ用品メーカーもロボットの優れた運動性能に着目し、製品開発への活用を進めている。李寧(Li-Ning)や安踏(ANTA)といった大手スポーツ用品ブランドは、人型ロボットとの共同研究ラボを設立し、ランニングシューズの性能評価や製品テストにロボットを導入している。
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中国でロボット産業が躍進している要因
課題と今後の展望
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] サービスロボットとは、主に工業分野以外の領域でメンテナンス、修理、輸送、清掃、警備、救援、介護などの作業に従事するロボットを指す。現在、中国で統計対象となっているサービスロボットには、家庭用ロボット(家事ロボット、エンターテインメントロボット、高齢者・障害者支援ロボット)や、専門用ロボット(屋外作業ロボット、専門清掃ロボット、監視・保守ロボット、無人搬送車(AGV)ロボット、医療ロボット、救援ロボット、警備ロボット、水中ロボット)などが含まれる。
[2] 産業用ロボットとは、産業自動化において使用されるロボットのうち、固定式または移動式で、再プログラム可能、多目的、自動制御式で、3軸以上のプログラミングが可能な操作機を指す(ISO 8373規格)。現在、中国で統計対象となっている産業用ロボットには、AGV、積み下ろしロボット、溶接・ろう付けロボット、塗装・接着ロボット、加工ロボット、組立・分解ロボット、クリーンルームロボットなどが含まれる。
[3] IFR(International Federation of Robotics),“Global Robot Demand in Factories Doubles Over 10 Years”, September 25, 2025, https://ifr.org/ifr-press-releases/news/global-robot-demand-in-factories-doubles-over-10-years
[4] https://www.caict.ac.cn/kxyj/qwfb/bps/202408/ P020240830312499650772.pdf
[5] https://advisor.morganstanley.com/john.howard/ documents/field/j/jo/john-howard/The_Humanoid _100_-_Mapping_the_Humanoid_Robot_Value_ Chain.pdf
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