2020.7.15 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

最適価格社会を実現するダイナミックプライシング

世界規模で経済に打撃を与える新型コロナウィルス

2020年2月、中国武漢を発端に始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、全世界に広がり、2020年4月7日ついに日本でも国内で初めての「緊急事態宣言」が発出される事態となった。政府からは不要不急でない外出の自粛が要請され、毎年混雑するゴールデンウィーク期間(4月24日~5月6日)の新幹線・特急列車の利用者数は期間中(主要16区間計)31万8,000人と、対前年比わずか5%にとどまったことに象徴されるように、日本人の生活や経済にも大きな変化をもたらした。

このような驚くべき状況は全世界で起こっており、IMF(国際通貨基金)は、“新型コロナウイルス感染拡大の影響によって2020年の世界経済の成長率は前年比3%減になる”との予測を示している。

その後5月25日、日本政府による緊急事態宣言は解除されたが、当面の間はソーシャルディスタンス(人と人の間隔を、1〜2mとること)を意識した生活が要請され、飲食店などの店舗や劇場等では、客席を間引いて(一つ飛ばしなどで)営業を開始し、プロ野球やプロサッカーなどでは無観客で試合を実施するなど、慎重な営業再開になっている。もちろん、完全営業停止をしていた期間に比べればいくらかの経営的効果はあるだろうが、営業赤字前提とは言わないまでも、営業黒字達成には高いハードルになってしまっている。

コロナ期に注目されるAI(人工知能)

そんな“自粛と経済再生化”が必要とされる現在、その解決策として注目される技術に、 “ダイナミックプライシング”がある。ダイナミックプライシングとは、需給の状況に応じて価格を変動させることで、収益の最大化を図る手法で、今日では顧客や商品、市況などに関する様々なデータの迅速な分析、それをもとにした需要予測、価格調整・最適化をAIにより自動的にそしてリアルタイムに行うことができるようになったことから、様々な業種で導入され始めている。

【図1】固定価格とダイナミックプライシングのイメージ

【図1】固定価格とダイナミックプライシングのイメージ
(出典:情総研にて作成)

その歴史は古く、1980年代にアメリカン航空が採用したことで一般化されたと言われているが、今日Amazon、Uber、Airbnbなどのグローバルプレーヤーだけでなく、国内企業でも幅広く採用されてきている。

その主な仕組みは、①「データ収集」→②「需要予測」→③「価格決定」の大きく3つのプロセスに分けられる。価格決定の要素としては、「市況」「商品在庫」「トレンド」「天候」「イベント」「競合動向」「過去の取引履歴」など多くのデータが使われている。

この『ダイナミックプライシング』の導入には、企業側、消費者側それぞれにメリット/デメリットがあることが指摘されている。しかし、昨今の技術進歩(ビッグデータ解析やAIの汎用化)により、企業側のデメリットであったシステム開発・運用コストが軽減されたことによって、メリットの部分が大きくクローズアップされるようになってきた。

【表1】ダイナミックプライシング導入時のメリットとデメリット(企業/消費者別)

【表1】ダイナミックプライシング導入時のメリットとデメリット(企業/消費者別)
(出典:情総研にて作成)

ダイナミックプライシング導入の事例

以下に、既に導入されている『ダイナミックプライシング』の導入事例を紹介したい。

アパホテル(日本)

アパホテルでは、周辺のホテルの部屋の価格を調査し、そのホテルで自社と同じレベルの料金の部屋が埋まると、自社の部屋の料金の値段を自動的に上げるAIを使ったダイナミックプライシングの仕組みを採用している。閑散期には、1万円前後の料金を設定している部屋でも、需要が逼迫し周辺のホテルが満室である時などには、3万円以上の価格を付けることもあり、ホテル業界でも高収益を上げる企業の一つとなっている。

高速道路(米国)

米国では、1995年南カリフォルニアで最初に採用されて以来、全国の40以上の管轄区域が交通渋滞に応じて変動する通行料を採用している。通行料金は、最も混雑する時間帯に最も高くなり、追加料金が道路上のサインボードなどに掲載される。徴収した余剰金は、有料道路の管理運営費や、無料の車線の改善や新しい道路の建設などに利用されている。

Uber(グローバル)

Uberでは、都市別の利用動向をリアルタイムでモニタリングして、需要(利用者)が混み合っている時間には、基本料金に割増料金の倍率(サージ乗数)を掛け合わせ、秒単位で価格が変動する仕組みをとっている。Uberの料金を調査した専門誌によると、繁華街のある地域では通常の1.5倍から3.5倍にまで料金が急騰する時間帯も存在することが報告されている。

なぜ今、ダイナミックプライシングが注目されるのか

価格とは需要と供給から設定されているため、価格を変更することによって需要や供給をコントロールすることも、ある程度可能であると言われている。そこで、このコロナ禍という特殊な時期に浮上している様々な課題に対して、ダイナミックプライシングを導入することによってどのような解決が期待できるのか考えてみたい。

1.営業収益の拡大

現在、営業再開した商業施設でも、いわゆる“三密対策”を意識した経営が求められている。例えば劇場や映画館などでは、“前後左右を空けた席配置”、あるいは“前後左右に2mずつ(フィジカルディスタンス)距離を空けた席配置”で営業している、などの報道がされている。この場合、安全性は担保できるのかもしれないが、空いた座席分の売上は見込めず、客席全部が埋まった状態を100%とすると、それぞれ50%、15%の席しか使えないことになる。ここにダイレクトプライシングの仕組みを利用すると、ニーズが高い席にはいつもよりも高い価格を設定することができ、客数の上昇が期待できなくても一定程度の営業収益を見込むことができるようになる。もちろん、単純に価格だけを上げるのではなく、他の体験を追加する、お土産を付けるなどの付加価値設計も併せて重要になるだろう。

2.通勤電車の混雑解消

緊急事態宣言は解除されたが、引き続きフィジカルディスタンスをとることが求められている。しかし、通勤電車の混雑は深刻であり、電車賃へのダイナミックプライシングの導入は、時差通勤を促す起爆剤になるのではないだろうか。特定時間帯に通常より高額の料金が設定されれば、その時間帯の通勤を避ける人が現れ、分散通勤の効果が期待できるからだ。テレワークも浸透してきたこの時期、通勤電車へのダイナミックプライシング導入で、長年の課題解決を達成できるチャンスではないだろうか(なお米国ワシントンDCの地下鉄やロンドンの通勤電車などでは混雑時の特別料金が導入されており、一定の効果が報告されている)。

3.食品ロスの削減

緊急事態宣言に伴う店舗への休業要請や学校等への休校要請によって、野菜・果物をはじめとする生鮮食料品が、行き場をなくし、やむなく家畜の餌や廃棄処分になっているニュースがいくつも報じられた。もともと食料品などを扱う地域のスーパーマーケットなどでは、夕方からダイナミックプライシングに似た “見切り販売”が実施されているが、ダイナミックプライシング方式を広く普及させることによって、食品ロスの削減に大きく役立つと考えられる。

ダイナミックプライシングは消費者受けしづらい!?

ここまで導入事例や導入の意義などを紹介してきたダイナミックプライシングだが、実は消費者には受け入れられづらいことが報告されている。日経ビジネスが2019年2月に調査した結果によると、“ダイナミックプライシングは企業側にとってお得なシステム”と答えた人が76.4%、さらに“導入している店舗はできるだけ避けたい”と答えた人が62.2%と大半をしめた。また“社会課題の解決につながらないだろう”と答えた人も68.9%もいたという。

また、日経クロストレンドのダイナミックプライシングへの許容度についてのアンケート結果によると、価格がAIによって最適化されているにしても、“その価格の根拠は知りたい”と答えた人が81.3%もいるなど、“価格設定の根拠を開示する”、“利用者に還元されるメリットを分かりやすく伝える”など、消費者の納得感を得る努力が必要のようである。

【図2】ダイナミックプライシング導入の許容度に関する調査結果

【図2】ダイナミックプライシング導入の許容度に関する調査結果
(出典:日経クロストレンド
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00275/00006/)

最適価格社会の実現に向けて

ダイナミックプライシングは事業者側にとって、利益の最大化(設備の最適化など)のメリットが大きい手段のように感じられるが、消費者側も欲しいものやサービスが手に入りやすくなる、または混雑や渋滞に巻き込まれにくいなど、メリットも大きい。また事業者側が潤うことでサービス品質が上がり、提供料金が下がるなどのメリットも考えられる。

しかし、消費者との信頼関係をなくしては、継続的な事業運営ができないので、消費者にとっても事業者にとっても満足できる売価で利益を最大化する価格戦略(win-win戦略)を意識する必要がありそうだ。具体的には、価格が通常より高い場合には、誰がどういったメリットを享受するのかを明らかにする、また価格が安くなった場合であっても、同じ商品を既に高値で購入した人たちの心象を損ねないための配慮なども考えたい。

リーマンショック以上の経済危機と言われる現在、事業者・消費者どちらか一方が得をするのではなく、双方がメリットを享受する「最適価格社会」の実現に向け、こうした最新技術がますます生かされていくことに期待したい。

 

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