ICT雑感:「車は左、歩行者は右側通行」って グローバル・スタンダード? ~「未来の住宅」の命運を握るもの
1.「歩行者は右側通行」が意味すること
ニューノーマルな態様として定着した感のある在宅勤務の日には、浮いた通勤時間を学術やランニングなどの健康増進にあてがう人も多いだろう。筆者がウォーキングをする緑道は、自転車用と歩行者・ランナー用に分かれているが、歩行者等道路には「●側通行」のような指示標識がない。そのためか、歩行者やランナーが互いに道を譲らずに衝突し、また、「歩行者は右側通行!」と口論するトラブルを見た。「車は左、人は右側通行」とよく聞くが、歩道等では、筆者は「真ん中」か「やや左側」を歩いている感覚が強い。ソーシャル・ディスタンスが求められる時代こそ柔軟に対処すればよいものと思う反面、「右側通行を絶対とする誤ったルールを他人に強要する原理主義は迷惑」としか言いようがない。そこで、このルールの意味することについて、改めて考えてみた。
この原則は、「歩行者は、歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯と車道の区別のない道路においては、道路の右側端に寄って通行しなければならない」とする道路交通法第10条に基づくが、この規定は「歩道等と車道の区別の無い道路」のみを前提としている(図1-A)。また、歩道等を歩く際の位置に関する規定は存在しない。つまり、歩道等ではどこを歩いてもよいのである。とは言え、実際には、左側通行の車と歩行者が対面する「対面交通」が望ましいと思う。何故ならば、「歩行者にとって、後ろから接近してくる車よりも正面から向かってくる車の方が認識しやすく、安全な行動を取りやすい」と考えるこの原則は、歩道内の位置関係にも通じるからである。車道側の歩行者が車と対面する形、具体的に言えば、「歩道内において対向者がいる場合、左側を歩くことが双方にとって安全」と考えるのが自然ではなかろうか(図1-B)。法的拘束力はないけれど。
多くの小中学校では、「廊下は右側通行」と指導されている。学校内での事故防止や秩序形成、交通事故を避けるための最初に知るルールとする教育的配慮からであろう。
2.車の通行ルールと2つの勢力
日本では、どのような経緯で「車は左、歩行者は右側通行」となったのだろうか。「英国に倣った」とか「刀の鞘が当たらないように」などの諸説あるが、『舗装と下水道の文化~新しい道、そして右側通行―馬車の安全のために~』(1985年岡並木著、論創社)のなかで、左側通行・右側通行の起源や日本の事情について解説されている。
モータリゼーションの前は馬車の時代であり、当時の列強国は英国とフランスである。英国では、馭者(馬を操る者)は中央の馭者台に座って馬車を制御していた。利き腕の右手で右側の馬を制御する方が容易で、路面の傾斜やバランス調整等の安全面から、左側通行が主流となった(左側通行&右ハンドル車)。一方のフランスでは、馭者は先頭を歩く左側の馬に乗って馬車を制御していたため、英国とは逆の右側通行が主流となった(右側通行&左ハンドル車)。両国は、他国への支配的勢力を拡大し、植民地の統治・経営を通じて自国の諸制度を移植した結果、植民地の近代化とともに、左側通行・右側通行という2つの勢力が生まれた。
日本では、1881年の警察庁通達において「車馬や人力車が行き合った場合には左に避けること」と明文化された。そして、1900年の警視庁令では「歩行者を含めて左側通行」と規定されたが、それを定めた松井茂博士は「特別な理由や研究に基づいたものではない。なんとなく左側通行がよいと考えた」ようだ。国民生活や産業に影響を与えるルールを「なんとなく」決めたとは、正直、呆れてしまう。その後の1949年道路交通取締法の改正において、「対面交通」の考え方に基づく「歩行者は右側通行」に変更された。なお、英国からの技術支援で導入された鉄道においては「左側通行」であり、駅構内でも「歩行者は左側通行」とする駅がほとんどである。
3.異なるルールがもたらしたもの
英国の植民地であったカナダは、米国と陸続きであることから、車の通行ルールを右側通行に変更した。沖縄県は、1978年に再び左側通行に戻された。このような変更は幾つかあるが、現在の左側:右側通行の比率は、人口比では34:66、道路の総延長距離では27.5:72.5であり、右側通行を採用する国が多数である[1]。そのようななか、例えば、現在の日本において右側通行に変更する必要はあるだろうか。社会的混乱や財政的負担などを考えれば、その必要はない。また、島国という特徴からも、日本は物理的・地理的に「完結した世界」であり、その必然性も低い。しかし、日本の産業を代表する自動車業界から見ると、「左側通行&右ハンドル車」という仕様はどのような意味合いを持つのだろうか。国内市場の確立を目指した初期の頃には、外国勢にとって反対となる仕様は参入障壁ともなり、技術開発や国内市場の拡大に優位に働いたであろう。だが、現在のグローバルビジネスの観点からは、どのメーカーにとっても、いずれかの仕様が必ずしも有利・有益に働くものではないだろう。仮に、車の通行ルールが初めから世界共通であったならば、自動車業界の景色はかなり違うものになっていたと思う。そして残念なことは、自動運転の時代が到来しても、2つの仕様は生産工程の負荷や投資効率への影響等の制約を永遠にもたらし続けることである。
4.「スマートな住宅」市場が立ち上がるには
5G時代に向けて、「IoT住宅」や「スマートホーム」への期待が広がっている。「情報技術×住宅」を対象とする事業分野は、1990年代の「TRON電脳住宅」プロジェクトが起点となろうか。その後、インターネットやウェブ2.0、IoTなどの技術革新が起きると、おおよそ10年周期で「ホームオートメーション」や「IT住宅」、「スマートハウス」などのブームが訪れ、「未来の住宅」として期待された。東日本大震災後のスマートハウスブームでは、HEMSを活用した「エコーネット」が、そして、参加企業の拡大に向けた「エコーネット・ライト」が、通信プロトコルとして規格標準化された。しかし、家のなかの機器をつなぐだけでは住宅や暮らしに付加価値を与えることに限界があることや、他社製品との接続にメリットが見いだせないとするメーカー等の拒絶感も手伝い、大きな市場には成長しなかった。このような背景もあるのだろう。インターネットを通じた外とのつながりのイメージを持たせた「IoT住宅」、スマートハウスに替わる「スマートホーム」と新しい概念やネーミングが用いられることで、新たなブームが創起されつつある。独自の技術仕様を含んだ、カーテンや照明などの音声操作や家電等の遠隔操作サービスをよく見かける。ただ、確かに便利ではあるが、その必然性に懐疑的な人は少なくはないだろう。個々の機器やサービス単体による便利さだけではない、トータルな視点を踏まえたサービスの全体像が見えてこないのが、残念だ。リアルとバーチャルがシームレスに連続する「住居という場」と「暮らしと言うジャーニーマップ」の組み合わせのなかで、生活の質や安心・安全の向上がどのようにもたらされるのかという期待感をテーマに追求していくことが、キラーサービスの登場につながるものと思う。そして、このようなサービスを創造し、一定の事業規模で展開するには、企業や業界の垣根を超えた異業種間連携、セキュリティの視点を押さえた技術仕様とその共通化、あるいはユニバーサルな相互接続性の確保がなければ難しいだろう。
各企業が自社の仕様に拘ってきた反省も踏まえて設立された「コネクテッドホームアライアンス」は、様々な業種や業態の企業を含めた産官学が一体となって連携し、技術の標準化やトータルなサービスソリューションの実用化を目指している。また、GoogleやApple、Amazonなどのワールドクラスの企業が参加するZigbee Allianceでは、音声アシスタントの規格標準化を目指しており、その目的は、対応製品の開発を容易にするとともに、利用者がSiriやAlexa、Googleアシスタントなどの違いを意識することなく、音声アシスタントサービスを利用できるようにするところにある。
車の通行ルールは、「解消できない制約」を後世にもたらした。確かに、標準化は難しい取り組みである。しかし、コネクテッドホームアライアンスやZigbee Allianceのような世界観を持った活動とその裾野の広がりこそが、繰り返されてきた「未来の住宅」の試みを実現させ、成長させる原動力となるだろう。便利なだけではない、安心・安全を基盤に生活の質を高めてくれる「スマートな住宅」に暮らしてみたい。
[1] 右側通行か左側通行かが一目でわかる世界地図 – GIGAZINE
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