2022.10.28 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

新たな通信インフラとして期待されるHAPSの 概要と動向

HAPSの概要

近年、次世代の新たな通信インフラとして、HAPS(High Altitude Platform Station:高高度基盤ステーション)という技術が注目されてきている。現在のモバイル通信において、ユーザー端末との無線通信を実現しているのは、広義では5GやWi-Fi等も含めて地上の無線基地局が主流であり、その他に衛星通信網も提供されているが、HAPSはまさに第3の通信網にもなり得る技術として大きな期待を持たれている。本稿では、HAPSの基本的な概要についてまとめたうえで、市場の動向を概観し、今後の実用化について考察する。

HAPSは名前にも「高高度」とあるように、大気圏の中でもかなり高い高度のエリアを飛行する機材である。一般的なジェット旅客機は概ね地上から10km程度の高度において巡行飛行をすることが多いが、HAPSが飛行する高度はその2倍となる高度20km程度の成層圏といわれるエリアである。ちなみに地球の大気圏と宇宙空間の境界は高度100kmと国際的に定められており、HAPSは広義では大気中を航行する飛行機等に分類されるが、実際は旅客機と人工衛星の領域の間を飛行する機材ともいえる(図1左側)。

【図1】大気の構造と温度

【図1】大気の構造と温度
(出典:鳩ぽっぽ「大気の構造 ― 飛行機が高度1万メートルを飛ぶ理由」
https://pigeon-poppo.com/atmospheric-structure/)

HAPSが飛行する成層圏の特徴

HAPSが航行する成層圏では、地上から旅客機の飛行高度までの空間領域である対流圏と比べると、多少異なる現象が起こっている。第一に、空気密度が非常に稀薄であることがあげられる。高度20kmにおける空気の密度は地上の約20分の1といわれており、飛行に際しては非常に空気抵抗が少ないという利点がある。また逆に、これ以上空気密度が低いと飛行に必要な揚力が得られなくなってくるため、高度20kmというのは概ねそれらのバランスが好都合なエリアということもできる。

また対流圏においては高度が上がるにつれて気温が下がることが通常であるが、成層圏では太陽の紫外線をオゾンが吸収する作用があるため、逆に高度が上がると気温も上がるという特徴があり、高度20kmでは摂氏-50度以下であるところ、高度50kmでは摂氏-3度程度まで気温が高くなる。これにより暖かい空気が上昇することで発生する対流が起こりにくくなり、また水蒸気は成層圏まで上がってこないため、風は吹くもののほぼ快晴で安定した気候が継続する状況となり、この点もHAPSの飛行には有利な条件となっている。

このようなことから、成層圏では小さな推力で飛行することが可能であるため、現在主流となっている飛行機型のHAPSの機体では、極力軽量化されたプロペラ機を採用することにより、一度の離陸で数週間程度の飛行継続を可能とすることを目指している(上の図1右側)。

地上基地局や通信衛星との比較

前述のとおり、数週間の連続飛行が可能なHAPSを活用した無線通信網の整備が今後進められようとしているが、この方式には従来と比べ、どのようなメリットがあるだろうか。

まず現在の主流である地上基地局と比較した場合、HAPSの最大のメリットはエリアカバーが広いということだ。現在の構想ではHAPS1台で半径100kmのエリアをカバーできる見込みである。

地上基地局のエリアカバーは最大で半径数km~十数km程度のため、現在の地上基地局網は居住地域のカバーを中心としており、人口カバー率は99%を超えているが、日本全土における面積カバー率は最大でも70%程度といわれている。2022年3月に北海道の知床半島沖において遊覧船の遭難沈没事故が発生し、乗客・乗員全員が死亡・行方不明となる大惨事となったが、被害が拡大した要因の一つとして事故現場付近の海上が、一部の携帯電話のカバーエリア外であったことも指摘されている。この事故の教訓を踏まえ、海上や深い山地における通信手段の確保が多方面で求められてきており、HAPSの実用化が期待される背景ともなっている。

次に従来の通信衛星と比較した場合のメリットだが、前提として、まずは通信衛星のメリット・デメリットを概説したうえで、HAPSとの違いを通して紹介したい。

なお、通信衛星には大きく分けてGEO(静止軌道)のものとLEO(低軌道)のものがありそれぞれでメリット・デメリットが異なっている。

GEO衛星は軌道の特性上、常に同じエリアをカバーすることが可能であり、古くから通信衛星の主流であった。ただし地上から約36,000kmという距離にあるため、通信速度が数Mbps程度となってしまう。また光の速度の物理限界により、約0.2秒強の伝送遅延が避けられないという点も、低遅延が求められる近年の通信需要に対しては不利である。あわせて現状では、利用者の通信機器が大きなアンテナを装備した専用の機材となっており、一般消費者の利用を想定したサービスとはなっていない。

他方LEO衛星は、地上より300~2,000kmぐらいの高度の軌道を周回するため、GEO衛星に比べ、通信速度や伝送遅延については有利であり、例えば米Starlinkのサービスにおいては最大数百Mbps程度の通信速度が可能となっている。ただしLEO軌道の特性上、地上の特定のエリアの上空にとどまることはできず、90~120分程度で常に地球を周回する軌道となることから、常時通信を可能とするには数十~数百の衛星を打ち上げ、衛星コンステレーションを構築し運用する必要がある。したがって、膨大な初期投資をした上で、広範囲の国々を対象としたサービスを立ち上げないと、ビジネス化が難しいというのが実情である。

また通信衛星の場合、一般的に打ち上げ後数年から十数年間継続して運用される場合が多いが、その運用期間中に通信機器の性能向上や機能追加などのメンテナンスを、宇宙空間で実施するのは困難なため、最新の技術進歩を活用することができず、どうしても地上と比べて古い技術を使い続けることとなってしまう。その点HAPSは数週間ごとに離着陸を行うことから、地上でのメンテナンスが可能であり、衛星と比べ最新の技術をタイムリーに活用できるという点も、大きなメリットになると考えられる。

ただし衛星は宇宙空間を周回するため国境を意識せずに軌道を設定できるが、HAPSが航行する成層圏は各国の主権が及ぶ領空が含まれるため、領空内の航行については基本的に関係国の許認可が必要となる。

HAPS市場の動向

このように様々なメリットを持つ新たな通信プラットフォームとしてHAPSへの期待は年々高まっており、米Northern Sky Researchによる試算ではHAPSの市場規模は、市場の需要増加と産学官の研究や資金調達の増加に牽引され、2029年には40億米ドル(約5,800億円)程度に成長すると予測されている。

HAPSについては、飛行機型や気球型など機体自体の開発は軍事目的も含めて古くから行われており、従来の有力な事業者としては、世界的な航空機メーカーでもある仏Airbus、防衛用の無人飛行機を多く手掛けHAPS分野におけるパイオニア的な存在といわれる米AeroVironment、そしてGoogleの新規事業プロジェクトとして気球型のHAPSの開発を行い、その後米Alphabetの子会社となった米Loonなどがあげられる。

そのような状況の中で、2017年にソフトバンクが新たに参入し、AeroVironmentと共にHAPSモバイルを設立して実用化に向けた開発を加速させている。またその一方、実用化では他社より先行し、2020年に初の商用サービスをケニアでスタートさせたLoonは、長期的で持続可能なビジネスを構築するのに十分なコスト削減方法を見いだせなかったとの判断から、翌2021年にAlphabetがプロジェクトの終了を発表するなど、ここ数年、事業者の動きが活発になってきている。以下では、HAPSの開発を推し進める各事業者の動向について概説する。

HAPSモバイルの動向

2017年に設立されたHAPSモバイルはAeroVironmentの技術を利用し、Sunglider(旧名称:HAWK30)という名前の機体を開発した(図2)。このSungliderは、ソーラーパネルを搭載した全長約78mの翼に10基のプロペラを搭載し、平均速度約110km/hで飛行する。機体開発開始から約3年後の2020年9月に、高度約19kmの成層圏において5時間38分滞空するテストフライトに成功したが、このテストフライトでは、一式約30kgの無線機を搭載し、700MHz帯(LTE Band 28)の周波数において、世界初となる成層圏でのLTE通信によるビデオ通話に成功している。

【図2】HAPSモバイル「Sunglider」

【図2】HAPSモバイル「Sunglider」
(出典:ソフトバンクニュース
「空からの通信で産業のデジタルデバイド解消へ。ソフトバンクが取り組む非地上系ネットワーク」 
https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20220131_02)

この成功を契機としてHAPSモバイルでは、2027年の商用サービス開始を目指している。またSungliderは、現時点では太陽光発電の効率から、年間を通じて運航可能な緯度が、赤道から30度以内に限られているが、運航可能範囲を50度まで拡大可能な機器の開発にも取り組んでいる。さらに親会社のソフトバンクは2021年9月に、事実上の撤退を表明したLoonが所有する数百件の特許を取得することを表明するなど、Loonのイノベーションと技術を継承して、HAPSモバイルの事業に活用する方針を示している。

Airbusの動向

Airbusは従来、航空機製造で培った技術をもとに、Zephyrと名付けられた無人のHAPSの開発を進めている(図3)。Zephyrは翼幅25mとHAPSモバイルのSungliderよりは小型であり、同じく太陽光発電で駆動させながら高度20km程度のエリアを飛行する。その飛行性能は高く、2018年には、量産型の初号機であるZephyr Sにて、約26日間の飛行に成功し、世界最長の飛行時間を達成している。また2021年の飛行試験では、2回の飛行で36日間超の飛行時間を記録するとともに、約2.3kmの高度での飛行にも成功し、無人機の飛行高度における国際航空連盟の世界記録を樹立している。

【図3】Airbus「Zephyr」

【図3】Airbus「Zephyr」
(出典:Airbusホームページ 
https://www.airbus.com/en/products-services/defence/uas/uas-solutions/zephyr#haps)

また通信プラットフォームとして、スマートフォンなどのデバイスへの通信サービスに向けた電波伝搬測定実験をNTTドコモと共同で2021年9月に行い、UHF帯(450MHzおよび2GHz帯)において18日間にわたり、電波の伝搬状況を測定している。この試験内容によりUHF帯電波を用いるHAPSとスマートフォンの直接通信が、最大約140kmの距離にわたり、十分な通信品質を実現できることが確認された。

これを受け同社は2022年1月には、NTT、NTTドコモ、スカパーJSATとの4社による、HAPSの早期実用化に向けた研究開発などの推進を表明している。

HAPS市場の拡大と実用化に向けて

HAPSの実用化に向けては、HAPSモバイルのSungliderやAirbusのZephyrのような飛行機型のHAPS以外にも、飛行船型のHAPSを開発している米Sceyeなどが、最近の通信接続テストでLTEデバイスに接続できることを実証するなど、HAPS事業者による通信実証が進んでおり、実現へと近づきつつある状況である(図4)。

【図4】SceyeのHAPS

【図4】SceyeのHAPS
(出典:Sceyeホームページ https://www.sceye.com/)

またHAPSの利用については通信分野だけではなく、高層域の気象観測や、各種センサーを用いたリモートセンシングなどでの利用も検討されている。

さらに2020年にHAPSモバイルが中心となって、商用利用の加速や産業間コラボレーションの推進など、HAPSエコシステムの進歩を目指したHAPSアライアンスが設立され、Airbus、Intelsat、Nokia、AeroVironment 、T-Mobile、Ericssonなど、関連の多くの事業者が参画して、HAPS業界全体の市場拡大も図られている。HAPSは概ね各国の領空を飛行することになるため、関係国の行政機関との調整が不可避となるが、HAPS業界が連携して解決していくことで、より実用化に向けた取り組みが加速されることが期待される。

このようにHAPSを利用した通信プラットフォームは、実用化までにはまだ数年かかる上、あくまで地上基地局網や通信衛星を補完する位置付けと思われるが、実用化の際には一般のスマートフォンによる通信に利用できる可能性が十分にあり、山間部や海上等での通信手段の提供や、災害発生時のバックアップ利用など、まさに第3の通信プラットフォームとして果たす役割は大きい。早期の実用化を期待するとともに、今後の動向にも引き続き注目していきたい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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