AIロボットの動向と展望

はじめに
近年、AI(Artificial Intelligence:人工知能)技術の急速な発展に伴い、ロボット分野においても大規模なデータを活用した学習が可能な基盤モデルの必要性が高まっている。日本では、人手不足の解消、安心・安全確保の手段として、AIロボットへの期待がある。また、国際競争力の観点からも、ハード(端末)の競争力の向上という点で関心が寄せられている[1]。
このような中で、一般社団法人AIロボット協会(AI Robot Association: AIRoA、所在地:東京都文京区、理事長:尾形哲也・早稲田大学教授)が2024年12月に設立され、2025年3月27日に早稲田大学で記者会見を開き、2025年度から活動を本格化することを発表した。
同協会は、AIとロボット技術の融合による「ロボットデータエコシステム」の構築を目指している。具体的には、大規模データセットを共有・活用できるようにするための枠組みを構築し、「汎用ロボット」を実現することである。ここでいう「汎用ロボット」とは、従来の産業用ロボットのような特定の作業を遂行する「専用ロボット」と対比される概念で、多様で広範な作業を遂行するロボットを指す。この取り組みにより、ロボット産業全体での革新的な技術開発と社会実装の加速、ならびに当該分野における日本の国際競争力向上が期待されている[2]。
本稿では、AIロボットが最近注目されている背景、AIロボットの定義と市場規模の見通しを捉えた上で、国内の政策動向、主なプレイヤーと導入事例を取り上げる。最後に課題を提示し、今後を展望する。
AIロボットとは
定義
経済産業省では、ロボットを「センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有する、知能化した機械システム」と定義している[3]。ロボットを形状ではなく、市場で必要とされる機能を発揮するために要素技術を統合したものという視点から定義しており、ITとの関係を明確にしたものとなっている。
また、NEDOでは、ロボットとは「車道を走る自動車や自動運転車(autonomous cars)を除く物理的な実態のあるロボット(中略)とし、検索ロボット、チャットボット等の実体のないものは対象としない[4]」としている。
これらを踏まえて本稿では、ロボットとは「自動運転車等を除いた物理的な実体のあるロボットで、センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有するもの」と捉える。
そのうえで、AIロボットとは、人工知能技術[5]を搭載したロボットとする。上記の定義での知能・制御系に人工知能技術を用いたものとなる。AIロボットと従来のロボットを各種観点から比較したものが表1である。
AIロボットは、機械学習の一種であるディープラーニング(深層学習)[6]をはじめとする高度な学習技術を活用し、画像認識や自然言語処理などを用いて複雑なタスクをこなすことができる。その特徴は、センサーやカメラを通じて環境情報を取得し、自ら学習して最適な行動を取る能力にある。一方、従来のロボットは、あらかじめ設定されたプログラムに基づく定型的かつ反復的な動作しか実行できない場合が多い。
AIロボット市場規模:世界、日本
AIロボットの市場規模は、Statista Market Insights(2025年3月)[7]によると、2025年に226.3億米ドルに達すると予測されている(図1)。2025年から2031年の年平均成長率(CAGR)は26.82%と大幅な増加率となる見通しであり、2031年には941.4億ドルに達すると予測されている。

【図1】世界のAIロボティクス市場規模(予測)
(注)AIサービスロボティクス:消費者向けのアプリケーションのために設計・製造・導入されるロボットシステムを含む。
AI産業用ロボティクス:製造工場、倉庫、物流オペレーションなどの産業環境で使用される自律機械やロボットシステム。
(出典:Statista Market Insightsより筆者作成)
内訳をみると、AI産業用ロボットは2025年の126.7億米ドルから2031年の527.2億米ドルへ、AIサービスロボットは2025年の99.0億米ドルから2031年の414.2億米ドルへ増加の見込みであり、産業用ロボットがサービスロボットに比べ市場規模は大きい。AIロボットは、製造業、医療、物流などの分野で活用が進む見込みであり、このことが市場規模増加の背景にある。なお、地域別にみると、米国が最も大きな市場で、2025年の市場規模は94.9億米ドルと予測されている。
日本のAIロボット市場規模は、2025年の予測値で8億5,862万米ドルである(図2)。2025年から2031年の年平均成長率(CAGR)は26.45%となり、2031年には35.1億米ドルに達すると予測されている[8]。内訳をみると、AI産業用ロボットは2025年の5.45億米ドルから2031年の22.35億米ドルへ、AIサービスロボットは2025年の3.13億米ドルから2031年の12.74億米ドルへ増加の見込みである。

【図2】日本のAIロボティクス市場規模(予測)
(注)AIサービスロボット:消費者向けのアプリケーションのために設計・製造・導入されるロボットシステムを含む。
AI産業用ロボット:製造工場、倉庫、物流オペレーションなどの産業環境で使用される自律機械やロボットシステム。
(出典:Statista Market Insights)
高齢化や労働力の減少を背景に、医療、製造、小売等の産業でロボットへの需要が高まっている。特に、日本では、産業用ロボットのAIロボット全体に占める割合は64%と世界全体の割合である56%に比べ高い。今後は特に、製造分野での効率性、安全性確保に向けた需要が顕在化する見込みである。
国内の政策動向
次に、国内の政策について取り上げる。
内閣府は、2050年までに自ら学習・行動し、人と共生するロボットの実現を目指す「ムーンショット目標3」を掲げている[9]。この目標の下、2030年までに一定のルールの下で90%以上の人が違和感を持たないAIロボットの開発、さらに2050年までに自然科学領域で自動的に科学的原理を発見するAIロボットシステムの開発などがターゲットとして設定されている。その報告書では、AIロボットの実現に向けては図3に示す複数の技術要素(AI、センシング、アクチュエ―ションと、コンピューティング技術、ネットワーク技術、システム技術、製造技術、機械工学、エネルギー供給、材料・構造設計)の研究開発を推し進め、融合、共振化させていく必要性が指摘されている。

【図3】AIロボットの実現に必要な研究開発の主な分野・技術群の構造領域
(出典:内閣府「ムーンショット目標3 2050年までに、AIとロボットの共進化により、
自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」(令和2年2月))
政府の支援も進められている。経済産業省では、令和6年度補正予算でのロボティクス分野におけるソフトウェア開発基盤(オープンな開発環境)の構築事業は103億円であった。また、令和7年度概算要求額では、先進ロボットSIモデル構築事業、次世代ロボット技術基盤構築事業に6億円が新規に計上されている。これはイノベーション創出のためのフロンティア育成・基盤構築事業のうち、(5)デジタル・ロボットシステム技術基盤構築事業にあたるものだ[10]。
昨今では、経済産業省が一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)に20億円を投じる方針も報道されており、政府は日本のAIロボットの開発を加速させたい考えである[11]。
なお、経済産業省では、「第17回 産業構造審議会 製造産業分科会」(2025年1月23日開催)で、ロボット分野における「オープンな開発基盤」と「データエコシステム」の構築の重要性を示している(図4)[12]。この審議会では、人手不足の解消や賃上げに向けて日本の産業の生産性向上が不可欠であり、従来ロボットが導入されていない地域の生活必需サービス等の分野での導入の重要性が指摘されている。そのためには多様な動作の実現と人と接する複雑な環境への対応が不可欠であるという現状認識も示された。これらの要件に対応するためには、開発の柔軟性の低さと自律的判断・動作の困難さという2つの課題を解消する必要があり、具体的な対策として、①ロボットのオープンな開発基盤の構築と②ロボット分野のデータ収集とAI開発の促進を実施する必要性が提言されている。
今のロボットを携帯電話の変遷に例えると、従来のロボットは、ハードとソフトを一体開発した専用機であり、従来のガラケー(専用機)に相当する。これに対し、新たに開発を目指すロボットは、多様な主体がハードとソフトを分離して開発するエコシステムの構築により生まれるもので、iPhoneに代表されるスマートフォン(汎用機)に位置付けられている。
このような中で経済産業省は、ロボット分野においては、汎用的なAI開発は世界でもまだ進展していないという現状認識のもと、試験用ロボットを用いてデータを収集し、それを用いて基盤モデルを開発してロボットに組み込み、新たにデータを収集して基盤モデルの性能向上につなげるという循環を構築する仕組みづくりの必要性を提示している(図5)。このデータエコシステムの活用により、製造業や介護分野など異なる分野ごとに個別のニーズに対応したロボット開発が実現することが期待されており、このような現状認識が、一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)の設立の背景にある。
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主なプレイヤー
課題
日本の強み・弱み
おわりに
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 総務省『平成27年版情報通信白書』の第2部第2節では、スマートフォン等の携帯端末やテレビ受信機、すなわち最終製品としての端末製造業において日本の競争力の低下が言及されている。https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/html/nc252720.html
[2] AIRoA 2025年3月7日プレスリリース。
[3] 経済産業省ロボット政策研究会『ロボット政策研究会報告書』(2006年5月)https://www.jara.jp/various/report/img/robot-houkokusho-set.pdf
[4] 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術戦略研究センター(TSC)「人工知能×ロボット分野の技術戦略策定に向けて-ロボットへの基盤モデル搭載のために-」(2024年6月)P3, https://www.nedo.go.jp/content/100978754.pdf
[5] 人工知能とは人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術(松尾、2014)。松尾豊(2014)「人工知能とは(10)」人工知能第29巻第5号,2014年9月https://www.jstage.jst.go.jp/ article/jjsai/29/5/29_561/_pdf(2025年4月7日最終閲覧)
[6] ディープラーニング(深層学習)とは、人の手を介さずコンピューター等の機器やシステムが大量のデータを学習して、データ内から特徴を見つけ出す技術で、機械学習の一手法であるニューラルネットワーク(NN)を多層化したディープニューラルネットワーク(DNN)を基本とした学習手法(NEDO技術戦略研究センター、2024)。
[7] https://www.statista.com/outlook/tmo/artificial-intelligence/ai-robotics/worldwide
[8] https://www.statista.com/outlook/tmo/artificial-intelligence/ai-robotics/japan?utm_source= chatgpt.com
[9] 内閣府「ムーンショット目標3 2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」、2020年10月にプログラム開始。https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/ sub3.html?utm_source=chatgpt.com
[10] https://www.meti.go.jp/policy/tech_evaluation/ e00/03/r06/626.pdf
[11] テレ東BIZ「AIロボット開発を支援へ 日本政府が20億円投資」(2025年3月28日)https:// www.youtube.com/watch?v=BrC10MVWQoI
[12] 経済産業省製造産業局「製造業を巡る現状の課題と今後の政策の方向性」(2025年1月)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/017_03_00.pdf
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