2016年8月5日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

良質なデータプラットフォームがAIの発展を促進



最近、我が国の成長戦略を巡って、さまざまなレベルの組織で論議、提案や報告が見られます。6月2日には「日本再興戦略(骨太の方針)2016」が閣議決定されています。これに先立ち、経済財政諮問会議の「経済財政運営と改革の基本方針2016」も提示されました。また、その前に経済産業省の産業構造審議会新産業構造部会は、「新産業構造ビジョン(中間整理)」を4月27日に取りまとめて公表しました。産業界からも経団連が意見提起を行い、“Society 5.0”との新しい方向性を打ち出しています。

そこで、今回はこの新産業構造ビジョンや経団連のレポートのなかで、ICT(情報通信)産業・サービスに関連するものを取り上げて、これからの情報通信分野の取り組みのあり方を考えてみます。

昨年の「日本再興戦略2015」から、IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)が三題噺のように取り上げられてきました。三題噺とは、任意に三つの題を出させ、これを即座に綴り合わせて一席の落語とするものですが、当初はこの三つの題の関係が必ずしも明確に意味付けされていませんでした(最近では、これにロボットが加わって四題噺となっています)。ただ特に今年に入って、AIの“アルファ碁”が世界一の棋士に勝利したことでAIの進歩を印象づけ、産業・経済・社会・文化のなかでどう発展させていくのか、根本にある人間の思考の研究開発と技術の応用に世界中から注目が集まった結果、IoT、ビッグデータとの関係が強く認識されるようになりました。

AI発達のベースとなるディープラーニングを用いた新しいバリューチェーンが米国では既に成立しています。まずロジックを発見し、それをデバイス(チップ)に焼き込み、続けてデバイスやチップをシステム化するインテグレーターが消費者向けの最終製品(自動車など)に組み立てて消費者に提供する流れとなっています。具体的に見えているのは自動運転車などですが、本質は発端にいる思考を生み出すロジックベンダーこそがAI開発・応用のポイントです。AIというと人間の思考に関する純枠な学理研究に聞こえますが、物理的な側面より思考の能力が重視されるようになって急速な進歩を遂げてきました。AI技術の研究は既に社会実装が展開される時期にあり、「そこではある研究仮説を大規模に社会実装した者が大量に実証データを入手し、それを手掛りにさらに研究が発展し、また社会実装に拡大展開するスパイラル的発展が起きる」(毎日新聞・経済観測、冨山和彦氏・経済共創基盤CEOのコラム、2016年5月20日)段階にあります。要は、いわば知的能力の高い者は多くの経験を積んで直観に達するということに等しいのです。

この点、最近ではロボット技術にも注目が集まりますが、ロボットでは物理的な機構やセンサーの占める要素が大きいのに対し、AIは思考そのものであり、AIが生み出すロジックをいかに素早くデバイスやチップに取り込むかがAI技術発展のキーとなっています。そこで問題となるのが、ロジックを生み出すのに必要となるデータの量とコンピューティングパワーです。AIにたくさんの経験環境をもたらし、その結果を分析・評価して記憶できる力がAI技術発展には絶対に不可欠なのです。どうやって「直観」にたどり着くのか、結局、囲碁の対決でもこの直観力の勝負だったと解説されていたのが印象的でした。こうしてみるとIoT、ビッグデータ、AIという三題噺には、まことに鋭い狙い(落ち)があることに改めて感心しています。

産業構造審議会新産業構造部会は、中間整理において「我が国の具体的戦略」として取り上げているなか、データプラットフォームの構築、データ流通市場の創成、オープンイノベーションシステムの構築、中小企業や地域におけるIoTの導入・利活用基盤の構築などの具体的項目を指摘しています。総論としてのSociety5.0や第4次産業革命といった総花的なスローガンではなく、より具体的な施策として技術の発展を図り、国際競争力を付けないと産業構造の試算で今回提示した数値、即ち、2015~2030年年率GDP成長率の1.4%から3.5%への引き上げ、名目GDP 2020年592兆円、2030年846兆円は絵に描いた餅と化すことになってしまいます。成長率を高めるシナリオには、AI技術の国際競争力を高めてグローバルに高付加価値・高成長部門を獲得し、イノベーションを活かした生産性向上と人々が広く高所得を享受する社会を築いていく姿が描かれているからです。AI技術発展のドライバーとなるデータプラットフォーム領域では米国のOTTプレイヤー(データプラットフォーマーと呼ばれる)が圧倒的な存在で、彼らはそのプラットフォームを用いてマネタイズを図ろうとしています。AI技術の開発には彼らの持つ集積された大量のデータプラットフォームを使わざるを得ず、開発プロセスや使用プロセスで単価を稼ぎ、API戦略を展開しています。スマホやタブレットなどからWeb上に集められたバーチャルな情報領域では、米国のプラットフォーマーの存在は他の追随を許しません。世界中で既に勝負ありの状態です。良質な大量のデータを整理・蓄積・保有することはデータそれ自体の利用や検索にとどまらず、新しいロジックの発見・発展の糧となっています。データプラットフォームとコンピューティングパワーで米国勢に対抗し、競争に伍していくには、日本の強みを活かしたセンサーを使ったIoTで、これまで取り組まれてこなかったさまざまなリアルなデータを取り込んだデータプラットフォームを構築し、これを巨大なコンピューティングパワーで学習する方法しかありません。

ここにオープンイノベーションシステム(例えばデータコンソーシアム)構築の意義があり、国家プロジェクトとして社会実装を加速する意味があります。IoTやビッグデータとして収集サイドに目が注がれてきましたが、収集したデータを単純に企業内や組織内で利用するのではなく、協調・協力する領域を選別・特定して良質なデータにしてオープン化する取り組みを進めることが、結局、AI技術の発展をもたらすことになります。AI技術の発展のためには、データプラットフォーム+オープンイノベーション+データ流通市場+社会実装、という流れをどうやって作り上げ、加速化するかが今、見えてきたことです。日本はこうしたAI開発の上流工程で競争に勝ち、デバイスやチップの作り込みでは途上国に、システムの組み立て・製品化では先進国に対抗していくことになります。その際、最も重要なのはロジックを発見し作り上げる競争力であり、そのためには良質なデータプラットフォームの地道な構築と強力なコンピューティングパワーの活用が条件となります。Web上のバーチャルデータを巡る競争では米国のプラットフォーマー(Google、Apple、Facebook、Amazonなど)は大規模なデータプラットフォームを形成し、既にこれをマネタイズする段階に達していて圧倒的な差がついてしまっています。しかし、個人の生活情報や製品の稼働状況、ネットワーク上のセンサーから直接収集するIoTデータなどのリアルデータでは、現場力や通信インフラといった日本の強みを活かして第4次産業革命での競争優位を生み出すことが可能です。

海外のデータプラットフォームに依存せず、グローバルに展開可能なデータプラットフォームを自ら構築して、AI技術の発展などの新しい価値を創出していかないと日本の産業はますますジリ貧となります。データプラットフォーム構築やデータ流通市場の創成では組織・企業・業種の壁を越え、自前主義・前例主義を排し、スピード感あるオープンイノベーションを進めることが何より重要です。最後に、通信事業者にはまことに難しい取り組みですが、社内に膨大に蓄積されてきたデータを協調領域と競争領域に分類・特定して、これをデータプラットフォームとして整備し、オープンイノベーションにつなげていく試みを改めて期待しています。そのデータプラットフォームから得られる良質な経験が、新しいネットワークAIを生み出していくことになります。

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